3 任意取調べの限界

1 本件取調べは、形式的には刑事訴訟法(以下、略)198条1項の任意同行後の取調べとして任意捜査の一環として行われている。そのため、「強制の処分」(197条1項但書)にあたれば、令状主義に反することとなるので違法となる。そこで、「強制の処分」の意義が問題となる。
(1)197条1項但書の趣旨は、国民の重要な基本的権利・自由を制約する処分について、厳格な要件手続きを明らかにすることで、国家権力の発動に民主的正統性と予測可能性を与える点にある。
 そこで、「強制の処分」とは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する。
(2)確かに、Xは、「Kから任意同行を求められ、これに素直に応じて警察署へ出頭して特段拒絶するような意思を表明した事情はない。
 もっとも、同行を求めた時刻は午後9時という遅い時間であり、通常外出をしないプライベートな時間であって、そのような時間に警察署に赴くことになるのは、Xの意見に反することが推定される。
 そして、取り調べ状況も取調ぺ中ドアの前に,警察官がひとり座っており,外出を自由にさせないという圧迫感をもって取り調べが行われている。また、トイレをいくにも付添うなど,常に監視されながら取り調べてられておりXの意思を制圧していると推認できる。
 また、このような取調べが午前0時と深夜近くまで行われることから,客観的に見て取調ベが甲の意思に反していると言える。
 取調べ終了後には本人がそれほど乗り気でないにもかかわらず、執拗に働きかけ、警察が用意し,管理している警察共済施設に宿泊させていることから、宿泊はXの意思に反しいたと考えられる。そして,宿泊においてもドアの前の見張りやトイレの付き添いなど厳重な監視下におかれておりプライベートな時間は全く与えられていない。そして、翌日も警察車両での送迎の中で、同様の取調べ、宿泊が行われ、これが3日、4日と長期間にわたって続いている。これらの状況からすると、甲の身体の自由は強く制約されており、Xの意思を制圧していることが推定される。
 以上からすれば、退去帰宅の申し出等、明確な拒絶の意思を表明した事情がないとしても本件はXが拒否の余地が無いような状況下であり、身体に対する制約が認められる。そのため、Xの意思を制圧していることが推認され、身体を制約しており、「強制の処分」にあたる。
(3)したがって、逮捕令状等なくして行われたかかる任意同行からの滞留行為は違法である。
2 もっとも、仮に、任意同行が「強制の処分」に当たらないとしても、それに引き続いてなされた任意取調べそれ自体は適法と言えるか。
(1)この点、任意同行に際して同行に伴う身体・移動の自由の制約に同意するとは言っても、これが無制限に制約されることを許容したものではなく、限られた時間等での制約を甘受しているに過ぎないと解するのが相当である。そうだとすれば、任意捜査の一環としての被疑者に対する任意取調べは、強制手段によることができないというだけでなく、具体的には、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである。
(2)本件の事案の性質としては、殺人罪(刑法199条)という重大犯罪であり、Xの嫌疑が固まっており、その逮捕の理由をより確固なものとするため、取り調べているのであり、その必要性があった。また,殺人事件という重大犯罪がXによって更に発生することを防止すべく、その緊急性もあった。
 しかし、Xについては家に帰ることが不可能であって適当な宿泊場所がなかったという事情があるわけではなく、また逃亡や自殺のおそれがあったというわけでもない。したがって、本件のような警察官の監視のもとで、宿泊をさせるような取調べ方法をとる必要性、緊急性があったわけではない。そして、Xが被疑者の態度も取調べを積極的に望んでいたわけではない。
 また、本件でXは、上記のように非常に長期間・深夜近くまで取調べを受けている。これにより生じるXの精神的・肉体的負担は相当であったといえ、特に、取調べ後の宿泊においても警察の指定した場所に,警察とともに宿泊していたのであり、体が安まる時間もなく、日に日にその負担は増大していたといえる。
(3)そのため、本件では捜査側の必要性より,被疑者の利益保護の方が勝るといえる。よって、具体的状況の下で相当とはいえず、本件の取調べは違法である。
以上

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