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推しの魔女が死んだ

推しの魔女が死んだ。
「ワニと私どっちが先かな」なんて冗談を言っていた魔女が死んだ。
死んだというのは引退でも消滅でもない。
物理的な死だ。

魔女はこれから何一つコンテンツを生まない。
声も姿も二度と目にすることはない。
過去の作品には死のレッテルが付き纏っている。
Twitterは昨日のふざけたツイートから永遠に止まったままだ。

また会えばいつでも見られるから、と作品は保存していなかった。
写真もスクリーンショットも動画も、何一つ。
魔女は人に作品を見せるのが好きだった。
だが作品を保存されるのは恥ずかしいと断りを入れていた。

死んだ魔女の顔を見た。
触れた手は熱を返すこともない。
ただの肉の塊になった魔女は、
今にも起き上がっていつものように私を馬鹿にしてきそうにも見える。
だが、目を開く事はない。
呼吸はとうの昔に止まっている。

棺に納められた魔女を見た。
家に帰っても、その姿は脳裏に焼き付いている。
にも関わらず、私の脳はドアが急に開いて魔女が入ってくるのではないか、
Discordの通知が来るのではないか、
ありもしないことを夢見ている。

魔女が死んだ事を知らなければよかったのに、と思う。
知らなければ、魔女の記憶はただ日常に流されてゆく。
忘れた頃にカルシウムの山になった魔女を見たほうが受け入れやすかっただろう。

灰と違って、綺麗な死体はただ呼吸と脈が無く、少しずつ腐り始めているだけだ。
もう何もかも終わったんだと何度言い聞かせた。
しかし、私にはあれが死体には見えない。

そもそも死んだ事を知らなければ、過去の人としてぼんやりとした記憶の底に沈んでくれたのではないだろうか。
だから、私は魔女の名前を言わない。
誰かの記憶の中で永遠に生きてくれるだろうから。

推しの魔女が死んだ。
記憶の推しもまた、死んでゆく。


推せる時に推していようと、死ぬときは死ぬ。
私達にできるのは、永遠に背負い続けるか忘れる事だけだ。

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