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ストイカ2号公開 山本一生「流視逍遥」

映画評やテレビ票はあるが、ネットフリックスやアマゾン・プライムなどで放映される連続ドラマの評がなぜかない。上映2時間余の映画はしょせん短編小説の世界で、1シーズン10話も20話も続くストリーミングの連続ドラマには長編小説を読む醍醐味がある。はまったらやめられない、この世界に「日記逍遥」の近代史研究家、山本一生が挑む本邦唯一の批評コラム。

ライン・オブ・デューティ    配信/ネットフリックス
5シーズン全28話 1話58分(5シーズン第 6話のみ84分)
原作/ジェド・マーキュリオ
主演/マーティン・コムストン
制作/BBC(第6シーズン制作中)

同僚の腐敗暴く警官の「内なる敵」


動画配信サービスにおいて、面白すぎるドラマは厄介である。「やめられない、とまらない」と、どこぞのCMにあったが、面白すぎるドラマこそ、そのキャッチコピーにふさわしい。英国の人気ドラマ『ライン・オブ・デューティ』もそのひとつで、本稿を書くためにもう一度見直したときも、恥ずかしながら再び「やめられない、とまらない」となってしまった。


そういうドラマには、これまでも何回か遭遇したことがある。真っ先に思いつくのは、キーファー・サザーランド主演の『24』で、CTU捜査官ジャック・バウワーが、大統領暗殺計画や核爆弾テロ、バイオテロなどを阻止しようと決死的な戦いを繰り広げる。1シーズン24話なので1日6話に限るつもりで見始めるものの、途中ではやめられず、夜更けのレンタルビデオ屋に走った記憶がある。


『ライン・オブ・デューティ』では、東側のスパイやアラブのテロ組織は出てこないが、ある意味それらより強力な容疑者が登場する。有能な警察官である。


テロ対策班のスティーヴ・アーノットは、誤射事件で隠蔽証言を拒否したことから職場を追われ、AC-12へ異動させられる。職務(Line of Duty)を逸脱した汚職警官を摘発する部署で、指揮をとるのは堅物で知られるヘイスティング警視、相棒には潜入捜査を得意とするケイト・フレミングがいた。
シーズン1では、トニー・ゲイツ警部が捜査対象となる。年間最優秀警察官賞を何度も受賞した警察官で、周囲からの信頼も厚かったが、申告件数に不正ありとしてAC-12が乗り出した。捜査中に警部は、愛人の起こしたひき逃げ事故のもみ消しに動き、裏に犯罪組織が関わっていたことから重大事件へと発展する。


ゲイツ警部はAC- 12に呼び出され、証拠の隠滅で聴取を受ける。だが汚職犯罪では、物的証拠だけが決め手であることを熟知する警部は、一歩も退くことなく反論する。そのやりとりは、派手な銃撃戦やカーチェイスにも負けないほどの緊迫感に満ちていて、テロリストやスパイよりも、警察官こそが最強の容疑者であることがよくわかる。


ゲイツ警部役は『ウォーキング・デッド』にも出ているレニー・ジェームズで、黒人ながらも敏腕な警察官の悲哀を見事に演じる。


ドラマの沼にはまりたくないなら、この地点で引き返すがいいだろう。さらに進むと芥川が書いたように、「行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論彼にもわかり切っていた」となる。


次なるターゲットは長身のリンジー・デントン警部で、保護された証人が移送される途中で犯罪組織に襲撃され、警官で生き残ったのが彼女だけだったことから、情報漏洩が疑われる。だがシーズン2の容疑者は、シーズン1よりもさらに強力だった。


フレミングの潜入を見破ったデントン警部は、AC- 12での厳しい聴取に耐えると反撃に転じる。録音中でありながらも、ヘイスティング警視は老後資金を投資で失い破産寸前であること、アーノットが深夜に女性証人の部屋を訪れたこと、フレミングは襲撃で死亡した女警官の夫と不倫していること、それらについて問いただしたのである。個人的な秘密が暴露され、呆然とする三人。甘く見ていたことを思い知らされる。


リンジー・デントンの憎々しげな追及ぶりは、見ていて不快感を催すほどで、それはまた演じるキーリー・ホーズの演技力の凄さでもあるのだろう。シーズン2が面白いとドラマは長続きするといわれるが、勝負どころで演技派キーリー・ホーズを起用したスタッフの思惑は大当たりだったといえよう。
シーズン3の汚職警官は、容疑者を殺害し隠蔽を命じる巡査部長かと思いきや、すぐに部下から殺され、視聴者を迷路に引きずり込む。しかも犯人はAC-12の警部と判明し、これによって主人公の三人にも疑惑は向けられることになり、ドラマの幅は広がっていく。


シーズン4は、野心満々の黒人の女性警部が捜査対象となる。中根千枝曰く「序列のある社会は女性にはプラス」だが、それを地でいくかのように上昇意識が強く、自分の犯した犯罪についても徹底して証拠隠滅をはかり、最後までAC-12を手こずらせた。


シーズン5は、警察幹部の汚職を暴くために組織に潜入した捜査官の物語である。どこかで見た役者だと思って調べてみると、『ボードウォーク・エンパイア』でアル・カポネを怪演したスティーヴン・グレアムであった。マーティン・スコセッシ監督が初めて手がけた連続ドラマで、禁酒法時代のアトランティックシティを支配した政治家の半生を描いている。


シーズン4と5の間には、同じプロデユーサーによって『ボディガード』が制作され、こちらも空前の視聴率を記録する。アフガン戦争で心に傷を負った警官が、強権的な女性内相のボディガードを務める話で、お約束ごとのように汚職警官も出てくる。内相はやはりキーリー・ホーズが演じたが、リンジー・デントンと同じ役者とは思えないほど魅力的であった。


さらにはラインオブデューティという競走馬まで出現した。一昨年にイギリスでデビューし、四戦目にフランスの重賞を勝つと、アメリカの二歳戦の総決算、BCジュヴェナイルターフを制し、ドラマの評判を高める。昨年は英国ダービーに出て十着に敗れ、再起を期していたところ、昨年十月末の調教中に大怪我を負い、ドラマの終末を見ることなく短い生涯を終えた。


シーズン6は現在撮影中で、映画『トレイン・スポッティング』で評判となったケリー・マクドナルドが出演する。昨秋にBBCで放映された日英合同ドラマ『Giri / Haji(義理と恥)』ではロンドン市警の刑事となり、平岳大、窪塚洋介などと共演した女優である。送信開始は秋口だろうが、いまから待ち遠しい。


今年は東京オリンピックの年である。なかには『三丁目の夕日』の茶川竜之介のように、「しょせん運動会」と喧噪を嫌がる向きもあるだろう。そういう御仁には、動画配信サービスのドラマの世界に避難することをお勧めしたい。そこには「やめられない、とまらない」ドラマが数多く眠っているからである。                            ■

山本一生 著作に『恋と伯爵と大正デモクラシー』『哀しすぎるぞロッパ!』『日記逍遥』など。

ストイカ2号全体をお読みになりたい方は、

https://note.com/stoica_0110/n/n4ef4199ca704


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