歯磨きと歯ぎしりと親知らず

親知らずが生えてきた。

違和感を覚えたのは、夕飯として冷えたチーズ月見とポテトを食べ終えた時だった。
私から見て右上の奥歯のさらに奥、歯列の一番端に位置する部分に何やら無視出来ない違和感がある。
他に確認しようがないため舌を伸ばしてそこをなぞると、小さく硬いものが舌先に触れた。
ははぁなるほど。おおかた、冷えたポテトの残りカスでもくっついているのだろうと暫くモゴモゴと舌を動かす。しかし取れない。
やがて舌が攣りそうになり、では仕方ないと私は手を洗ってから口の中に指を突っ込んだ。

関係は無いが元々私は非常に虫歯が出来やすい体質らしい。そのため歯磨きに対しては少しばかり神経質な方ではないかと思う。
三食の食後はもちろん、仮眠する前でも歯磨きをするし、口の中が落ち着かない時も歯磨きをする。
大学生の頃は歯磨きが出来る状態でなければ昼食を食べることもあまりなかったし、どうしてもお腹がすいて何か食べてしまった時は帰宅後に即歯を磨いていた。
実はどうやらこれは父方の血のようで、私は父から「虫歯を歯磨きで削り殺した」というさすがに嘘だろと思うような話を聞いたことがある。大人しく歯科医のお世話になってほしい。
ともかく、そんな歯磨き癖のかいもあってか、大学生最後の年に虫歯があるかもしれないという不安に耐えきれず怯えながら行った歯科医では1本の虫歯も見つからなかった。
まぁ就寝中の歯ぎしりで奥歯にヒビが入っていたのだが、それだけである。
治したかどうか覚えていない。私の口腔に関しての恐怖心は虫歯にのみ働くものであるのか、虫歯が無かったことに安堵してその他のことが頭から吹っ飛んだかのどちらかだろう。

さて。
舌先をガイドにするように、触れるそこに人差し指の腹を当てる。この時点で気付くものだと今は思わないでもないが、なんせ親知らず初心者である。私はそこから数度指を擦るように動かし、それでも取れる気配すらないその塊に、やっとこれが噂に聞く「親知らず」なのだと合点がいった。
大人しく歯列の一員に加わってくれれば良かったものの、微妙にそれより外側にズレて生えてきているようだ。歯肉が変に盛り上がっていて、もしかすると最近やたら右頬に口内炎が出来ていたのはこいつの仕業なのかと思う。
口をゆすぎ、手を洗い。攣りかけて痛い舌をまたモゴモゴと動かす。ほほうこれが親知らず……。
歯が生えてきたことなんて永久歯以来である。しかしまだ親知らずのほとんどが歯肉に埋まっている状態であり、舌先に当たる塊は非常に小さい。それでも確かに「歯」としての硬さを持っていることが面白く、何度も親知らずを舌で撫でる。
奥歯のさらに奥の歯肉の盛り上がりに小さく硬い何かが埋まっているこの状態はなかなか懐かしい。永久歯か親知らずかの違いだけだ。
これは放っておけば出てくるものなのだろうか。その場合、歯列から少し外側にはみ出ている部分もいつか肉の覆いを取ってそのエナメル質を露わにするのだろうか。
あぁでもこう中途半端だと磨き方を工夫せねば虫歯になってしまうかもしれない。
もしこの親知らずの大きさがこのままだとすると歯肉に埋まっている部分も虫歯に侵食されていくのか?
楽しい。よくわからないけれども楽しい。私の体もきちんと生き物なのだなぁ……と思いながらひたすらモゴモゴと舌を動かす。
攣った。

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