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ストイカ2号公開 畔蒜泰助氏寄稿

ミサイル早期警戒で「ロ中連携」の布石

    畔蒜泰助

        笹川平和財団シニア・リサーチ・フェロー 

        (安全保障研究グループ)

・ロシアと中国は「戦略的パートナー」以上、「軍事同盟」未満に。
・ロシアは日本も参加する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」を米国主導の「中国封じ込め」とみて警戒的。
・ロシアのインド太平洋での狙いは、米国中心の地域秩序を多角化した上で、中国には完全依存しない自らの戦略スペースの確保。

アメリカのトランプ政権は2017年末から18年初頭にかけて「国家安全保障戦略」(NSS)と「国家防衛戦略」(NDS)を相次いで発表している。これらの文書で中国とロシアを「現状変更勢力」(revisionist power)と位置付けた上で、これら「現状変更勢力」による長期的・戦略的競争の再出現がアメリカの繁栄と安全に対する主要な挑戦であると明言した。


ロシアとはオバマ政権時の14年に勃発したウクライナ危機を機に、いち早く深刻な対立状況に陥っていた。17年1月に発足直後のトランプ政権は、シリア・イランや中国をめぐる協力を視野に、ロシアとの関係改善を試みるが、「ロシア・ゲート」に象徴される国内の権力闘争に追われ、大統領自身や周辺の脇の甘さと相まって、この試みは早々に失敗に終わる。特に同年8月、連邦議会の承認なしにトランプ大統領自らの判断のみでは対ロシア経済制裁の解除や緩和を行えなくする対ロシア制裁強化法案が成立して以降、米ロ関係は徐々に対立モードに突入していく。そして冒頭で記した一連の米戦略文書の発表となる。


この米ロ対立以上に今後の世界情勢への影響が甚大なのが、世界第1位と第2位の経済大国である米国と中国の対立の行方である。「米国第一主義」を標榜するトランプ政権が、対中貿易赤字削減を念頭に中国製品に追加関税を課し、米中貿易戦争が勃発したのは18年初頭。間もなく次世代高速通信「5G」技術で世界をリードする中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)製品の米政府調達からの締め出しや戦略産業分野での対中輸出・投資規制強化に象徴される米中の戦略的デカップリング(切り離し)の動きへと繋がっていく。
大国間競争の波に呑まれた北方領土

中国が経済・ハイテク分野での米国の指導的な地位を脅かしつつあるとの危機感を如実に表すのが、18年10月、ハドソン研究所でのペンス副大統領の演説であろう。


〈「中国製造2025」を通じて、中国共産党はロボット技術、バイオ技術、人工知能を含む世界最先端の産業の90%の支配を視野に入れている。21世紀経済の司令塔の役割を勝ち取るために、中国は我々の経済分野での指導的役割の基礎である米国の知的財産をあらゆる手段を駆使して手に入れるべく、国家機関や民間企業に指示している〉


この米中間の技術覇権をめぐる争いに加え、インド太平洋地域を中心とした地政学・地経学上の争いや中国国内の政治的な国家管理問題や新疆ウイグル人自治区における中国政府のウイグル人弾圧問題に象徴される思想・イデオロギー上の争いが絡まり、かつての米ソ冷戦時代に続く米中「新冷戦」時代の到来を指摘する声も少なくない。


話を日ロ関係に移そう。1年余前の18年11月14日、シンガポールで会談した安倍晋三総理とプーチン大統領は、1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉の加速化で合意した。同宣言には平和条約締結後の色丹島と歯舞群島のロシアから日本への引き渡しが明記されている。これに先立つ18年9月12日、ロシア極東のウラジオストックで開催された「東方経済フォーラム」の特別セッションにパネリストとして参加した安倍総理は、プーチン大統領から「前提条件なしで今年末までに平和条約を締結しよう」との唐突な提案を投げられていた。前述のシンガポール合意はこのウラジオ提案に対する日本側からの逆提案を受けてのものだった。


だが、19年の年明け早々、日本側の平和条約締結交渉責任者に任命された河野太郎外相(当時)、安倍総理自身も立て続けに訪ロして交渉の加速化を目指したが、何れの交渉も不調に終わった。同年6月の大阪での日ロ首脳会談でも具体的な進展は見られず、日ロ平和条約交渉は妥結のタイミングを見通せない。


この安倍政権の対ロシア外交の行き詰まりの根底には、米中ロの大国間競争の激化という国際環境の一大変化がある。12年12月、安倍・自民党が政権に復帰してから開始された積極的な対ロシア外交の大前提には当時の日ロを取り巻く戦略環境への共通認識があった。リーマン・ショック後の09年以降、急速に大国化する中国への懸念を、日米はもちろん、ロシアもまた共有していたのである。


具体例を挙げよう。09年7月の日ロ首脳会談において日米ロ3極有識者会合(トラック2)の開催が政府間で合意された。同有識者会合は10年3月、11年1月、12年6月と計3回開催された。3回目の会合後に出された日米ロの共同ステートメント・政策提言の冒頭に次のような記述がある。


〈中国の影響力と国力の増大は、北東アジアの戦略環境において最も重要な展開であり、機会でもあり挑戦でもある。中国の軍事力の増強と自己主張の強い行動が深刻な影響を起こし得る一方、中国の封じ込め政策は不適切で非生産的。中国の包括的な協力を強める努力を払うと同時に、事態の望ましくない方向への展開に対してヘッジも必要である〉


当時のロシアの日米に対する見方を理解する上で参考になるのが、13年4月の安倍訪ロの直前、ロシアの主要な外交・国際関係専門誌 Russia in Global Affairs に掲載された The Sum Total of All Fears : The Chinese Threat Factor in Russian Politics と題した論文である。筆者はロシアの著名な中国・軍事問題専門家のヴァシリー・カーシンで、彼は「長期的な将来、中国がどうなるか分からず、現在、仮想のものである中国の脅威が現実のものになる状況をロシアは排除できない。よってロシアはアジア太平洋地域における米国並びにその同盟国との間で、必要な時には何時でもレベルを上げられる効果的なコミュニケーション及び協力のチャンネルを持つことに関心を有している」と論じた。


また彼が米中に対するプーチン大統領の戦略観を窺い知る上で引用したのが、大統領職への復帰意向を表明直後のプーチン(当時、首相)が11年10月、ロシア国営テレビ局3社との合同インタビューで行った発言である。
「西側のパートナーたちは中国の脅威を言い立ててロシアを脅そうとするが、中国の野心は隣接領土の天然資源なんかではなく、グローバルな指導的地位を獲得することである。我々はこれについて中国と争うつもりはない。中国にはこの分野で別の競争相手がいるので、彼らの間で白黒つけさせればよい」


カーシンはこのプーチン発言の真意を「ロシアの目標は、高まりつつある中国と米国のライバル関係に完全に関与するのを回避しつつ、第三者として利益を得ていくことだ」と読み解いた。だが、14年に勃発したウクライナ危機後の米ロ対立の激化とロシアの対中接近の流れは、この安倍政権の対ロシア外交の大前提をひっくり返した。米トランプ政権下でもこのトレンドは変わらず、米中対立が加わったことで、事態はさらに複雑化している。


INFも新STARTもなくなる

冒頭で言及した米国のトランプ政権による一連の戦略文書に対してプーチン政権は激しく反応した。ロシア大統領選挙を目前に控えた18年3月1日、プーチン大統領は年次教書演説の中で、複数の新型戦略兵器の開発が実用段階に近づいており、その一部は間もなくロシア軍の部隊に配備されるとビデオ映像を交えながら公表したのである。


ただし、ロシアはやみくもに米国との対立を望んでいる訳でも、まして冷戦時代のような軍拡競争を仕掛けようと考えている訳でもない。核戦力を基盤とした戦略的安定性の確保こそ、米ロ関係を含む国際関係の安定化の基礎と考えている。


ロシアは米ロ対立の長期化は覚悟しつつ、米国にロシアを大国として認めさせた上で、利害の一致しない所では対立も辞さないが、利害の一致する所では協力できるような、安定的な戦略関係を米国との間で構築したいと考えている。だが、事態はそんなプーチン・ロシアの狙いとは裏腹な方向に進展している。


19年2月、トランプ政権は1987年に締結された米ロ間の中距離核戦力全廃条約(INF条約)からの離脱を発表し、同年8月失効した。同政権がINF条約からの離脱理由としたのはロシアによる同条約違反だったが、実際には同条約に不参加の中国による東アジアでの中距離ミサイル戦力増大への危機感がある。


トランプ政権は米ロの21年2月に期限を迎える米ロの新戦略兵器削減条約(新START)も延長しない見通しである。同政権は米ロのみならず中国を含めた新たな条約の必要性を主張するが、現時点で中国側が応じる見込みはなく、そうなれば核大国間に核軍備管理レジームが存在しない状況が出現することになる。


そんな中、19年10月、ロシア黒海沿岸のソチで毎年開催される国際会議「ヴァルダイ・クラブ年次会合(以下、ヴァルダイ会議)」の特別セッションに登壇したプーチン大統領のある発言が世界中の注目を集めた。


彼はロ中関係に関する会場からの質問に答える形で、ロシアが中国のミサイル早期警戒システムの構築を支援していると公表したのだ。現在、これを保有しているのは米ロであるとも付け加えた。


ミサイル早期警戒システムとは、弾道ミサイル(主として大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル)の発射に焦点を当て、その軌道を追跡する複合的な特殊技術である。軍司令部に攻撃発生、侵略国家、ミサイル攻撃の規模、攻撃場所、敵のミサイルが着弾する時間などの情報を伝達する。この情報によって攻撃される側の国家の指導者は第2撃の実施決定を下すことができる。つまり、ミサイル早期警戒システムなしには報復反撃(第2撃)能力の確保による「相互確証破壊(MAD)」を前提とした核抑止理論はうまく機能しない。つまり、ロシアが中国の対米・核抑止力の向上を支援しているのである。


このことは中ロの安全保障分野での協力関係が従来の想定以上の新段階へと突入していることを意味している。プーチン大統領自身、19年6月と10月の二度、中国との関係を「同盟的な関係」と言及している。但し、相互に軍事上の義務を負う「軍事同盟」ではないとも明言している。中ロは「戦略的パートナー」以上「軍事同盟」未満の「同盟的な関係」へと発展している。


「一帯一路構想」と中期的に連合

ロシア政府はかねて日本が導入を決めている米国製ミサイル防衛システム「イージスアショア」は、米国のミサイル防衛のグローバル・ネットワークの一部を構成するとして、一貫して異議を唱えてきた。加えて、トランプ政権によるINF条約からの離脱発表と前後して、米国による陸上発射型中距離ミサイル開発と日本領内への配備の可能性が浮上している。ロシア側は「日本が米国の中距離ミサイルの配備要請に応じれば平和条約交渉への影響は必至」と一度ならず警告している。


このような新たな戦略環境においては、安倍政権の対ロシア外交が前提とした「大国化する中国への懸念を共有する日米ロ」という戦略枠組みはもはや機能しない。とすれば新たな戦略環境に適応した戦略枠組みを構想する必要がある。そのヒントはASEAN諸国+8カ国(中国・日本・韓国・豪州・ニュージーランド・インド・米国・ロシア)で構成される東アジア首脳会議(EAS)にある。


18年11月の日ロ首脳会談の開催は、シンガポールが主催するEASにプーチン大統領が初参加した機会を捉えてのものだった。ロシアはEASが創設された05年からオブザーバー資格を得ていたが、ベトナムがホスト国を務めた10年のEASにおいて米国と共に正式加盟が決まり、11年から正式加盟国の資格を得ている。ところが、プーチン大統領は05年のEAS創設時に参加した以外、11年以降も一度も出席したことがなかった。なぜ、18年というタイミングでEASに参加したのか?


現在、ロシアがASEAN諸国とのパートナーシップを視野に入れて展開している地政戦略は「拡大ユーラシア(Greater Eurasia)構想」と呼ばれるものである。14年のウクライナ危機後、米国はEUも巻き込んで対ロシア経済制裁を発動。これによりロシアは米欧諸国との関係を劇的に悪化させる一方、中国との関係を急接近させていく。その一環として15年5月、ロシア主導のユーラシア経済連合(EAEU)と中国主導の「一帯一路(BRI)構想」の中長期的な“接合”に向けて協議していくことで合意。16年6月、プーチン大統領はこの合意をさらに発展させてEAEUと「一帯一路構想」が重なり合うユーラシア大陸に重心を置きつつ、インド、パキスタン、イランといった中国以外の上海協力機構(SCO)、さらにはASEAN諸国へとユーラシア・パートナーシップの拡大を目指すという「拡大ユーラシア構想」を発表する。


プーチンEAS参加で存在感示す


ロシアのインド太平洋地域における狙いは、中国とは「同盟的な関係」を維持して米国中心の地域秩序を多極化した上で、中長期的には中国に完全には依存しない自らの戦略スペースを確保すること。そのための地政戦略が「拡大ユーラシア構想」であり、プーチンのEAS初参加はその延長線上にある。しかもタイミングが絶妙だった。前述のペンス米副大統領による対中批判演説の直後だったからだ。


18年は米中貿易戦争が始まった年である。戦略的デカップリングを伴う米中対立の深刻化に最も懸念を抱いているのは、中国への経済的依存度が高いASEAN諸国である。また、このASEAN地域こそが中国主導の「一帯一路」構想と米日豪印が主導する「自由で開かれたインド太平洋(FIOP)構想」が競争を繰り広げる主戦場である。


その意味で、ペンス演説直後のプーチンのEAS初参加は、ロシアがASEAN諸国と共に米中対立の深刻化への懸念を共有し、これに反対するとの立場を表明すると共に、米中が激しい競争を繰り広げるインド太平洋地域において大国・ロシアの存在感をアピールする絶好の機会となった。


翻って、安全保障面では米国に大きく依存しつつ、経済面では中国が米国を抜いて最大の貿易相手国となっている日本にとっても、米中の戦略的デカップリングの持つ意味は極めて大きい。


とすれば、海洋国家の日本が参加する「自由で開かれたインド太平洋構想」と大陸国家のロシアが主導する「拡大ユーラシア構想」のどこに利害の一致があり、どこに相違点があるかを見極めることが、新たな戦略環境を踏まえた日ロ関係の枠組みを探る糸口になる。


また、その第一歩としてクリアしなければならないのが、ラブロフ外相が繰り返し表明しているプーチン政権内での「自由で開かれたインド太平洋構想」に対する否定的な見方である。彼らはこれを米国主導の中国封じ込め戦略の一環として捉えているのだ。


これに関して、19年10月のヴァルダイ会議でその前哨戦が繰り広げられている。前述したプーチン参加の特別セッションにおいて、インド人専門家と日本人専門家が相次いで「インド太平洋」に関する質問を投げかけたのである。以下はその時のやり取りである。


インド太平洋での中国封じ込め警戒

インド人専門家「インド太平洋というコンセプトがある。これは米国によって作られたもので中国封じ込めの為のものとの見方がある。しかし、インドのインド太平洋コンセプトは全く違ったものである。それは完全に開放的なシステムであり、どんな国でも参加可能なものである」


プーチン「ご存知の通り、このコンセプトに対しては既に様々な解釈が存在する。まずは我々のコンセプトについて説明します。我々のコンセプトは第2次世界大戦後の欧州または大西洋といった新しいブロックを創設することではない。


今日、アジアにおいてはASEANが中心的な組織であり、このASEANを中心に様々な組織やプラットフォームの構造がある。(中略)中国の封じ込めはその定義として不可能である。そうしようとする如何なる試みも不可能である、そうする過程で自らを毀損するだけである。


そのあり得るシナリオは破壊的であり損害を与えるものになろう。我々は友好な協力の環境を整え、共同の安全保障システムを追求するように協力することに集中すべきである。これこそが、グローバルに、とりわけアジアにおいて我が国の最も緊密な国の一つであるインドを含めた我々が協力すべきことである」


日本人専門家「ロシアのインド太平洋ヴィジョンについて共有してもらえますか?」


プーチン「日本はインド太平洋開発戦略を提示しています。一方、ロシアと他の国々は上海協力機構の枠組みの中で積極的に関係を発展させている。(中略)中国の「一帯一路」構想と我々のユーラシア経済連合は、その精神と目的においてお互いに非常に近いものであり、我々はこれら全てが両立可能なものであり、実行可能なものと考えている。


もし、我々が既に設立されている機関や組織、概念の取り組みを共有し、統合したネットワークを構築できれば、私が繰り返し言及している拡大ユーラシアのパートナーシップにまで到達することが出来る。


これら全てを直ぐに制度化することは出来ないだろうが、協力のための好ましい条件を整えることは可能であり、後に共通の行動や協力のための組織的なフォーマットやメカニズムの草案を作成することはできる(後略)」


インドは日米豪と共に「自由で開かれたインド太平洋構想」に参加する海洋国家としての顔と、ロ中と共に「拡大ユーラシア構想」の一翼を担う大陸国家としての顔という双面神ヤヌスのアイデンティティを持つ。18年11月、G 20首脳会談が開催されたブエノスアイレスで日米印が初めての3カ国首脳会談を実施したのに対して、全く同じタイミングでロ中印も3ヵ国首脳会談を開催している。同じ出来事が翌19年6月のG 20首脳会談が開催された大阪でも繰り返された。インドは両方の首脳会談に参加しているのだ。


とすれば、米国に替えて、ロ中の過度な接近には警戒感を持ちつつ、中国封じ込めとは一線を画するインドを加えた日印ロという新たな枠組みで戦略対話を試みるのは一つのアイディアであろう。 (敬称略)

畔蒜 泰助(あびる・たいすけ)
1969年生まれ、早稲田大学政治経済学部政治学科卒、モスクワ国立国際関係大学修士課程終了(政治学修士)。民間シンクタンク・東京財団研究員を経て、2017年1月より国際協力銀行モスクワ駐在員事務所上席駐在員、19年帰国し現職。主著に『「今のロシア」がわかる本』(2008.3、三笠書房知的生きかた文庫)。また、『プーチンの世界』(2016.12 、新潮社)を翻訳監修・解説。


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