疑うツールとして「●●神話」という言葉を使ってみる

世の中的に「多くの人に無条件に受容されている考え方や価値」をさして神話と呼んで分析するという方法があります。

学歴神話は雑誌などでもよく見ますが、人権神話(The mythe of Human Rights)とかネイション神話(The mythe of Nation State)とか、実はなんでも神話をつけて考察する対象にすることができます。

人権神話とネイション神話はしっかり考察すると泥沼になりそうな気がしますが、強い力を持っている正義の普遍性を疑うという練習は誰にでも必要になる可能性があると思います。

学歴神話を例に

学歴があれば安心という神話が昭和の時代にはあったけど、令和の時代にはこの神話はなくなったというと納得感がある人は少なくないのではないでしょうか。

学歴神話のメリットの1つとしては「なんでつまらない勉強をしなきゃいけないの?→成功するためです」ということを言うために便利だったことです。

実際は勉強したことが役に立つかどうかはその人の一生が終わってみるまで分からないのですが、「勉強という苦難を耐え忍べば、将来いいことがあると信じろ」ということで強引になんとかできたわけです。

「信仰を強く持てば、必ず来世で救われるであろう」というのとロジックとしては同じで「有名大学→いい人生」というロジックにたいした根拠はないのですが、「いい大学→いい仕事で活躍」の実現例を身近に見つけることができた時代は学歴神話は一定の影響力を持っていました。

ただ、「(大学はでたけれど)仕事がない」といった時代になると当然のように影響力を失っていきます。もともと「いい大学→いい仕事(いい会社)」は神話的なロジックなので、実例を身近から観察できなくなると同時に説得力を失うからです。

ところで大学はどうでもいいのか

学歴社会が消えつつあるなら、大学は無駄な投資なのかというという疑問はあるかもしれません。

ただ、迷う余地がある場合は行ったほうがよいと思います。というのは、すぐには役に立たない勉強に何年か取り組むという投資をしておくと、意外にあとから役に立つこともあるからです。

最近は、学問の場としての大学ではなく就職予備校としての運営にふりきっている大学もあるようです。

ただ、就職予備校にふりきった大学というのはやや疑問符はつきます。ビジネス志向なのであれば、高卒ですぐ起業なりインターンなり就職なりして1年~2年くらい経験を積んだあとで、学問の場としての大学に行くほうが得るものは多いのではないかと思います。


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