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続「必須特許」について

何をしていても感じることだが、定義を曖昧なまま何となくやっていると、大概のことは支障なく進むにしても、一番大事な時に道を間違えたり、本来とは真逆の打ち手を打ったりして失敗することが多い。前回は「必須特許」について、明確な定義に基づいて議論を進めている人が少ないと言う話をした。

「必須特許」はマネジメントできない

前回に引き続いて、「標準必須特許」ではない「必須特許」に当てはまる定義を、「ある製品を生産する際に、不可避的に実施しなくてはならない特許」とする。「不可避的に実施しなくてはならない」とは、言い換えると、確実に侵害が言えて、かつ、有効(=無効性がない、瑕疵がない)と言うことである。
エプソンでも、Brilliant Patent(BP)活動と称して知財力強化活動が行われているのだが、その活動のはじめ、初期のBP活動では、まさにここで言う「必須特許」の取得を目指していた。その時に問題になったのは、ある特許がBrilliant Patentに該当するかどうかを、どうやって判断するか、と言うことだった。BPの認定基準の問題である。
当然のように、侵害確認可能とか、回避困難だとか、無効性がない、といった基準は挙がった。しかし、これらの基準に本当に該当しているのかどうか、その判断が確実なのかどうか、は、どこまで議論しても議論が尽きることはなかった。SEPではない必須特許は、規格や契約で守られているわけではないので、その必須性や有効性を明確には判断できないのである。
一方で、議論するまでもなく、明らかに必須特許と言えるような大発明が存在することを否定するつもりもない。例えば、「常識に反する法則を用いた装置」の「原理的なクレーム構成(=基本特許)」であれば、必須特許と言える可能性が高い。具体例を挙げると、
・核融合には高温が必須と考えられていた時代の「常温核融合装置の発明」
・超伝導には絶対零度に近い極低温が必須と考えられていた時代の「高温超伝導装置の発明」
・一旦分化した動物の細胞は分化万能性を持たないと考えられていた時代の「人工多能性幹細胞の発明」
以上のような発明の特許出願は、多分「必須特許」として成立するだろう。しかし、そういう大発明の必須特許は滅多に取れるものではない。そういうものに期待した知財戦略とは、宝くじの当選を当てにした生活設計をするようなものであり、普段の事業を支える活動として実行するには、全くもって相応しくないと言える。
大発明ではない、普通の特許発明は結局、「明らかに必須特許である」と言えるわけでもなく、BP認定会議での議論は堂々巡りが繰り返された。最終的に出てきた解決策は、その特許で「訴訟を戦いぬける」という基準だった。そうなれば、侵害確認も確実で、回避技術もないし、特許も有効だと証明されたようなものだからだ。
しかし、これはおかしな話である。そもそもが、権利主張した時に、非侵害や無効の抗弁で言い負かされて退散するような、無様なことを避けたいがために始めた制度なのに、権利主張した結果で認定を判断する、というのは本末転倒だからだ。このように、「必須特許かどうか」を予め見定めるのは非常に難しく、当時の制度は破綻していたと言わざるを得ない。「必須特許」はマネジメントできないのだ。

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