『ひきだしにテラリウム』 感想
『ひきだしにテラリウム』九井諒子
なんだか不思議なタイトル。魅力的な匂いがぷんぷんします。
テラリウムというのは、動物や植物をガラスやアクリルの容器の中で飼育・栽培する技術のことで、要するに、子供の頃コオロギとかを捕まえてきて、虫カゴ代わりの水槽に土を敷き詰め、植木鉢のかけらで屋根を作り、隅っこに水を入れた小皿を置いて、雑草を二、三本道端から引っこ抜いて水槽の地面に差したりしませんでした?
あれのスゴイ版です。
動物園の爬虫類コーナーや水族館の両生類コーナー行くと、蛇やカエルは居るはずなのに、植物に覆われていてすぐに見つけられなかったりしませんでした?
あれがテラリウムです。
ちなみにその中で魚を飼うのがアクアリウム、つまり水族館です。
で、この作品のタイトル。『ひきだしにテラリウム』。
そのテラリウムが、引き出しの中にしまわれているんです。つまり、外から鑑賞することができない。
何と勿体無く、贅沢なのか。
しかもそれらがズラリと並んだ引き出しの中に一つ一つ存在する。様々な種類の小さく人工的な自然体系が、じっと、誰かに引き出されるのを待っているのです。
この魅力的なタイトルはまんまこの本のことを差しており、一冊の中に実に33もの物語が、表紙をめくられるのを待っているのです。
で、表紙のカバーイラスト。
33の物語に登場する人物たちが小さくところ狭しと描かれており、全ての引き出しを一気に全部開けて眺めているような感覚に陥るという、なんとも素晴らしい一枚絵に仕上がっていて感動的です。
更に凄いのはこの絵、円のように繋がっているのです。
実際に単行本を手に取り、カバーを外してみるととてもわかりやすいと思います。イラストの右端と左端がそれぞれキチンと繋がり、更にキャラクターたちのサイズやパースも完璧で、とても絵が上手なことに惚れ惚れします。ずっと見てられるくらい。
と、まあ、タイトルと表紙だけでこの作品がいかに魅力的であるかがわかるのですが、更に内容がどれも素晴らしく、それも一つ一つ感想を述べていきたいと思います。なるべくネタバレは避けながら。
33の短いお話はどれもSF要素が強く、星新一の作品群を連想させる物も多いです。
特徴的なのは登場人物に必ずしも名前が付けられているわけではない事。
星新一のショートショートの多くが「エヌ氏」などに代表される匿名性の強い登場人物が描かれているように、『ひきだしにテラリウム』の登場人物も必ずしも名付けられているわけではありません。だけどそれにより、彼ら/彼女らの物語が、自分にも起こりうるものではないか、という感覚にさせられるのに非常に効果的です。
1・すれ違わない
いきなりの少女漫画タッチの絵柄に、「表紙の絵と違う」と戸惑います。
「作品集だから昔の絵柄なのかな?」とも思いますが、2ページ目でいきなり様子がおかしくなり、3ページ目でその謎が解けます。
4ページ目にオチが来て爆笑の内に幕を閉じるのですが、1話めのたった4ページでいきなり「これはドSFの作品だぞ」と身構えさせてくれます。
2・湖底の春
再び絵柄がガラリと変わります。
海外の児童文学の挿絵のような重厚かつ繊細なタッチと話運びに、この作家先生が非凡な才能の持ち主であることがわかります。
3・恋人カタログ
日常SFの傑作『ドラえもん』の「ガールフレンドカタログメーカー」からインスピレーションを受けた一遍。
サラリーマンの退屈な恋愛にSFアイテムが絡み、どんでん返しに次ぐどんでん返しを経て、実に心温まるラブストーリーになるという名作。
オチも微笑ましい。
4・恋
エマという美しい女性がアンドリューに恋をしたかもしれない、というお話。
彼女が恋を相談する相手が「それはどうだろう」という台詞をはくときの表情と影が、ゾッとさせられる。
何故、その人物はエマの恋の話を、あんな表情で聞いたのだろう?何故、その人物の周りには、あんなものばかりなのだろう……?
5・かわいそうな動物園
新しく生まれた動物の子供を、生かすか殺すか「選定」している動物園の話。
メスが生まれると喜ぶのだが、毎日何個も産まれる鳥の卵は潰してしまう。
彼らもすすんでそんな残酷なことをしているわけではないらしいのだが、園長らしき人物は、生まれたばかりの小象を殺すことに反対する職員に「そういう問題ではない」と、苦しそうに言う。
一体、この動物園はなんなのか。
ラスト前で描かれる動物園の外観と、最後のセリフでこの物語の謎が一気に解ける仕組みになっている。実に鮮やか。
6・パラドックス殺人事件
再び絵柄が重厚なものに変わり、美しい女性が死亡し、彼女の恋人らしき男が嘆くシーンから始まる。
一体何ごとだろうか、と思って読み進めていく内に、壮大な神殺しの話へと展開して……いかない。面白い。
7・未来面接
中学2年生の少年が背広の人々に就職試験のような面接を受けている。
彼らは一体何者なのか。
面接官が子供の頃に思い描いていたような未来は、実際に訪れたのだが、現実とのギャップがどこか寂しい。
8・龍の逆鱗
龍を食べるお話。
九井諒子先生はとにかくご飯の描写が巧みで、表現力が素晴らしい。この作品の中に幾つか存在する「グルメシリーズ」(俺が勝手に名付けてるだけです)の中でも特に美味しそうな一遍。
伝説の存在である龍を食べるというタブーに挑んだ青年に襲いかかった運命とは。
後の『ダンジョン飯』に繋がる短編ですね。
9・TARABAGANI
タラバガニは体の構造上、蟹よりかはヤドカリに近いらしい。
ならば、人間は……?
10・遺恨を残す
二人の地球人が他所の惑星へ何かの調査へ出向く話。
ホッペケ教の由来とは、もしかしたら原住生物だったのではないだろうか。
主任の見ているデータと、手提げ袋と、一コマだけ描かれた絵からそれを想像すると、ペロペロ星の住民が何故他の惑星の宗教をあんだけ排斥しようとしているのかが、わかってくる気がする。
消えつつある物へ思いを馳せる主任が「大昔の地球みたいね」と言う台詞にドキリ、とした。
11・代理裁判
一人の女性が脳内裁判、自分会議をするお話。
オチが秀逸。おまけマンガも可愛い。
12・ノベルダイブ
集中していないとせっかくの素敵な小説も満足に楽しめませんよ、という教訓。
13・記号を食べる
「グルメシリーズ」第二弾。漫画ならではの表現に圧倒される。
○△□の記号が色んな魅力的な食材に見えてきてすごいなー。すごいすごーい。
14・えぐちみ代このスットコ訪問記トーワ国編
旅行ルポエッセイ漫画のパロディ。
しかし九井諒子先生は絵柄の描き分けがうますぎる。絵柄だけでなく、内容そのものもまるで本当にあるかのようにコミックエッセイの特徴を捉えていて面白い。
コミックエッセイで描かれた国の一面と、ホテルの従業員である青年の視点で描かれた一面が交互に描かれ、読後感も爽やかで良い。
何よりもマンガ(イラスト)が一人の人間の心に影響を及ぼしたという物語が感動的。
15・旅行へ行きたい
旅行繋がり(?)のホラーな一遍。
今度は伊藤潤二先生のような絵柄も飛び出し、本当に面白い。
オチは爆笑もので、これも笑いと恐怖を同一線上で描く伊藤潤二先生っぽい。
16・ユイカ!ユイユイカ!
ファンタジー巨編(3ページだけど)。
オチを見てからタイトルをもう一度読んでみると笑える。
17・ピグマリオンに片思い
人形しか愛せない男性に恋をしてしまった女性の悩みを聞く話。
ラストの台詞で、人形の意味がひっくり返る。
18・すごいお金持ち
リゾート地で見かけたすごいお金持ちの話を聞くお話。
細かに入れられるツッコミが楽しい。
オチは落語のようで鮮やか。
19・語り草
植物にも心があるから大切に育てましょう、という女性に疑問を持つお話。
丁寧に手入れされた庭を見て男性がとある想像をすると、とたんに周りの風景が恐ろしい物に思えてくる描写が素晴らしい。
でも結局、人間は強い。色んな意味で。
20・春陽
人間の姿をしたペットと暮らすお話。
とても心温まる素敵なエピソードなのだが、次のエピソードと対になっている。
21・秋月
一つ前のエピソード『春陽』と対になっているお話。
『春陽』が人間の視点で描かれているのに対し、これはペット側からの視点で描かれている。
それがわかると、先ほどまでのエピソードの全てが一気に反転して見えてくるのが面白い。
おまけページの『春陽』との繋がりがかわいい。
22・かわいくなりたい
猫の洗顔をとっても丁寧に描いたお話。
かわいすぎる。
23・パーフェクト・コミュニケーション
他人との会話を音ゲーに重ねて思考する青年の喜劇。
だけど現実はゲームと違って何がどう転ぶかわからないから面白い。オチも。
24・ショートショートの主人公
メタ漫画の傑作。
いろいろな絵柄で描かれる登場人物と、彼らの心配する事柄はそのままこの『ひきだしにテラリウム』そのものを描いていると言ってもいい。
ラストの父親の台詞が面白い。
25・遠き理想郷
小中学校交流会のために高校生がいじめ問題について紙芝居を作ろうとするお話。
子どもたちにお話を理解させ、かつ解決方法を考えさせるためにクラスのみんなでデティールを固めていくが、どんどんと取り返しの付かない事態になっていくさまが面白い。
そして、言うまでもなく現実に今でも起こっている、とある国同士の長きに渡る紛争の問題を描いている。
26・神のみぞ知る
村を襲う謎の疫病に対抗すべく、村人が陰陽師の助けを乞う話。
よくあるフォーマットの昔話のような導入だが、そのオチは実に可愛らしい。
27・すごい飯
「グルメシリーズ」第三弾。
知識があるということは必ずしも知識のないものに優っているわけではない、という教訓。
それにしても次々と語られる「謎料理」の描写が面白い。
28・生き残るため
大半を占める絵柄の可愛さと、ラストのオチのための絵柄の変貌が凄まじい。
漫画ならではの表現。
29・スペースお尺度
とある青年が距離について思いを馳せるお話。
この中の1ページがカバー裏に採用されているのだが、カバーのイラストとのそのギャップが凄い。
ありとあらゆる技法で、様々な距離について語る名作。
30・ひきだし
引き出しの中にテラリウムが並んで入っているというお話。
子供の頃に手に入れた魅力的なものに、大人になって忘れた頃にもう一度出会う。その間に失ってしまった魅力的だった物物への後悔を実に端的に表していると思う。
31・こんな山奥に
山奥の食堂で不思議な客に囲まれる話。
オチを見てからもう一度読み直すと、登場人物の名前やエピソード、台詞の一つ一つから背景に描かれた文字に至るまで全てが、とある単語に繋がっていることが理解できるようになっていて、実に爽快。
32・夢のある話
サンタクロースを派遣している会社のクリスマス前のとある日常。
とてもわかりやすく、心温まる良いお話。
33・未来人
青年の住む小さなアパートに未来人がやってきて困るお話。
未来人はなにか隠しているのではないか? と青年は疑うのだが……。
なんと、この作品の中のとあるお話との、まさかのリンクに吃驚する。
ラストでそれがわかって爆笑。
これと、そのとあるエピソード、どちらもよく読みなおすと更に面白い。
おまけページも笑える。
さて、以上で全エピソード感想終わりです!
とっても面白かった! 一家に一冊あってもいいんじゃないでしょうか、この本。
九井諒子先生という作家を、気にはなっていたのですが読んだことがなかったので、今回向さんにオススメしていただけて大変感謝しています!
調べたら、既に二冊作品単行本がでているとのことでしたので、そちらもぜひ読んでみたいと思います!
で、もう一度表紙のイラストを見なおしてみるとですね、タイトル横の一番目立つ場所、恐らく手にとった誰もが真っ先に目をやるであろう位置に描かれている人物が、この中のとあるエピソードの主人公なんですね。その人物がこの作品集の表紙の、一番目立つ位置に描かれている理由。
それも含めて本当に、隅々まで計算され尽くした珠玉の一冊であると思います。
ネタバレを避けたのでなんだかよくわからない感想になってしまいましたが、どれも実際に読んでみれば、竹内が何言ってたんだかは理解できるのではないかと思います!
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