見出し画像

親知らずを抜いた時の話

これは数年前の出来事です。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

9/10

前日の夜に、ナッツ入りの美味しいチョコレートアイスを食べた所、上の左奥歯に激痛が走りまして、一時間以上ヨダレと涙を垂れ流しながら、畳の上でもんどり打っていたわけです。

上顎の左奥歯は現在治療中の歯でした。

先月の終わりまでは歯医者さんにいい塩梅にしてもらっていたのですが、やがて再来月刊行のラノベの原稿に絡みつかれてどうにも動けなくなってしまい、まあどうしようもない程の痛みもないし、とりあえず食事時以外は歯のことは忘れよう、と目を逸らせていました。

なんとかギリギリすれすれ間一髪、優雅かつ華麗に原稿は上がり、その後の校正やらの諸々も這々の体でエレガントに済ませ、ようやく原稿もこちらを開放してくれましたので、再び通院の出来る爽やかな日々が戻ってきたわけです。バンザイ。

ところが私は歯医者さんへの連絡を怠り、見ぬふりをし、時には記憶を無くしたりしながらパソコンで『CIV』やったり映画観に行ったりしていました。『ドラクエ10』とかいうゲームがなんだか気がつけば家にあった時などは、妻と二人して大層困ったものでした。

次に控えているやらなくてはいけない仕事のことに集中しながら、録画していた『鎧武』を見ていた時に、そのチョコレートアイスは突然現れ、私の口の中に入ってきたのです。

こんなに冷たくて美味しいなんてすごい!

そんなことを考えながら私はそのアイスを食べきりました。もう一個食べたい! と呟くくらいはしたかもしれません。

ところが、なんだか様子がおかしいのです。上顎の左奥歯がなんだかシクシクと痛むではありませんか。

こんなはずはない、おかしい、何にもしてないのに。

私はその理不尽で不条理な痛みが過ぎ去るまで待とうと精一杯の努力をしました。具体的には、畳の上に寝っ転がりました。

それでも原因不明のその痛みは過ぎ去るどころか勢力を増して口の中で暴れまわるではありませんか。先刻まではシクシクだった痛みもこっちが黙っているのをいい事に調子に乗り始めて、ジンジンに、やがてガンガンへ、と進化を遂げています。

人間を舐めるとどういう目に会うかわからせてやる!

私は、近くで寝ていた猫にそう一言吐き捨てると、バファリンを手に取り1錠飲み込みました。

ざまあみろ。いずれ貴様らはこの薬の効能によって消滅するのだ。

布団に顔を突っ込んでめそめそとベソをかきながら、そう心の中で快哉をあげて痛みが去るのを待ちました。ところがおかしな事にいつまでたっても痛みは消えないのです。それどころか、ガンガンだった痛みはもう既にビッグガンガン(漫画雑誌の。これは比喩です)へ、進化しています。

バファリンの役立たず! 半分は優しさとか甘いこと言ってるから舐められるんだよ! 半分は殺意、とかに変えろ!

あとで知ったのですが、バファリンは一回2錠を服用しなくてはいけなかったようです。この時の私はそんなことも露知らず、「1錠じゃ効かない。俺の体に巣食う悪魔は強大すぎて、この世の薬では消えぬのではないか」というような不安を妻に洩らしてたようです。妻は『めちゃイケ』のオカザイルに集中していました。

あまりにも痛みが去らないので、私はバファリンをもう1錠服用しよう、と決意しました。薬を過剰に摂取することは死に繋がるのではないか、かの文豪のように、私もまたバファリンを過剰に摂取したことにより二度と目を覚まさないのではないか? と怯えながら、それでも口の中のビッグガンガンのページ数の多さ(比喩です)に耐え切れずに、ええいままよ、と飲み込みました。

勿論、過剰に摂取したわけではなく、元々の成人男性ちょうどの分量を少し時間を置いて飲んだだけにすぎないので死ぬわけはないのですが、やはり残念なことにそれでも痛みは全く去りませんでした。

口の中のビッグガンガンは既にガンガンJOKERへ進化しています(比喩です)。畳の上に腹ばいになった状態で腰を畳から浮かし、ちょうど尺取り虫の移動の途中の形をしたところで痛みは去りません。

そうすれば痛みは去ると、特に誰かから聞いたわけでもなんでもないのですが、とにかくじっとしていられなかったのです。

ヨダレをだらだら垂らしながら薬箱をひっくり返し、なんとか以前、病院で処方してもらったロキソニンを発見し、1錠飲みこみました。その時はもう既に、薬の過剰摂取で死ぬとかそんなことには頭が回っていませんでした。この口の中のガンガンJOKERを取り除いてくれる(比喩です)のであれば、悪魔にだって魂を売る、世界の半分をくれてやる、とまで考えていました。つまり何考えてたのだかわかっていませんでした。

ロキソニン凄いですね!

しばらくすると口の中のGファンタジー(比喩)は、嘘のようにスッと引き下がっていきました。ようやく立ち上がることもでき、フェイスブックに書き込んだりもしました。ですが勇者ロキソニン様でも、完全に痛みを取り去ることはできなかったらしく、その後も波のように何度か痛みがぶり返してきたりしました。しかしその痛みはGファンタジーレベル(比喩)ではなく、ヤングガンガン(比喩)、もしくはガンガンONLINE(比喩)くらいの落ち着いたものだったため、なんとかその晩は乗り切ることが出来ました。

次の日、歯医者さんに予約の電話を入れると、「本日は一杯で無理だから明日来てよ」とのこと。

あの地獄を更に一晩味わえというのか? ひどい! 歯医者さんは虫歯になったことがないんじゃないのか!?

と叫びだしそうになりましたが勿論大人なのでグッと堪え、次の日に予約をして、この日は乗り切ることにしました。

冷たすぎるお茶や熱すぎるお茶は大変危険です。液体が上顎左奥歯の痛みポイントに触れると、一気に激痛が走ります。「知覚過敏」なんて甘いものじゃありませんでした。あれは、「狂気山脈」と呼ぶべきものです。

ですがこの問題は、ぬるいお茶を飲むことによりなんとか回避することが出来ました。

その後もなんとか痛みと顔を合わせることなく、食事も痛みのポイントをギリギリで交わしてスレスレのところでやり過ごし、恐怖と緊張と作戦達成の快感を同時に味わうという、通称「メタルギア食べ」で乗り切りました。(この食べ方はすごく時間が掛かるし食事というよりは修行に近いため全然楽しくないのでオススメしません!)

そして本日、私は歯医者さんへ乗り込みました。予約の時間の5分前に! 自分のやる気と痛みと苦しさを少しでもわかってもらいたかったのです。

でも特に何も聞かれることなく5分待たされ、診療台へと通されました。

およそ一ヶ月ぶりに再会した先生へ私はとにかく上顎左奥歯の狂気山脈について延々と訴えました。私の口の中で、古き者どもがショゴスを捕食して使役してとにかく悪事を働いている、と。

身振り手振り交えながら時には涙も流しながら熱弁を振るい、一刻も早くこの口の中の暗黒神話を取り払ってほしいことを伝えました。

「竹内さんこれね、親知らずが炎症起こしてますからね。抜いちゃいましょう」

え? 親知らず? 抜歯? 今日? 今から?

ちょっと待って。そこまでしてくれとは言ってなかったつもりだけどなー、この先生ちょっと大げさなんじゃないの? とか思いながら目を泳がせていると、

「どうします? 今日はやめときます?」

今日やめたとして、どうなるの。別日だったら抜かなくてもいい、とかあるの。

「あの先生、これ、でも、いつかは抜かないとダメな奴ってことですよね?」

「そうですね。膿が溜まってるので」

膿か、うん、なるほど。何がなるほどかはわからないのですが、やっぱり歯茎の中にそういう外界の神みたいな存在が巣食ってるのはとても嫌だし、なによりあの痛みに再び襲われるのは絶対に嫌だったので、私は親知らずの抜歯を受け入れました。

「怖くないですよ、真っ直ぐ抜くだけですから」

明るい声でそう言って先生は実に手際よく準備をし始めます。この人きっと抜歯が好きなんだろうなあ、と想像しながら私は知り合い達から聞いた「親知らずという名の煉獄」エピソードの数々を思い出していました。

妻は歯茎を切開して血を4時間だらだら流し続けたとか。入院して手術したとか。歯茎に大穴が空いたまま一年近く塞がらないとか。関係ない歯を抜かれたとか。しかもその歯が関係無かったことが一年近く立ってから判明したとか。

おっかねえ! 軽い気持ちで歯医者に来て4時間血を流すとかやだ! まさか、このまま入院? どっかに移送されるのかも?

そんな恐怖にガタガタ震えながらも歯茎に麻酔薬が打たれます。今からキャンセルってできないですよね、とか言えない雰囲気。

そういえば抜歯なんて二十年ぶりくらいだし、永久歯になってからは初めてだったのでどうしていいかわからず、パニックになっておもいっきり口を開けていたら先生に

「そんなに開けなくてもいいですよ」

って注意されちゃった。口のプロがたしなめるくらいだから余程だったんでしょうか。それか開け過ぎてると先生が逆に集中できない、とかあるのかもわかりません。

そうこうしてる間に麻酔が効いてきまして、診療台がいつもよりずっと高くまであげられました。こんなに高くなるんだ! と少し感動しました。知り合いの車に乗った時に「へーココも開くんだ」と感心するのに近い感じです。

おもむろに先生が私の口の端に指を引っ掛け、限界以上に引っ張りました。千切れる! そう焦った瞬間、奥歯にぶつかる金属音。即座にゴリゴリゴリゴリと頭蓋骨に直接響く鈍く低い連続音。

あ、今、俺改造されてる。

実際には改造ではなく治療であり、痛み的には改善なのですが、そんな言葉が脳に浮かびました。

親知らず抜いたら小顔になってモテるかも? そんな言葉も浮かびました。片方一本だけじゃ意味ないですよね。

するとそんな私の心の中を読んでうんざりしたのか、先生はすっと口の中から指とペンチを抜いて離れていくのです。

怒ったのかな? と心配していると、

「はい、抜けました」

え!? もう!?

だって、くちびる引っ張られてから三十秒くらいしか経ってないですよ?

この先生、俺をからかってるのか、と身構えながら診療台脇の器具置場に目をやると、コロンと、血まみれの歯が! すごい! 本当に抜けてる! 手品かなんかで、予め抜いた歯を忍ばせてたとかそういうんじゃないよね? 感心。すごいすごーい。何より、全然痛くなかった! 引っ張られたくちびる以外は。

感動している私の口に先生は脱脂綿を突っ込んで、

「血が止まるまで噛んでてね。麻酔が切れるまで御飯食べないでね」

と告げて去って行きました。

ご飯食べていいんだ……。何もかもが予想外過ぎる。

歯科助手のお姉さんに「抜いた歯、下さい」って言ったらとっても可愛い専用ケースに入れてくれました。でも、ニコリともしてなかったのでひょっとしたら親知らずを持ち帰る大人は気持ち悪いのかもしれません。

うわあ、俺親知らず抜いたんだ……

という興奮と、

ふーん、意外とこんなもんか……

という冷静さが同居してる感じは、初めて風俗へ行った時の帰り道のあの感じにそっくりでした。

ちなみに今回のこの文章は、あえて比喩や喩えを共感しにくいものに絞っています。

そして私は次回の歯医者を予約し、薬局で抗生物質と痛み止めをもらい、先生の「麻酔が切れたら痛くなるかもしれないけど頑張ってね」という、言われてもただ頷くことしかできないアドバイスを思い出しながら痛みに怯えてご飯も食べずにこれを書いています。お腹すいた。

#雑記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?