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持続的持久系トレーニングとCardiac drift

心拍数は簡便で(ある程度)正確かつ的確に運動強度を設定、評価することが可能となる指標ですが、心拍数を用いて持久系トレーニングを実施するに際して、特に持続的な持久系トレーニングを実施するに際して、注意、配慮すべき点がありますので、以下に解説したいと思います。

*心拍数と運動強度の関係については、こちらの記事を参照下さい。

●Cardiac driftという生体反応

ペース走等の持続的な持久系トレーニングを実施している際に、一定の運動強度(例えば、一定のペース=ランニングスピード)で運動していても運動継続に伴い徐々に心拍数が上昇していく現象がみられます。

この現象が、Cardiac drift(心拍数のドリフト)と呼ばれるものです。

ペース走等の持久系トレーニングを実施する際には、このCardiac driftを如何に考慮するかという点が非常に重要であると考えられます。

例えば、目標心拍数を設定しペース走を実施する場合、運動時間の経過に伴い心拍数が上昇し目標心拍数から大きく外れてしまうことになる訳ですが、この時、ペースを落とす程には身体に疲労を感じていないこともあります。

また一方で、目標心拍数を厳守した場合には当然、運動の経過に伴い身体の疲労を感じていなくてもペースを落とさざるを得ないということになる訳です。

このような状況において、どのような判断を下すのか、すなわち、身体の感覚(疲労感)に基づきペースを維持するのか心拍数に基づきペースを下げるのか、その判断、決定を下すことは非常に難しいことでもあります。

Cardiac driftがみられた時には、身体に疲労感を感じていなくとも心臓の拍動数は増加していることになるので心臓に対する負担が増大しているのは事実であるといえるでしょう。

そのような観点から考えると、心拍数に基づきペースを落とした方が適切であるといえるのかもしれませんし、あるいは、Cardiac driftを見据えて運動終了時点における心拍数が目標心拍数になるように予めペースを調節しておくことが適切であるといえるのかもしれません。

●Cardiac driftの原因と抑制

安易に、そのような判断を下す前に、このCardiac driftが何故生じるのか、抑制は可能なのか、について簡単に整理をしていきたいと思います。

Cardiac driftが生じるのは一回拍出量の減少が原因であると考えられているのですが、一回拍出量の減少が生じるのは、運動継続に伴う発汗による体水分量の減少によって血液量が減るからであるとも考えられています。

従って、Cardiac driftを抑制するための一つの手段は運動中の十分な水分補給によって体水分量の減少を防ぐことであると考えられる訳ですが、実際に先行研究では水分摂取によってCardiac driftの抑制がみられたことも報告されています。

Cardiac driftは防ぎようのない生体反応ですが、運動中の適切な水分摂取によってCardiac driftをより少なく抑えることが可能であるといえる訳です。

そのように考えると、運動継続に伴う生体反応であるCardiac driftをより少なく抑えることが可能であるならば、身体の疲労を感じていない状況においては心拍数に合わせて(必要以上に)ペースを落とすことはないというのが個人的見解です。

そのことを裏付ける一つのデータ(シングルケースですが)として、以前、当方が測定したトライアスロン選手のLT(乳酸性作業閾値)強度での8000mペース走中の心拍数と血中乳酸濃度の推移を以下に示します。

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LT強度でのペース走(400m毎のラップタイムを外部から伝えることでペースの維持を図りました。)ということで、当然のことながら血中乳酸濃度は、ほぼ一定の値を示している一方で心拍数は運動の後半に大きく増加していることが、この図から理解出来るかと思います。

また、このペース走中の個人の主観によって運動強度を設定する指標として用いる自覚的運動強度(RPE)は13から14だったのですが、先行研究(大蔵ら,1998)でAT(無酸素性作業閾値)はRPE13に対応する事が報告されていることを踏まえると、この選手の感覚(自覚的運動強度)は血中乳酸動態に対応している一方で心拍数には対応していない可能性があるといえることがご理解頂けるかと思います。

これらのことから、個々の感覚を手掛かりに一定ペースが維持出来る(出来ている)のであれば運動後半の心拍数の増加に伴い必要以上にペースダウンする必要がないといえるのではないかと考えています。

そして、心拍数を利用して運動強度を設定してペース走等の持久系トレーニングを実施する場合は、自覚的運動強度も合わせて把握しペースコントロールに活用することを推奨致します。(例えば、ペース走中に心拍数の増加がみられても自覚的運動強度に変化がなければペースを維持する。)

参考:自覚的運動強度(RPE)について
自覚的運動強度:RPE(Rate of Perceived Exertion)とは運動中にどの程度の"きつさ"を感じているかを自覚的に評価し数値で表す運動強度の指標です。

RPEは、生理学的要因と心理学的要因を合わせた評価であるとされていますが、環境、(個々の)努力度合い、(個々の)緊張度合い、不快感、疲労(感)等の影響を受けるとされています。(例えば、個々の心理特性(我慢強い、等)によって過大評価になってしまったり、過小評価になってしまうこともあるので注意が必要になります。)

RPEスケールとしては「ボルグのRPEスケール」「ボルグのCRスケール」の2つのスケールがしられていますが、基本的にRPEスケールは漸増負荷運動が対象であり、値の増加と心拍数の増加が比例関係にあるとされている一方で、CRスケールは特定の心拍数と関係しないとされ自覚的強度が安静時あるいは最低水準の努力と比較してどの程度かを表していますので、ペース走等の持久系トレーニングを行う際にはCRスケールを活用すると良いと考えられます。

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●生体内情報と生体外情報の活用

また、心拍数は生体内の情報であり、心拍数を用いた運動強度の設定は生体内情報に基づく運動強度の設定であるといえますが、生体外に目を向けるとペース(ランニングスピード)も運動強度を設定する1つの指標であるともいえ、ペースはパフォーマンス指標であることを考えると生体内情報に合わせて生体外情報を考慮しておくこと、具体的にいえば心拍数とペースとの関係を考慮した運動強度の設定、評価が重要ではないかと考えます。

生体外情報であるペースに頼っているだけでは、実際の運動強度を把握することは不可能であるといえますし、一方で、生体内情報である心拍数だけに頼っていては、実際のパフォーマンスを把握、評価することは不可能であるといっても過言ではありません。

持久系トレーニングの目的が、単なる減量であったり、健康維持・増進の場合は、心拍数を利用して運動強度を設定し、心拍数だけを手掛かりに運動を実行することが重要であるといえますが、その目的が競技力向上である場合、パフォーマンス指標となるペース(ランニングスピード)の把握、評価は不可欠であり、そのペースを維持することも重要であるといえることから、Cardiac driftが生じている状況でもペースが維持出来るのであればペースを落とす必要はないといえるでしょう。

また、上述した通り、Cardiac driftは運動継続に伴う発汗による体水分量の減少等が影響していることを踏まえて考えれば、動作効率が関係していることが推察され、トレーニング効果として同一運動強度における運動中の動作効率が改善されれば、同一運動強度における運動中のエネルギー消費に伴う熱産生が減少し発汗量が少なくなり結果としてCardiac driftが抑制されると考えられます。

従って、持久系トレーニング時の心拍数とペースを把握しておくことによって、トレーニング効果を評価することが可能になるといえ、特に動作効率を評価することが可能になるかもしれません。


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