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すれ違っていた話

先日、とある出版社の謝恩会に呼んでいただけたので、のこのこと顔を出してきたのだが、帝国ホテルの大広間を全て開けて行われるものだから、まあものすごい数の人で、更に立食形式なため、どこに誰がいるやら全くわからない有様。

この謝恩会には何度か出ているのだが、知り合いと運よく会えたとしても、次離れてしまったらもう殆ど出会えることはない。

なので、フロアを大体で区切り、この辺はこの雑誌の人たち、この辺はこのレーベルの人たち、みたいな感じで集められるのだ。
勿論そこから出てはいけないなんて決まりがあるはずもないのだが、知り合いと出会うには自分の関わりあるテーブルの周りをウロウロするに限る。

作家さんが集まってるわけなので、皆さんの多くは個人仕事なので、この謝恩会でしか会えない人たちもたくさんいるのだ。
俺も一年ぶりに再会する人々との談笑を楽しみに向かった。

でも、いざ会ってみると一年という期間が空いているので、話題が本当にないのだ。
だから、黙々とビールを自分のコップに注ぐ作業に没頭することになるのだか、今年は、天津の向さんも参加するとのことなので、会場に入るなり合流して、その後の行動を共にすることにした。

一年ぶりに再会も何も、向さんとはほぼ毎月二回会ってるので、何を今更、という感じがしないでもないのだけど、本当に安心したし、黙々とビールを注ぐ作業をせずに済むことになったのは大変有難かった。

で、向さんと二人でお酒を取りに行ったり、ローストビーフやお寿司に並んだり、大御所作家さんたちが真ん中のテーブルに集まってるのを見に行こうよ! などと作戦を立てていると、突然背後から肩を叩かれた。

見ると、若い女性がニコニコして「久しぶりー!」と話しかけてきた。

誰だっけこの人。

本当に失礼な話なのだけど、俺は人の顔と名前を覚えるのがとても苦手で、更には周りは向さん以外、一年ぶりに出会う人々なのだ。

誰かはわからないけど、自分の中で、おそらくあの人かあの人かな、という候補の女性作家さんが浮かび上がったので、話しているうちに名前を思い出すだろうし、名前さえ思い出せたらその人の情報も思い出すだろうから、その場では「どなたでしたっけ?」とは聞かずに、「どうもご無沙汰しております」と応えた。

するとその人は
「やー、良かった、知り合いに会えて! 本当に去年より知ってる人がいなくて、心細くてどうしようかと思ってたの」
と言う。

確かに、謝恩会にくるメンツは毎年入れ替わるし、新人作家さんも増えるし、他の会社で書き始めた人なんかはもうこなかったりするから、その寂しさはとてもよく理解できた。

何しろ俺が、向さんが今年いなかったら、彼女と同じ気持ちでいただろうから。

だから俺は
「いやいやー、俺も今来たところなんで、まだ誰とも特に会えてないんですよ」
と言った。嘘ではない。向さん以外の作家さんとはこの時点でまだ碌に挨拶もしてなかったからだ。

「本当に知り合いがいて良かったー。しばらく一緒にいてもらっても良い?」
と言うので、
「勿論大丈夫ですよ。でも、二次会行ったらまた知り合いも来るんじゃないですか?」
と言ってみる。

それも本当で、一次会には来ないけれど、二次会から参加する作家さんは多い。それだけでなく、二次会には作家さん以外の、アニメ制作会社の人とか声優さんとかテレビ局の人とかもきたりするから、むしろきちんとした話をするのだったら二次会の方こそ相応しい。
ベテラン作家さんほど二次会から参加する傾向にあったりする。

しかし、その女性作家さんは
「二次会行けないんだよー、この後打ち合わせが入ってて」
と言った。

ん?

自分のところの会社の謝恩会の後に打ち合わせを入れる編集者が、いるとは思えない。
と、いうことは、その打ち合わせは、ここの会社のものではないということだろうか?

その辺をなんとなく聞いてみると、
「そう。私ね、今、他誌から一つお話いただいていて」
と声を小さくして言った。

へえ、それはおめでとうございます、などと返事していると、
「でもそっちはどうなの? うまいこといきそう?」
と尋ねられた。

俺は、ラノベの企画がまだ通ってなかったので、
「いやー、まだ厳しいですねー」
と答えた。

他誌?
ライトノベルで、別の会社のレーベルで書くことを、他誌、なんていう人珍しいな、とか思ってると、

「最近私ね、デジタル作画に移行しようと思ってて。あれ、君どっちだっけ、デジタルだったよね確か」

デジタル?
デジタル作画?

俺はライトノベルを原稿用紙に鉛筆ではなく、パソコンで書いているので、デジタルであることは間違いない。
でも、はっきり言える。
作画はしてない。

「デジタルですね……」

だんだんと違和感が不安に変化し始める。

「◯◯くんとか◯◯さんとかも来れないみたいだねー、皆んな連載が忙しいからなー」

連載。
◯◯さん。

その名前は、漫画雑誌で連載をしてらっしゃる人のものだった。

ひょっとしてこの人、ライトノベル作家じゃなくて、漫画家さんじゃねえかな?

だいぶ話したところで、ようやくそのことに気付く。

漫画家さんの知り合いにも、いつの間にか出会ったり紹介されたりすることも増えてたので、どの漫画家さんだったっけ? と、今までライトノベル作家さんで検索していた脳内を、急遽漫画家さんフォルダに切り替えて検索再開。

だが該当するファイルがありません!

そうこうしてる間に、若い男の子が二人、女性漫画家さんの横にやってきた。

「あ、この子たち知り合いで、今、デジタル作画を習ってるんだ。二人とも才能があってもうすぐデビューするんだよ」
と紹介される。
「あ、竹内です」
と、自己紹介をする。

すると、若い男の子に、
「原稿はアナログで描いてらっしゃるんですか?」
と質問された。

さすがに気付いた。
今日日、ライトノベル作家が原稿をアナログで書いてると思う人が立て続けに二人も出てくるはずない。

間違いない。

俺は、漫画家さんだと勘違いされている。

つまり、今までは、
「竹内佑が話しかけられているんだけれど、俺がその女性作家さんのことを思い出せない」
という状況だと思っていたのだけれど、
真相は、
「女性漫画家さんが、俺のことをどこか他の漫画家さんだと思い込んで話しかけていた」
だったのだ。

いやよく数十分会話が成立してたな!

そうなると、問題は、俺は誰と間違えられているのか? である。

あと、「人違いですよ」というタイミングは既に完全に逃してしまっていた。気付かないうちに。
それに、心のどこかで、知り合いが居なくて心細いこの人をがっかりさせてはいけない、この知り合いの若い男の子たちの前で恥をかかせてはいけない、あと、ちょっとこの状況面白い。というような思いがあったので、この女性漫画家さんがよほど大変なこと(銀行の口座番号を教えようとし始めたり)を喋ろうとしない限り俺はもう正体を明かさないことにした。

するともう一人の若い男の子が、タイミング良く、
「どんな作品描いてらっしゃるんですか? すみません、不勉強で」
と質問してきた。

俺は一体どんな漫画を描いているんだ?

だけどこれは、良いチャンスかも知れない。
女性漫画家さんがタイトルなり言ってくれたら、俺が誰に間違えられているかハッキリするからだ。

「いやー、まあ」みたいに、照れている、という態度を取ることによって、自分ではとても恥ずかしくてタイトルは言えないよ、というスタイルを見せてみることにした。

すると、女性漫画家さんが、
「この人はね」
と、話してくれた。
作戦は成功だ!

「なんでも描くんだよ!」

なんでも描くのかよ俺!
誰なんだ俺は!

何か突破口はないか、と、俺は隣で寂しそうにしていた向さんを紹介して、新たな情報を得ようとする。

「この人は、芸人さんの天津の向さんです」
と紹介すると、
「えー、いつから知り合いなの?」
と。
向さんが
「いや、もう大分前からですね」
と答えると、
「へえ、じゃ、早稲田なんだ!」

「いや、僕は早稲田じゃないですね」
と困惑しながら答える向さん。

俺早稲田だったのか!
そしてこの人、向さんのこと知らないようだ。

その後、女性漫画家さんが向さんに自己紹介をしたことにより、ようやくそこで初めて、お名前と作品を知ることが出来たが、やはりこのままでは限界が見えていたし、困惑している向さんが目を白黒させ始めていたので、「ローストビーフやお寿司を取りに行ってきます」と宣言して向さんとその場を離れたのだった。

離れるなり、向さんに
「すみません。今の◯◯さん、俺を誰か他の漫画家さんと間違えてるみたいなんです」
というと、向さんは納得した様子で、
「そうですよね。俺も竹内さんも早稲田じゃないですもんね」
と言った。

その後、ローストビーフを手に入れた我々は、もう一度戻って本当のことを告げようか、と相談したが、知り合いいないって言ってたけど、若い男の子二人いたから平気なのではないか、という結論になり、当初の予定通り、大御所作家先生たちがにこやかに談笑してる姿を見たりお寿司を食べたりして、もう一度戻ると、もうあの女性漫画家さんはいらっしゃりませんでした。

また来年会うことがあれば、次は本当のことを伝えたいと思います。

それか、彼女が万が一このnoteを読むことがあるかも知れないので、ここに書いておきます。

俺はなんでも描ける漫画家ではなく、お芝居やテレビとかの脚本とライトノベルとかを書いている、竹内佑というものです。
名乗り出せずにすみませんでした!

#雑記

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