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初めて混浴の温泉に行ってきました

人生で初めて混浴の温泉に行ってきました。とはいっても、混浴と聞いてまっさきに思い浮かぶようなイメージの温泉とは違います。そもそも、なぜこのたび混浴に行こうと思ったのか。

混浴というと、やはり男のロマンの中でも最上級に位置する門番的存在。これを経験せずして男たりうるか、そう言っても過言ではないでしょう。僕を含め世の男性陣は本能に愚直で、実になさけない。しかし同時に現実を冷ややかな目で見てもいる。ひと昔前ならいざ知らず、いまはインターネットを通じてさまざまな人の体験談を知ることができる。妄言じみたものも氾濫しているけれど、ある程度リテラシーのある人であれば、真実味のあるものとそうでないものとを区別できるでしょう。而して、混浴というロマン溢れる文化の悲しき現実を知ることになる。「混浴にうら若き女子衆などおらぬ」ということだ。そこには、女性の入浴をじっと待ち構える、俗に”ワニ”と呼ばれる卑しき男どもがあるだけ。それもそのはず。仮に自分が女性だったとして、混浴の温泉に行く動機があるだろうか。率直に言うと無い。皆無。むしろ、女体見たさに目を光らせた野蛮なケダモノたちと共に入浴しなければならないというデメリットがある。それでもどうしてもこの温泉に入りたいんだ、という無類の温泉好き女子であれば話は別だろうが、そんな人は珍キャラにもほどがある。と、これくらいのことはちょっと考えれば誰でも想像がつく。ゆえに、一見大奥のような楽園を思わせる混浴も、儚い夢と散るわけです。

ところがそこに一筋の光明が差し込んだ。友人からとあるエピソードを聞いたのです。どこだか忘れましたが、近畿地方のとある混浴温泉に行ってきたという話。そこは観光地としても有名な場所らしく、休日ともなれば人がわんさか溢れているとか。当然、温泉目当てで訪れる人が多いため、混浴とはいえ老若男女問わず大勢で賑わっていたらしいのだ。なるほどたしかに、若者は流行やホットスポットに敏感だ。渋谷のハロウィンなんかでも、見知らぬ人と写真を撮ったりハグをしたりする映像を見たことがある。仮装イベントという免罪符を盾に、若い女性に男が群がる、そういう一面が垣間見える。また、スーパーで1缶100円ほどで買えるお酒が、大衆居酒屋でジョッキ1杯300円になっていても平気で注文する。世の中にはこういう不条理のまかり通る場面が数多く存在する。理屈を通り越し、感覚的に人々を納得させるカギがあればいいのだ。観光地の混浴温泉などまさにそう。先に言った通り、女性にとってデメリットしかない混浴だけれど、人気スポットという付加価値をつければ抵抗感は薄れるのでしょう。

そういうわけで、場所をきちんと選べば”ワニまみれ”の混浴を回避できると考えました。そんな浅ましくも虚しい場所、男でもまっぴらごめんですからね。そういえば、ずいぶんと僕は自分のことを棚に上げているような口調な気がするので、今更ですが注釈を入れておきます。僕は今回、ムフフな下心で混浴に行こうとしていたわけではありません。もちろんゼロというわけではないですが、単純な好奇心です。そもそも、温泉という場所は社会のなかでもの凄く異端だと思うんです。ふつう、人前に出る時というのは、皆身だしなみを整え礼節を重んじるものです。しかし温浴施設では見知らぬ人の前でもすっぽんぽんになるわけじゃないですか。空から見下ろすと、その一角だけは異様な景色でしょうね。男女別であってもおかしな空間なのですから、男女が入り混じったらどうなってしまうんだ。その空気感を味わってみたい、という気持ちが強かったのです。

僕が選んだのは老舗旅館の日帰り入浴です。一般的に混浴というと、山奥にある入浴料がかからないような秘湯が多いでしょう。しかしそんな場所に行っても人っ子一人おらず、あわや熊の餌食になる恐れすらある。であれば、れっきとした温浴施設で、しかも素っ裸にはならないタイプの温泉を選ぶが吉。普段であれば人の少ない平日に行くでしょうが、今回は人がいてくれないと話にならないので土曜日をチョイス。内湯は男女別になっていて、露天のみ混浴なのですが、外に出る前に”お召し物”を装着する必要がある。しかしこれがまたクセもので、フェイスタオルよりやや大きいくらいの布切れ1枚なのだ。それを腰に巻いて外に出る。魔界村のアーサーくらい心許ない装備なので、温泉に浸かるとまぁはだけるはだける。肝心の混み具合はそれなり。始発待ちする人くらいしか客のいない深夜のファミレスみたいなイメージです。あ、わかりにくいですかすみません。客層はというと、圧倒的にファミリーが多い。小さい子供を連れたパパママが家族で入浴しているという、なんとも微笑ましい光景が広がっている。あと、若いカップルも数組おりました。なるほど、こういう層には確かに需要がありそう。邪な気持ちの男性陣と、動機不明の女性陣が対立するように入浴する殺伐とした空間を想像していたのですが、なんともお恥ずかしい。オス、メスという動物的な枠を超え、あたたかく純粋な家族的愛に満ちた小景がそこにはあったのです。互いに他人同士ではありますが、一種の共同体を形成しているような、そんな温もりを感じました。もう少し具体的にお伝えしますと、市民プールなんかの雰囲気が近いかもしれません。好奇心が満たされ、学びと反省のある良い1日でした。

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