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Blood in the Syringe #2

#2.ヴィエンチャンのクソネタ

 二週間に渡るおれの奇行を物ともせず東京は動く。当然。太田先輩はまだ檻の中だけど、太田先輩の友人のツテを伝って細々とネタを引いていた。


 マリファナはいわゆる”ゲートウェイドラッグ”と呼ばれる事がある。マリファナ自体にほとんど害は無いが、”あらゆる薬物の入り口として”規制すべきだという考えもある。そんな難しい言葉はついぞ知らなかったおれだが、多分に漏れず入り口の暖簾を退けてしまった。

 当時のおれはレゲエを愛していた。だから手を出さなかった。かのボブマーリーも大麻を愛していたけれど、レゲエと切っても切れない関係である”ラスタファリ”の思想では、とにかく自然を愛し、自然のものを愛するという考えがある。これはもちろん食べ物やドラッグにも言える事で、つまるところ、[ノー・ケミカル]なのだ。

 かくしてドラッグ・ワールドに迷い込んでしまったおれだが、以上の理由でシャブやコークは全く手を出さなかった。となるとおれが行き着く先──ナチュラルでトべるもの。大麻の他にはアヘンかマジックマッシュルームくらいなものだった。

 ドラッグ通の先輩(おれにはそんな知り合いがよくいる。類は友を呼ぶ、だっけ?)曰く、

「アヘンは最高だけど向こうでやったら帰れなくなるぞ。飛行機の中で切れ目来たら地獄なんてモンじゃないし、なにより絶対に帰りたくなくなっちまう」

 クソジャンキー、と登録した電話帳。太田先輩無き今、おれはこの人からネタを回してもらっているのだが、完全に足元を見られているのだ。はあ、と気の抜けた返事をした。

 そして彼は、向こうでアヘンやるくらいならインドでヘロインにしとけ、と続けた。ちなみにヘロインはアヘンを精製、高純度にしたものだ。当時のおれはまだまだガキだったし、ヘロインの恐ろしさは耳にしていた。ちょっとカツがれただけで完全にブルっちまって、もうそんなものはポイ、って感じだった。あーあ、太巻きのジョイントににブラウンシュガーまぶして吸うのは最高だっていうのに……。

 ラオスでマリファナやキノコは違法だが、やはり東南アジアの貧国である。賄賂が効くのだ。仮にパクられても五万やそこらで釈放されるし、末端の警察に目をつけられたくらいならもっと安い額でも目を瞑ってくれるらしい。インド以来、ひさびさにおれはラオスへと旅立った。

 また一人で行くのも少し寂しかったので、適当な後輩──彼もレゲエが好きだったので、仮にボブと呼ぶ事にする──を連れてきた。例のドラッグ通の先輩じゃない理由は、絶対に飛行機で面白くもない話を延々聞かされるし、ドラッグでマウントを取られるのが嫌だった。

 ボブとおれは年少で知り合った。通常、殺人などの重罪は少年院には行かず、少年刑務所という成人と同じ待遇を受ける場所に入れられるのだが、おれは年少に入れられた。詳しい事情はわからないが、クソ親父の育て方に責任があったと判断されたらしい。ボブとはそこで出会ったのだ。年少での話を詳しく書いているともう一本小説が書けてしまうほどであるのだが、彼とは言葉を交わす前に拳を交わした仲だということだけはここに記しておこう。

 日本からバンコクを経由して約10時間。ラオスの首都、ヴィエンチャンの郊外にあるワットタイ空港におれたちは降り立った。もろもろの手続きを済ませ、ようやくの煙草を吸っていると──空港の警備員が金銭を要求してきた。喫煙所から出ているからって理由だが、片足が出ていただけだ! 飛行機の疲れもあったし、大した額では無かったので払ってしまったが、東南アジアの厄介なところのひとつはこれに尽きる。事細かにいちゃもんをつけたり、コジキをしたりして人様の銭を懐にしまい込もうとするのだ。こうなったら仕方がないので高い金を払ってボッタクリタクシーに乗り、ゲストハウスに荷物を放り込んで街を物色しに出かけた。

 先に言っておくと、ラオス初めてのマリファナは”クソ以下”だった。

 いち早くブツが欲しかったおれはインドの時と同じように、その辺で客を引いているトゥクトゥクの運ちゃんに自ら声をかけた。すると「少し待ってろ」とジェスチャーで答え、10分程度どこかへ消えたかと思うと10センチ四方ほどの紙包みを持ってきた。

「20グラム入ってる。200000kipだ」

 約2400円。安すぎる。日本でマリファナの末端価格が1グラム5000〜6000円が相場ということを考えるとあまりに安い。しばし迷ったが、何も知らないボブと、なんだかんだ国外二回目の俺はビビって仕方なかったし、2400円なら捨てる気持ちで。仮に当たりなら滞在中もうハッパには困らない。

 部屋に戻って開けてみる。紙包みを破くと、大きめのパケ。たしかに20gはありそうだが、あまりに茎や葉が多い。マリファナというものはバッズと呼ばれる、蕾のような部分に有効成分が多く含まれていて、茎や葉は通常捨ててしまう部分なのだ。クソ、摑まされた。

 だがそれでもボブは目を爛々とさせていて、まあ素面よりマシだろうと贅沢に六本ほど巻いて吸ってみた。やはりいがらっぽく、煙が薄い。結局、おれは太巻きを3本、ボブは2本半吸ってようやくほろ酔いという程度だった。

 出鼻を挫くどころかへし折られたような気分だったが、実はもとよりヴィエンチャンのマリファナなど期待していなかった。ここラオスの目玉都市は、ヴィエンチャンより160kmほど北上した場所にある。

 バンビエン。ハッピータウン、バックパッカーの聖地、ヤク中の掃き溜め。つまり、天国だ。   

 バスに乗り、悪路を4時間。地元民ですら酔い止めにミントを齧りながら運転する山道をなんとか抜け、へとへとになって着いたその街は想像以上に田舎というか、閑散としていた。

 疲れていたし、スコールも降っていたが、関係ない。例のごとく、ゲストハウスに荷物を放り込んだ。行く場所は決まっていた。

[Space Bar Tifalcony Restaurant]

 慎ましい電光掲示板にそう光らせる店へ直行した。見た目はあまりにボロい大きめのレストラン──ただし、入り口の椅子には太巻きのジョイントを咥えたマジックマッシュルームのキャラクターが書かれた黒板と、使い古されたバイクが置かれている。おれたちは浮足立つ足を隠そうともせずに入店した。

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