ワンナイトカーニバル前夜

行こうぜ、ピリオドの向こうへ
綾小路翔

東京は五反田という、庶民的な猥雑さと山手の高級感がいい感じにブレンドされた街に宅を構えている。「構えている」なんて大層な言い方をしたけど、ふつうに賃貸のマンションだ。
しかも、拙宅はオフィスビルとちらほらとした飲み屋に囲まれており、閑静な住宅街という風情では無い。そのため仕方がないことだけれど、娘が寝付くちょうど20時半頃、外で一次会が終わる。

「じゃあじゃああじゃ、つぎ、つぎぃ、次はああ、カラオケ行く人ぉおぉ」

「じゃああああじゃあ、一旦ここで締めますううう、三本締めでえ!お手を拝借ぅうう、よおおおお!」

「今日はあああ、部長も居ないことですしい!あれれえ?駅こっちであってるう??」

「ぎゃははっははははっはあ」

楽しいよね。
気の置けない仲間と仕事帰りに近所の飲み屋で一杯。ちょいと一杯のつもりで呑んでいつの間にやらハシゴ酒。やめときゃいいのにもう一杯。
わかる。とても良い。風情だと思う。牧歌的で、昭和から培われてきた日本の良き風習だと思う。昨今は若手が飲み会を嫌がるなんてことも聞くけれど、まことに勿体無い。自宅で、トリキで、おいしい煮込み食うことある?おっさんに連れていかれる枯れ果てた飲み屋で、何度リサイクルされたかわからないオシボリで顔の脂をベリッと拭き取ったおっさんがオススメする、何の臓物をどのくらいの期間、どういう状態で煮込んだか全く検討もつかない、「煮込み」と称する以外の名前が思いつかない料理を食わされる経験。と、いきなり、あれ?これ旨いな、って感じる瞬間。今までの価値観がブレイクされた後に汚い飲み屋を包含して再構築される、あの感覚。あ、すいませえん、ホッピーっていいましたっけ?、これ僕も中身おかわりくださいいい、なんて言ってヤバイ甲類焼酎飲まされて、自宅最寄りの駅のトイレで吐瀉。ああ、二度と酒など辞めた、などと誓いながらの十数年後、顔を脂でテカテカさせて、もつ焼きを頬張りながら同じようにホッピーを若者に勧めているんだよ、きさまも。そう、そうして万物は繰り返していくの。いっつぁ、わんだふぉーわーるど。

だから、良い。仕事帰りの一杯。俺も好きだ。
そのあと、盛り上がるよな、気分。
カラオケ行きたくなるよなあ、わかる。

ただ、起きちゃうんだよ、娘が。せっかく寝かしつけたうちの娘が。
自戒の念も込めて、飲み屋のそばに住んでいる人間もいるんだということをうっすら覚えておいてもらって、せめて、三本締めは店の中でやってくれないか。あれかな、それはそれでお店の人に迷惑なのかな、っていうかあれってなんで必要なの?まあそういうことであれば、わかった。こっちもせめてゴールデンタイムは我慢しよう。その時間帯は窓を遮断するなり、防音対策をするなりしてね。でもさ。

0時以降は、さすがに考えてほしい。
先に書いたとおり、繁華街ではなくオフィス街なので、0時以降ってひっそりとしていて、そろそろ近隣の飲み屋も閉店していく頃。なので人通りもめっきり無くなっていく。そんな中、我が家の安心と平和と静寂は、一人の酔客によって、突然切り裂かれた。

男「本当にだいじょーぶ?!いやあああ、心配だなあ、心配だああ」

女「大丈夫です」

男「だいぶ呑んでたからなあああ、こんな時間だしいい、心配なんだよなあああ」

女「ほんとに、大丈夫です。ひとりで帰れます」

男「いや、心配だあ。ちょっと休んでこうよ、ね、こんな時間だしい」

俺「うるせえ殺す」

男「大丈夫じゃないって、心配だからさああ、地平線の向こうへ行ってみない?」

女「!?」

俺「!?」

男「今日は行ってみようよ、地平線の向こうへ!!」

案の定、娘はひいいぎゃああああ、という喚き声を上げながら起きてしまった。「てめえを、一片、地平線の向こう側へ送ってやろうか」
キレながら娘を抱っこし、寝かしつける、時計の針は深夜二時。

ほんと、これから忘年会の季節も迫ってきますが、どこに赤ちゃんが寝てるかわからないからね、真剣にようやく寝かしつけたところだったりするからね、両親は。夜中に酔っ払って街中で騒ぐのは、まじでやめようね(自戒も込めて)、意外と響いて丸聞こえだからね。

そして万が一、酔った女性をホテルに誘うシーンがあれば、もっとスマートにやってくれ。

この記事が参加している募集

育児日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?