鉄の城①
大きい蛙はあまり見映えがよくないけれど、焼いて食べると旨い。
最初そのままでいけていたのだが、そのうち、蛙から油を抽出して別の蛙にかけて焼く、という方法でもって食すようになった。食べないと歩けない。
想像と違ったのは、こうやって文明から離れ森の中を自給自足していくうちに肉体が逞しくなって、そのうち自分と同じくらいであったり自分より大きい獣と出会した時に、気付いたらそういった野生の獣を打ち倒すほどの力を持っていて、それを倒し、食す、のだと思っていたのだが、体力はついたのだろうが食すことにはならなかった。この森の獣は人間に襲いかからない。
だのでこうやって蛙であったり、鳥であったり、最初は敬遠していたがミミズであったりを食べるようになった。鳥は初め難易度の高いものだと思っていたのだが、コツを掴むと少しの手間でそれを捕えることができるようになった。長い間人と喋っていないので言語が枯渇して、説明がとても難しいのだが、鳥がとまっている木の枝を、その微かな動きに合わせて揺さぶると、鳥は動けなくなる。それを木の枝で打ち払って落とすのだが、慣れるまでに苦労したのは、左手で木を揺すりながら、右手で鳥を打ち払うという、左手と右手のコンビネーションだった。元来人間の左右の腕であったり左右の脚であったりは当たり前のように絶妙なコンビネーションを持っているものだと認識していたが、それでも矢張り、いわば非日常とも言えるこれらの動作には訓練が要るものであったが、前にも後ろにもコンビニエンスストアは無いのだから、アトラクションやゲームと違って、死に物狂いで自然に覚えた。
2ヶ月ほど森の中を歩いたが泥濘に足がつく気持ち悪さには慣れなかった。トゥデイズというとても履き心地のいい、ソールの伸縮も軽やかで軽く撥水性の高い牛皮の靴で来たが、これがデパートの安売りされる合皮の重たくて固い靴であったら地獄であっただろうだとか、軍人が履く靴はもっと快適なのかそれとも軍人の精神が屈強なのかとか、足に関しては色々思った。
で、森の終焉が見えてきて、少しさみしくはなったのだけれど、さすがに解放感が勝るな、と思うと思考がまともになってきて、そういえば自分は森から抜けることを目指していたわけではなかったなと思い出した。
城に行きたいのだった。
それを思い出すと無様に伸び過ぎた髭が鬱陶しく思えたが、しかし城まではまだ遠い。というより、ここから城までの距離は森よりも長いかもしれないと思った。思った、というのは、確信が無いということである。
靄がかかっていながらその鉄の城が見えるということは、それが近いということなのか、巨大だということなのか……。
蛙など、食べにくくはあったがそれなりに栄養が豊富なのではないかと思っていたが、脚の痛みは消えなかった。睡眠の質の問題なのかもしれないと思った。
森が背後に遠ざかって、もちろんスーパーマーケットや、道路や、家なども無いから、だいぶ寂しい景色だけれども、それは砂漠に近いが暑くはない。森と比べると虫が少なそうで気が楽になった。
しかしお祭りが見たいと思った。ぼくはさみしい。
ちょっと走ってみようと思ったが3歩で諦めた。今走ったら倒れてしまうと思った。
あの城の中に女が居る、と思うと、走ることはできないが歩みが確かなものになった。
それは力強い踏み込みというのではなくて、最大限に効率的で、未来のある踏み込みだった。