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悶々

前説

お盆が近づいてきて落ち着かない。。。それでかどうか、久しぶりになんとなくパンを仕込みました。

現在一時発酵中のパンと同室にいて、イーストの匂いに包まれながらPCに向かっています。冬ならいい。冬なら。しかし今は夏。盛夏。大丈夫かわたしとPC。

さて今日のはかつて「友だち限定公開」とした過去日記となっています。

公開日記32「ギターで悶々」2015年06月06日00:34

 昨日はギター教室の日だった。月2回、半年以上通っているんだけど絶望的にヘタクソだ。コードを覚えられないので、もう覚えなくていいことにしよう、と勝手に決めて楽譜にすべて書き込んだところ、「覚えるべし」の指令がでた。いまごろ出た。覚えなきゃいけないんだったのかとびっくりした。

 びっくりして、覚悟を決めて、暗記用に書きうつしたりしていたら、結局音楽の基礎がわかってないと気づきました。「C=ドってこと!?」みたいな。超そこから?!みたいな。あかん出直すわワタシ。 
 
「覚えてね」と言われた途端これだもん、と、自分を疑うワタシだ。この頃仕方なく自覚してあげたのだがワタシは生真面目だ。なもので、うっかりしているとオトナゲないレベルでキチっとやろうとしてしまう。それだけならまだしもキチっとやらない他人に憤慨しそうになる。だからなるべくキチっと感を逃すようにしたりする。なんだそれは。でもそういうことだ。不器用ですから。

 なにせ言われたことはすべてメモしてある。キチっとしている。いろいろ始めた今年の分用に用意したノートは、インデックスごとに5項目に分けられ、習得及び励行すべき事柄がまとめられている。しかも5項目目は「その他」設定により、4~5項目が混在。いったいいくつの事柄に出しゃばっているのか。

 数年前にも一気に多くの事に手を出したことがあった。
――と、ということを常に考えるワタシは、このノートの最初のページに覚え書きをしている。キチっとしている。

 それによると、前回7~8つのことに手を出したのは、2009年。6年前。そうそうそうそう、息子が中2で、ムスメが小4になった時だ。そういえばこの年近くのショッピングセンターにカルチャーセンターが開講し、入会金半額セール中に申し込んで読み聞かせを習ったっけ。3カ月でやめちゃったけど。

 翌年には、同じカルチャーセンターにギターの体験に出かけた。結局、役員仕事が決まってしまい、休まず通うことが不可能だとわかったので入会を諦めたのだが、以来たまに
「あの時はじめていれば今頃多少はギターが弾けるワタシになっているのだろうに」
という考えが頭をよぎるようになった。仮定ですら「多少は」止まりなのが、いかに自分の技量を疑っているかが判じられる部分だ。ちぇっ。

 そんなこんなで、やっとのことで「ドレミからはじめよう♪」に到達したワタシ。オノレのふがいなさに講師の指導法への悶々も相まって、自他共に今後ますます面白い観察もできそうな予感。ヘタなままずるずるとでも、続けてみたいと思います。

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過去日記ココマデ。読んでくださった方ありがとうございます。

ギター・ウクレレ・三線

 昔からなぜかどうしても弦楽器に惹かれ、ギターにこだわったあげく、ウクレレは借り物で少しだけやらせてもらい、今は三線を入手して独習しています。

 弦楽器といっても、オーケストラで使用されるような高級感のある大型なものには全く興味がわかないので、「演奏すること」ではなく「弾き語り」がしたいだけのようです。フォークや演歌大好き。流しとか、めちゃくちゃ憧れ。

 好きならもう少し上達できていてもいいのに、それがちっともうまくなりません。上記過去日記を書いたギター教室も、閉鎖するまで、最後のひとりになるまで、約三年間続けたもののどーうーも、身につかない。おかしいなあ。子どもの頃から憧れている弾き語りなのに。いったいどんな前世の因果か。

ギター練習の際に辛くてたまらない指の痛み、肩のこり。ギターに次いで憧れが強かった三線を執念で手にした現在、指や肩は大丈夫そうです。敵はセンスと継続努力でしょうか。練習不足はもとより、わたしに足りないのはなにより「スキ」なのかも。

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