主菜、虚無

 子供の分の味噌汁をよそい終えて、私はまた『やってしまった』と息をのむ。味噌汁の入った焦げがこびりついた小鍋には、一人分というには多すぎる量の味噌汁が入っている。
「おかあさん、おみそしるは?」
 子供が言う。私は慌てて、子供の分だけの味噌汁を食卓に置く。おなかが減っているらしく、いただきますもそっちのけで食べ始めるのをたしなめる。
 むなしい、と思った。汁椀を食器棚に戻し、どんぶり茶碗を取り出す。そうでもしないと、二人分の味噌汁を一つの器に入れることは出来ない。
 子供は目の前の肉にかぶりついている。私はどんぶり茶碗から味噌汁がこぼれないよう、そうっと歩いた。台所から、食卓へ。一人分の席が空いた食卓へ。
 耳の奥では楽しかった頃の食事の声がこびりついている。笑う子供の声。楽しそうに微笑む夫。それぞれの前には、湯気立つ味噌汁。
「ああ、おなか減った!」
 わざとらしく声を上げた。己を鼓舞するように。私はこれから二人分の味噌汁を飲む。泣くなよ、泣くな。がんばれ、わたし。

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