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貝楼諸島訪島記 前半

『貝楼諸島へ』をガイドブックに貝楼諸島の島々に訪れてみた。

本のタイトルからわかるように、貝楼諸島へ向かうところから始まる話が多い。なので日常から始まる話のほうが好きな人は『貝楼諸島へ』から読み始めるほうがいいのかもしれない。

※結末まで触れているものもあります。

Ⅰ 貝楼へ

海の楼/柳川麻衣
巻頭を飾るこの話は貝楼諸島の物語の特徴をいや、貝楼諸島という場所がどんな場所なのかを端的に説明されていて、まさにこのアンソロジーの巻頭をかざるにふさわしい作品でもある。吐き出す息で蜃気楼が発生するという貝の話は面白く、読んでいて脳裏にその光景が浮かぶ。終盤、主人公は奇妙な体験をすることになるのだが、それが主人公たちだけが見た現象というわけではなく主人公たちはそのまっただなかにいたけれども、他の人達はその現象を客観的に体験していたという部分が面白い。

天秤/吉美駿一郎
どんだけ人魚好きなんだよ。
というわけでいつの日か高橋留美子のように人魚ものを集めた作品集をだしてくれるんじゃないかと期待をしているわけだが、本作に関していえば、ラストの展開よりも主人公のクズっぷりのほうが際立っていてそっちのほうが後味が悪いというか、アンハッピーエンドになって当然だよなあという思いで物語を読み終える。

波間の求人/UNI
貝楼諸島の不思議さを描くのではなく、貝楼諸島を背景として人を描いた作品。こういうアプローチもあったのかと感心すると同時に新鮮さを感じさせてくれる。とはいえども話としてはダークな方向に向いているのだが。

貝楼へ/おだやか希穏
奇妙な味系の話。冒頭から主人公があまりろくでもない人物として描かれているので読んでいてある種の安心感がある。いわくありげな老人が登場してきてそこから不穏な展開に向かうのは必死で、そして期待どおりに進んでくれる。遠くへ行きたいという主人公の気持ちが実は……だったという部分も含めて、理想的な胎内回帰の物語だ。

環海異文/田中目八
最初の句からして不穏だ。平安時代の僧侶、俊寛が流罪にされた島のことを指しているのだろうけれど、その島が棺であり、同時にゆりかごと言う。まるで後に続く句を読む読者に対しての呪詛であるかのように。

ピュロラーク/鞍馬アリス
鞍馬さんの作品はわりと読んでいて、本作もそれまでの作品と同様、言葉使いが丁寧だよなあ。欲をいえば、いつかもっと暴走した語り口の作品を読んでみたいという気持ちもあるのですが、そんなふうに考えてしまったのは、上品な語り口で語られていく比較的湿度の低い文章が最後になって湿度を高めていたからです。はっとさせられました。

archipelago/f3hito
アーキペラゴというとル・グインのゲド戦記の世界を思い出す。あれも文字通り多島海を舞台とした物語だ。しかしこちらは詩であり、なによりも見た目のインパクトがすごい。言葉が灯台になっているのだ。しかも、単語の途中でぶったぎってしまえば楽にできるのに、単語単位で書かれている。

天狗と少女の家/関元 聡
ダークな展開の話が続くのでこの話もどの時点でそうなるのか、読みながらここはダークな展開への伏線なのかと期待をしながら読みすすめていくと裏切られた。いや、明確に書かれていなもしくは自分の読みが足りないだけでほんとはダークな話なのではないかという思いが抜けきれないのだけれど。

しずく/千住のり子
ある種の理想郷的世界に漂着した主人公。いかにも貝楼諸島的な舞台設定で、不穏な要素はあまり見られないのだけれども、途中で急転直下。理想郷の真実は作者によって残酷なまでにあからさまに暴露される。読者としてはそれはあんまりだと思うのだが、主人公もそういう気持ちで、読者の気持ちを代弁するがごとくの行動をとるところで物語は終わる。

骨と舟/紺堂 カヤ
この作品も千住のり子さんの作品と同じ系統。なにも珍しいものはないという貝楼諸島。しかしそこには大きな秘密があって、それを知った主人公は愕然とする。本作も「しずく」とどうようの構図で、読者を置いてきぼりにする感じが良い。

「Ⅰ 貝楼へ」は殆どの作品が不穏な話なので驚いた。

Ⅱ 謎の島々

不可視の障壁/中務滝盛
ここにきてようやく他の物語とつながりのある話が登場する。それはまるでその作品に引きずり込まれたかのようでもあり、ひょっとしたら作者自身もその物語に引きずり込まれ、その結果書かざるをえない境地に至ったもしくはそうさせられたのかもしれない。現実と物語の境目は目に見えない不可視の障壁があって、そこをぶち破ってしまえば、もう後戻りはできない。

呪詛売り/瀬戸千歳
不穏な話の多い『貝楼諸島へ』のなかで、呪詛なんていう不穏の最たるものを扱っていながら、全然不穏じゃない。そのギャップの部分が物語全体のどこかユーモラスな部分に対する良い味付けになっていて、もう少し主人公二人の会話を聞き耳立てていたいという思いに駆られる。

それは、誰のためのアヤメ/カミヤマ ショウキ
この分量でクローズドサークルのものミステリーをやってのけるのかと期待する一方で残りの文字数はどんどんと減っていって事件が起こったところで終わってしまう。殺されたのはだれなのかはわかるが殺したのはだれなのかはわからない。幕間に挟まれる主人公のモノローグもなにやらありげなのだが、謎解きせずに終わってしまうのか、それはないよと思うのだが、冷静になって考えるとこれはこれでいいんだよなあと思う。
タイトルからしてこれは飛鳥部勝則の『誰のための綾織』と関連性があるのだろうか。残念ながら未読なのでわからない。

決戦の証明/苦草堅一
苦草マジックか。不穏な作品が続いたあとで、しかも貝楼諸島へ向かうところから始まる話が続いているところでいきなり差し込まれても、ああ、これだったらいいよと許してしまうというか、読んでいる間に、この本ってこういうお笑いの話のアンソロジーだったよなと勘違いさせてしまうくらいのパワーがある。というのはだいぶ言い過ぎかもしれない。でもこの展開からきれいに物語を着地させるところはさすが。
ここから続けてのお笑い三作はこの本の前半の集中の白眉といっても過言ではない。いややっぱり過言か。

メンズ・ヌーディス島/暴力と破滅の運び手
寡聞にして「トロジャン・マグナムで作った救命胴衣」というのがなんなのかわからなかったが、なんとなく想像できた。
タイトルからして笑えるのだが、中身はもっと笑える。しかしバカバカしくっても抑えるところはしっかりと抑えていてトロジャン・マグナムが意味もなく登場したわけではなくしっかりと意味があったことに唖然とするやらなにやら。

COLOUR ― 花瀬島/泥酔侍
前二作が面白かったので、ああ、さすがにもうこういう話は続かないだろうなとおもったら続いた。二章構成になっていながらも笑いの勢いはホップ・ステップ・ジャンプと飛躍的に上昇していく。このはじけ具合が好きなんだけど、たんにお笑いに走っているだけでなく、そこに愛が感じられるのが良い。

謎の島々 短歌短歌14首/岸波龍
先の三作の後にはなにを持ってきても霞んでしまうのではないか、ここでいったん章を終わらせてしまったほうが良いのではと思ったのだが、先の三作を受けてのこの短歌はそれを十分に受け止めきれるだけの力があり、なおかつ本来の話への軌道修正も兼ね備えている。

蛇腹市場/岸辺路久
東南アジアもしくは台湾あたりを彷彿させる。その雑多なイメージの雰囲気がよく描かれていて、そして主人公がその猥雑で雑多で密集した世界から逃れるように逃げ出して船に乗り、そこで初めて自分のいた島を振り返るラストシーンが鮮やかですばらしい。

Ⅲ 私が島であった頃

萌芽/佐々木海月
禁忌を破ってしまったがために不幸になる話。冒頭からそもそも不穏な語りではじまり、それは自分自身が得体の知れないものに変容していくのではないかという予感だ。しかしながらそれは主人公にとってけっして悪いことではなく、そもそも主人公自身がそれを望んでいたことでもあり、おそらくこれはは主人公にとって望む形ではないのだろうか。

私が島であった頃/正井
島の記憶を受け継ぐ人々の話。特に奇をてらうわけでもなく、島の記憶も不思議な内容でもない。だけれども十分に不思議で謎めいている。最後に明かされる主人公のちょっとした真実がうまくて、話の内容といい、構成といい、すごくバランスが取れている。

羊飼いの島/いんすら
架空の世界を舞台とした話を書く時、どこでその架空の世界と現実の世界とを地続きにするかで悩むことがあります。本作では正体不明な影法師との交流を中心として不思議な世界が描かれていくのですがここで、主人公が死を望んでいるという部分に現実に強烈な結びつきが行われていて、それは架空世界を瓦解させてしまうほどの強烈な結びつきでありながらも、裏と表、生と死を中心としてうまくその手綱を捌き切っていると感じました。

貝の記憶/山崎朝日
海の娘という役割を引き継ぐことを運命づけられた主人公。そしてその役割が終われば真っ白になってしまう。正井さんの作品にも通じる内容であり、梶尾真治の<エマノン>シリーズを少しばかり彷彿させる設定だけれど、エマノンよりも不幸的でそもそも冒頭から悲劇まっしぐらの展開なのですが、うまいことその悲劇をくぐり抜けてくれます。決してあっと驚くようなどんでん返しがあるわけではないのですが、こういう形で悲劇に終わらせないやりかたは流石だと思いました。

桃とヒキガエル/小西真由
改行が一箇所しかない密度の高い文書だけれども読んでみると密度の高さは感じられない。それが長所になるのか短所になるのかは判断つきづらい部分もありますが、貝楼諸島の島の一部と化している人々の描き方、そしてその不穏さは際立っていて、先行きを不安に思うという冒頭の文章がラストではその不安に向けて行動する主人公の姿と対比する形となっていて良かったです。

檻の中より/小田垣有輝
自分の経験を小説の形式で表現しなさい。というレポート課題を書いたという面白い形式の小説。自分の経験をという部分がくせもので、ここに書かれた話はどこまでが事実なのだろうかと思考の迷宮に入り込まされてしまう。もちろんそこは作者の狙いの一つだろう。そういう意味では読者もまた檻の中に閉じ込められてしまうのだ。

もっと上手に世を渡れたら/新士悟
貝楼諸島は実在しているのか。ここでは実在していないという一つの回答をだしつつも、主人公の境遇と重ね合わせて、貝楼諸島は実在していて、そして主人公の境遇ももう一つの状態と重ね合わせている。どちらが正解なのかは一方は読者に委ねられ、一方は解決することなく終わる。対比のしかたがきれいだ。

おかえりの島/谷脇栗太
谷脇さんの小説って僕の好みにドンピシャリな部分があって以前に「こどもの証」という話を読んだのですがこれもまた僕の好みな話で、なんの説明もなしに奇妙な設定が登場するところが大好きなのです。家を持たない夜の一族なんてものがいきなり登場するんですよ。というわけで実はかなり影響を受けている部分があって、今回書いた自分のやつもその影響下にあるといっても過言ではないのです。谷脇さんはさらに方言を使いこなしていて、谷脇さんのいる場所にはなかなか追いつけないなあ。

背に沿って島、落ちる貝/泉由良
概念としての貝楼諸島。島を人間に例えるのではなく人の体を島に例える。それは要所要所でランゲルハンス島という言葉が登場することからわかってくるのだが、こういう形に仕上げてくるとは恐れ入りました。本作も二人称のおもしろい使い方をしていて、こちらもやられたって感じです。

ぱんげあ/穂崎円
正井さんの作品タイトルを使った短歌連作。「私」を「わたくし」と読ませることで五七になるところに着目をされたのだろうが、なるほどこれは目からウロコが落ちる思いだった。ひたすら「わたくしが島だったころ 」と続くのは圧倒されると同時になぜか心地よさもある。時折、この定形を使わずに外してくる辺りのテンポも良い。

「Ⅲ 私が島であった頃」を読み終えてため息がついた。アンソロジーとしては完璧の布陣でこのアンソロジーの真髄は第三章にあるといっても過言ではないと思う。
このアンソロジーは自分だったらどういう配置にするだろうと考えながら読んでいるけれど、第三章はすばらしすぎて自分がこの配置をすることができたらその時点でガッツポーズしてしまうだろうなとおもった。
実態としての島ではなく概念としての島、そしてその島の概念によって紡ぎ出される物語群。正井さんの作品ののタイトルが三章の作品を支配していてそれぞれの作品をきらびやかにしてくれている。自分の作品もここに入れて貰いたかったという悔しい気持ちさえ起こる。

Ⅳ  パーテルノステル

おしたりひいたり/坂崎かおる
完璧すぎる第三章の後を引き継ぐのは坂崎さん。たしかのこれしかないよなと思うほどに、幻想を現実へと引き戻してくれる作品。しかしラストはしっかりと幻想へと。

風の鳴る島/佐々木倫
貝楼諸島という広大なイメージを持つものを手の中に落とし込んでしまうというのはなるほど、こういう手があったのかと。いや、「フェッセンデンの宇宙」がそうであったように古くからあるのではあったが、本作はそこからシームレスにその島へと向かっていってしまうところが斬新で現実世界から想像世界へのなめらかなつながりが素晴らしい。

エスケープ・フロム/奈良原生織
以前に読んだ「プレイステーション東京」と通じるところがある感じがした。冒頭の映画を見るシーンがラストの場面とつながってしかしそれは幻想なのかそれともリアルなのか。「偉民」という造語が面白く、最初は誤字なのかと一瞬だけ思ってしまったが、誤字でこんな漢字が出るわけでもなく、英雄扱いされているということに対応する意味であるところのこだわり方が良い。

パーテルノステル/オカワダアキナ
「おれ」が「お前」に語る二人称形式。になるのだろうか。二人称の持つ不自然さが「おれ」という一人称によって打ち消されていて、こういう方法もあったのだとハッとさせられた。途中、改行をはさんで、「お前」の名前が呼ぶことによって起こる転調が素晴らしい。「おれ」の「お前」に対する思いが少しの切なさと、満たされない悲しさがあって、それすらも後半に語り手の肉体的に喪失しているという構図を持ってきていて、なんだこの傑作はとなった。「おれ」の言葉がパーテルノステルのように数珠つなぎになっている。

浦島さんによると世界は/伊藤螺子
まさに一人で貝楼諸島アンソロジーといった趣向。浦島さんという人から聞いた貝楼諸島の島々のちょっと不思議な話を年代も交えて記す形式。それぞれの島々はゆるやかにつながりがあり、最後には語り手の浦島さんの意外な姿が明らかになる。

跡地だった場所/稲田一声
貝楼諸島は見る人によってその姿を変える。そして二度と同じ姿を見せることはない。そしてこの物語ではそうしたいくつもの姿を見せた貝楼諸島が最後に見せる姿を描いている。そう、僕たちが楽しんだ貝楼諸島は二度はその姿を見せず、だから消失してしまうのだ。貝楼諸島に触れた人々がこの本の最後のページを読み終えたあとに感じるその感覚と同じ感覚を与えてくれる。


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