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XⅠ男、XⅡ女、自分

アタシが通信制高校に入学する前。
いわゆる「全日制」に通っていたとき。
ちょうど夏休みが終わって新学期が始まるタイミングだから、高校に入学して半年も経たないころ。
思ったよりも課題こなすとか進学について考えるとかしんどくて、なんとなく学校に行けなくなった。
熱があったりお腹が痛かったりとかではないので、倦怠感と仮病の境目に葛藤した記憶がある。
とくに理由はないがトイレにこもってぼーっとする癖というか習慣がその時ついて、今も無性に「しんど」ってなったときはトイレにこもって世界から隔離された環境を確保している。

たしかその日、遅刻するギリギリまでぼーっとして結局学校を休んだ。
罪悪感というか、ズルじゃんという気持ちとは裏腹、「病は気から。」と言うように、だんだん体調が悪化していった。「気」がした。
家族から見て、仮病だとしてもアタシの挙動がおかしかったようで、学校を休むことには何も言わなかった。
その2年後くらいに堺雅人と宮崎あおいの『ツレがうつになりまして。』を初めて見て、堺雅人の演じる役がある日玄関で靴を履こうとして立てなくなったシーン(記憶が定かではない)に「あの時のアタシじゃん」って思ったのだが、それはまた別の話かもしれない。
後々病院で「起立性調節障害」と診断され、それが当時のアタシくらいの年齢に表れやすい症状だと説明される(詳細はggr)。
たしか当時から慢性的に寝不足で、6時半に起床してから二時間もしないうちだったがストンと寝入っていた。

変な夢を見た。
茂みの中の廃れた日本家屋。トタンで囲われた個所もある。
縁側があり、そこに中1の担任Tが座っている。会話を少ししたが、どんな内容でどんな声色だったかは覚えていない。あの時と同じ髭面でにこっと笑って見せた。
家屋の中に入り外見同様に廃れた内装を見渡す。暗いというより、黒い。夢なのに焦げ臭くて、今もその独特な匂いを覚えている。恐らくは火災があったのだろう。
何かを探しているのか、誰かに指示されたのか、台所のような場所を一歩一歩進んでいく。どれくらいか歩いたとき、正面に人がいるのが分かった。同時に歩を止める。気が付いたときにはソレすぐそこまで近づいてきていて、あたしに抱き着くようにして押し倒してきた。肩をガシっと掴まれ驚愕して体が動かないアタシをぐらぐら揺らす。髪が長かったので女性だと思うが少しかすれた野太い声で叫んでいた。声が大きくなるにつれ、ソレが橙色に発光し燃え始めた。アタシも燃えてしまうと恐怖して叫ぼうとした。口が開かず、空気が喉につっかえて唸るだけだったが、次第に声が出るようになり気づけば思い切り叫んでいた。

ふいに姉貴の声がして目が覚めた。
どうやら現実のアタシも相当大きな声で叫んでいたらしい。
人生で最悪の夢だった。
その日を境に学校に行かなくなった。
Xデーだ。

それから紆余曲折あり学校を通信に変え、こうして「々(のまのじ)」や「床乃シール」を名乗って活動をはじめ、3年の月日が経ってやっと大学生を始めた。

大学が始まって一週間。
なんとか友達はできたが、履修登録に新しいバイトにと不安定な日々で、居場所を作っていくことに精一杯だった。

変な夢をみた。
白い壁紙。色を見たわけではないが、手触りがうちの階段の白い壁紙と同じだったため、そう思ったまでである。
照明がついてない階段を降りている。降りきったら暗い廊下。途中途中にある照明が水たまりのように小さな輪を作り、奥までいくつか続いていた。
この時点で知らないところにいることを理解した。
三つ目の水たまり。何かがある。もしくは居る。
目を凝らし何があるのかを認識する前に、蹲っ(てい)たソレがむくりと立ち上がって人のシルエットをつくりあげた。
ろくなもんじゃない。
身を翻して階段を戻ろうとしたとき、照明のものであろうスイッチを手で見つけ、パチッと押してみれば足元が少しは明るくなった。
恐怖の対象を背にした時、人間は振り返るという動作に理由を持たない。こう言う時は振り返らないほうがいいと分かっていても。ソレは二つ目の水たまりまで迫っていた。
そこで恐怖に慄きアタシは動けなくなった。
着実に迫ってくるソレを目にして「No」と呟いた。すぐ目の前、一つ目の水たまりまで来た時、ソレが髪の短い男であることがわかった。
両目、口が黒く窪み、皮膚がその形に凹んでいる。「怖い」の権化だった。
パニックになった。アタシは叫びというより、唸りをあげ、鼓動が速くなる。喉につっかえた声は次第に口から溢れ、大きな叫び声に変わっていた。
姉貴の声が階段の方からして振り返る。目が覚める感覚と共に、視界から消えていくソレの隣に背の高い長髪の人物が立っていることに気がついた。アタシにはそれが3年前のあの燃える女に思えて仕方なかった。

5時半だった。にも関わらず、アタシの叫び声に起こされて、家族全員が様子を見に来ていた。
今回も姉が起こしてくれた。
何だかあの日のようだった。Xデー。
嫌な予感しかしなかった。気持ち悪くて、頭が重くて、どうも体調が悪い。


3年前と同じことをするのだろうか。もう二度と味わいたくないあの喪失感と自己嫌悪をもう一度経験しなくてはいけないのだろうか。家族にまた迷惑をかけてしまうのだろうか。
涙で顔がグチャグチャだった。
目が覚めて数十秒。まだ何もしていないのに、理屈でも悪いことはしていないのに、「ごめんなさい」と言わずにはいられなかった。
いや、悔しかったのかもしれない。自分に負けたくなかったのかもしれない。
しかし今は何をしても中途半端でうまくいかないはずで、少し立ち止まるタイミングなのかも知れない。

何をしても間違いだと考えるのではなく、逆にどれを選んでも正解だと考える楽観主義な自分のことが嫌いなのだと、初めて気がついた。
学校を休んだ。

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