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閑話休題

少し前にシャープが液晶ディスプレイから撤退するというニュースで騒ぎがあった(「シャープ、テレビ向け液晶生産撤退へ」日本経済新聞,2024年5月14日)。これで日本発祥の液晶ディスプレイビジネスが日本から消えた、という話だ。しかし、小川紘一先生に言わせれば、そんなことは日常茶飯事で、日本企業は新たな技術を生み出し、大きな市場を創造しながらも、度々撤退してきたではないか、ということになろう。

技術で勝ってビジネスで負ける日本

「暗黙の知財同盟」再考

前々回に触れた話だが、このような衰退の道を歩まなかった事例が幾つかあって、インクジェットプリンターがその一つとして紹介されていた。あからさまに知財同盟を組んで第三者を市場から排除すると、たとえ特許権によるものであろうとも独占禁止法違反になる(パチンコプール事件)。だから、あからさまな知財同盟(パテントプールのような)は、累積する高額ライセンス問題を解決(FRANDライセンス)して、誰でも発明実施できるようにするために結成するのは良いが、誰かがその業界に入りにくくするために結成するような事は、やってはならない。「標準化」の目指す方向は、これに相当する。ここで必要とされる特許権の持つ性質は、「排他力」であって、「独占力」ではない。
一方で、特許権者同士が互いにライセンスし合うことは自由なので(契約の自由)、相手を選んでクロスライセンス等の契約を結ぶことに問題はない。そして、談合さえなければ、数社間のそのような契約の繰り返しの結果、彼らの間では互いに自由に実施できる特許技術が、第三者には実施困難になるという状態(寡占状態)について、これを規制する法律は今のところない。
契約の側面から見た状態は以上の通りだが、これを権利の側面から見ると、複数のこれら寡占企業が持つ特許ポートフォリオ群が、単独企業ではカバーしきれなかった彼らの製品の要素技術群を概ねカバーするようになると、特許ポートフォリオによる寡占状態も自然と成立する。これが暗黙の知財同盟が実現する特許権による「独占状態」である。ここで必要とされる特許権の持つ性質は、「独占力」である。
インクジェットプリンターでは、キヤノン、エプソン、HPの三社同盟が暗黙裡に成立したと言われている。その故か、通常はアジア企業に侵食されて間もなく市場から撤退する日本企業の轍を、インクジェットプリンターは踏まなかった。

ディスプレイ市場の撤退劇

液晶ディスプレイ業界はどちらかといえば、「標準化」の道を歩んだということなのだろうか。だとすれば、暗黙の知財同盟など成立しようがない。それで日本企業が競争に持ちこたえられる筈もなかっただろう。
一方で、シャープの撤退ほど注目を集めてはいないことだが、パナソニックとキヤノンがプロジェクター事業を売却または撤退するというニュースが先日から相次いだ(「パナHD、プロジェクター事業売却へ 成長投資に集中」日本経済新聞,2024年5月22日、「日本国内のプロジェクター事業に関するお知らせ」キヤノン,2023年9月1日)。プロジェクター業界は他のエレクトロニクス製品ほどには標準化が進んでおらず、インクジェットプリンターのような暗黙の知財同盟が成立しやすい業界だったと私は思う。しかし、そうはならなかった。
私は当事者であり、各社にもそれぞれの事情があるだろうから、憶測の話は極力控えるが、多くの日本企業がTIのDLPを選んだことがこの結末を招いた大きな原因ではないかと考えている。TIはこの業界でインテルのようなオープン&クローズ戦略を採っているので、DLPを採用した日本企業が暗黙の知財同盟を組むのを許さず、できる限り市場競争を活性化する方針を貫いている。最初は日本企業と台湾企業を、そして今は中国企業も巻き込んで市場競争させ、結果的に日本企業を弱体化させ、撤退させた。つまり、いつものシナリオに乗せたのだ。

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