事例演習刑事訴訟法 1.任意捜査と強制捜査

第1 小間1について
1 本件捜査は、写真撮影として五官の作用により対象を認識し、その私的領域に侵入する「検証」(刑事訴訟法(以下、略)218条1項)に該当するものであるが、令状の発付を受けることなく実施している。そこで、本件捜査は令状主義とならないか。「強制の処分」(197条1項但書)の意義が問題となる。
2(1)197条1項但書の趣旨は、国民の重要な基本的権利・自由を制約する処分について、厳格な要件手続を明らかにすることで、国家権力の発動に民主的正当性と予測可能性を与える点にある。
 そこで、「強制の処分」とは、①個人の意思を制圧し、②身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する。
(2)本件において、KのXの容ぼうを撮影した行為は、甲の承諾なく行われており、 通常容貌を撮影されることは許容しないためXの黙示の意思に反しており①にあたる。
 本件はXが居間でくつろいでいるところを写真撮影している。 したがって、本件撮影は、Xのみだりに容ぼう等を撮影されない自由のみならず、 住居内における自己の行動を他者にみられることはないというプライバシーの期待についても侵害している。そして住居は、他者に行動を監視されることを受忍する空間ではなく、まさに私生活秘匿権としてのプライバシーの保障根拠が強く妥当する。 憲法 35条が住居内のプライバシー権を侵害する捜差押さえについて、令状を要求しているのもこの趣旨である。また肉眼でみえる範囲を超えての撮影である。 したがって、本件捜査は住居に対する侵害行為であり、住居に制約が加えられていると言える(②)。
3 したがって「強制の処分」 にあたり、令状主義違反となり、違法である。
第2 小間2について
1 本件捜査についても「強制の処分」にあたり、令状主義違反とならないか。「強制の処分」の意義が問題となる。
2(1)「強制の処分」とは上記をいう。
(2)本件撮影はXの黙示的意思に反して①を満たす。
 そして、小問(1) と違い本件の撮影は住居内に存在するXを対象とするものではない。 したがって、プライバシーの根拠が強く妥当する住居内の行動を他者にみられることはないとの期待に対する侵害はない。 公道上で、 みだりに容ぼう等を撮影されない自由を侵害するのみである。そして、 公道は不特定多数者が存在する場所であって、 他者から観察されることを受忍している空間でありプライバシーの保障根拠は強く妥当しない。また撮影範囲も肉眼でみえる範囲にとどまる。 したがって憲法 35 条に同視できる程度の権利に対する侵害はなく (②不充足) 「強制の処分」ということはできない。
3(1)そこで、「強制の処分」ではないとしても、みだりに容貌を撮影されない自由に制約が加えられていることから任意処分の限界を越えないか。
 任意処分の限界については、必要性、緊急性なども考慮した上で、具体的状況下で相当と認められる限度において許容されるべきものと解すべきである。
(2)本件の被疑事実は強盗殺人事件という死刑に処される (刑法 240条) 重大な犯罪である。そして、確かに住民Wが犯人に遭遇したのは 「すぐさま駅方向に逃げていった」という供述からして一瞬であり、供述の信用性としてはあまり高くないといえそうである。 そのため、Xの容ぼうをWに確認させる必要性は低いとも思える。しかし、本件は殺人事件であり、被害者の証言は得ることができず、 また、犯人を見たという他の証言もない以上、Wに確認する必要要性が高度に認められる。
 また、事件の数日前に X の刑務所仲間が強査の犯行に出ることを持ち掛けられている。その内容は「老人の一人暮らしの家」や 「分け前は折半だ」 等詳細なものであったことから、冗談などではなく、まさに本件の犯行の計画であった可能性が高い。 Xが従前同じような前科を犯していたことからも、本件犯行の持ち掛けが冗談ではなかったことを基礎づける。したがって、Xが本件の犯行に出た嫌疑が強く認められ、 WにXの容ぼうを確認する必要性が高い。
 また、Xは一瞬だけ犯人を見ただけであり、静止画であるとXと犯人が同一人物かを判断できない可能性がある。したがって、 ビデオカメラでXの表情など、挙動を含めて撮影する必要があった。そして、隠し撮りについてもばれてしまえば逃走され撮影ができなくなる以上、その必要が強く認められる。
 さらに、Xは強盗致傷事件を過去に起こしていることから考えると、 常習犯であると考えられ、再び同じ重大犯罪を起こしかねず緊急性も強く認められる。
 これに対して、確かにXは写真撮影よりも画質が鮮明でかつ行動に関するプライバシーを侵害する動画撮影をされており、 侵害程度として強いともいえる。 しかし、 公道という、他者からの観察を一定程度受任するべきである空間の撮影である以上、 被侵害利益としてはやはり重要なものとはいえない。
3 以上より、被侵害利益の重大性よりも捜査の必要性、 緊急性が勝っているため、具体的状況下、相当といえ本件捜査は適法である。
以上

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