Childhood's End⑧

好美と忍はなかなか良い考えが思い浮かばず、そうこうしているうち、修学旅行の日程が近くなってきた。
忍と文人は同じ班になり、好美のいる白石北小学校も、偶然に宿泊するホテルが同じだった。
忍は、文人に竜次達の事を話すか否か迷っていたが、好美に促され、話す事にした。

修学旅行前の休日、忍は、修学旅行の買い物と言い、文人を街に連れ出した。
そして…、
忍が、なかなか話を切り出せないでいたので、好美から文人に話の口火を切った。
「そんなっ…！」
２人の話を聞いた文人は、最初信じられず、好美と忍の顔を交互に見ながら、泣き出しそうな表情をした。
「２人で何とかしようと相談してたんだけど、フーちゃんにも聞いてもらおうと思って…」
「…アタシは、あの暴力教師の噂を聞いていたけど、集団でリンチっていうのはどうかと思う…。それに、よりによって、あの風間が絡んでるのも気になるし…」
「風間って、小学校の頃からあまり良い評判じゃないんだ。もしかしたら、２人が変な事に巻き込まれるかもしれないし…」
好美と忍は、竜次と洋次が司に巻き込まれるのではないかと、心配していた。
「これは、あくまでも噂なんだけど…、風間のヤツ、今の番長が引退したら、自分が不良達を仕切ろうと企んでいるみたい…。そんな事になったら…」
「…僕は、何をすればいいの…？」
うつむいていた文人が、顔を上げ、泣き出しそうになるのを堪えながら、好美をジッと見た。
「今、２人を止められるのは、フーちゃんなんじゃないかと思って…」
「オレも、フーちゃんだったら、少なくとも、竜次だけでも説得出来るんじゃないかって、そう思う…」
「僕が…？」
「アタシ達も、協力するからっ…！」
文人は、最初戸惑っていたが、好美と忍の真剣な表情を見て、黙ってうなずいた…。

修学旅行の当日、文人は学校へ行く途中、竜次の家に立ち寄った。
「…あれっ？」
竜次は一瞬驚いたが、６年生になってから文人と逢っていなかったので、文人を見て、顔がほころんだ。
「しばらく見ないうちに、背ぇ伸びたなぁ…」
「うん…」
文人は最近、急に背が伸びてきて、１５０センチ程になっていた（それでも、竜次と比べると２０センチ以上差があるが…）。
文人と竜次は学校へ着くまでの間、久々に一緒に歩きながら話していた。そして、現地に着いたら一緒にお土産を買いに行く約束をした。
「じゃあ、向こうでね♪」
「あぁ…♪」
学校に着くと、文人は嬉しそうに手を振り、教室に入った。
ーー…文人…ーー
竜次は、その後ろ姿をしばらく見送ってから、自分の教室に入った。
「フーちゃん、どうだった…？」
「大丈夫、向こうで一緒にお土産買いに行くって約束したから、その時に…」
文人は、周囲に聞かれないよう、忍の耳元で話した。忍は黙ってうなずいた。

グラウンドに集合し、校長の話が終わった後、各クラス毎バスに乗り込んだ。その際、文人は竜次の後ろ姿を見つめていた。
ーー…竜次君、絶対、馬鹿なマネはさせないっ…！ーー
文人は、決心を強く固めていた…。

幸い、良い天気に恵まれ、途中で野外活動をしながら、宿泊先の洞爺湖に向かった。

午後３時頃、宿泊するホテルに到着し、忍と文人は部屋に荷物を置くと、好美から予め教えてもらっていた部屋番号に連絡をし、ロビーの片隅で待ち合わせした。
「どうだった…？」
「フーちゃんが、竜次と一緒にお土産買いに行く約束したから、その時に…」
「…そう、ありがとう。アタシ達も、同じ時間帯になるから、合流しようか？」
「ううん…、竜次君は、僕が…」
文人は、自分１人で竜次を説得しようと考えている事を話した。
「…フーちゃん、大丈夫なの？」
「竜次君なら、きっと僕の話を聞いてくれると思うんだ。だから、植村さんとシーちゃんは、洋次君を…」
「でもっ…」
忍が心配そうな表情をしたが、好美は、文人が自分の意志を強く固めていたのを感じ取った。
「わかった…。洋次は、アタシと忍が説得してみる…」
好美はそう言うと、他の生徒達に見つからないよう、自分の部屋に戻っていった。忍と文人も、時間をずらして部屋に戻った。

夕方５時頃、文人はロビーで竜次と待ち合わせした。洋次も一緒について来たが、ホテルを出る時、忍と好美が合流し、洋次を無理矢理連れ、２人から引き離した。
「なっ、何っ…？」
「バカ、少し気ぃ利かせなって…」
忍はそう言って、竜次と文人の方を指さした。
「ちぇっ…、そういう事か…。まぁ、仕方ねぇな…」
「さっ、アンタは、アタシ達と…」
「…あぁ…」
ーー…んっ…？ーー
洋次は、渋々承知し（それでも、何故好美が一緒にいるのか納得しないまま）、３人で出掛ける事になってしまった。

文人と竜次は、久々に２人だけでいろいろと店を見て歩きながら、いろいろと話し込んでいた。この時は、竜次も久々に笑顔を見せていた。
ーーあっ、これ、いいな…♪ーー
文人は、店の中で、洞爺湖限定のキーホルダーを見つけ、眺めていた。すると、その様子を見ていた竜次が、内緒で色違いのものを２つ買い、店から出てホテルに戻る途中、文人に１つ手渡した。
「竜次君、これ…？」
「ホラ…♪」
竜次は、自分用のキーホルダーを取り出し、文人に見せた。
「ありがとう…♪」
「えっ…？」
文人は嬉しくて、思わず竜次に抱きついた。竜次は、久々に文人の身体に触れたせいか、カァーッと頬を赤らめた。
ーー文人…ーー
竜次も、たまらず文人をギュッと抱きしめていた。その様子を、見回りしていた大瀬が見ていたのを、２人は気付かなかった。

ホテルに戻ってくると、ロビーの片隅で一旦休憩する事にした。その際、文人から話を切り出した。
「…シーちゃんから聞いた話なんだけど…、竜次君、本当なの…？」
文人からそう言われた瞬間、竜次から笑顔が消えてしまった。
「…文人、アイツは、洋次がハーフだからっていうだけで、暴力を振るうようなヤツなんだっ…！　俺が見かねて止めに入ったら、今度は俺もっ…！」
そう言いながら、竜次は着ていたＴシャツの裾をめくって、文人に腹部を見せた。文人は、大瀬に暴力を受けて青アザだらけになった竜次の腹部を見て、愕然とした。
「これだけじゃない、ここもっ…！」
「…っ…？！」
竜次は更に、腕と脚のアザも見せた。
ーーこんなっ…、ひどいっ…！ーー
文人はそれらを見て、絶句してしまった。
「…これでわかっただろう？　このままだと、卒業する前に、アイツの暴力で俺達が殺されてしまうかもしれないんだっ…！　もう、止めないでくれっ…！」
竜次は、悲痛な表情を浮かべ、声を震わせてそう言い残すと、先に部屋へ戻っていってしまった。
ーー竜次…君っ…ーー
文人は、ショックのあまり肩を落とし、しばらくその場で涙を流していた。

竜次が部屋に入ろうとドアノブに手をかけた時、後ろからグッ！と肩を掴まれた。振り向くと、そこには竹刀を持った大瀬の姿があった。
「…何ですかっ？」
竜次がムッとした表情をすると、大瀬はニヤリと笑った。
「原、お前、さっき外で、優等生の津川と抱き合ってたなぁ…。お前達、仲が良いのか？」
「…っ…？！」
ーーしまった、コイツ、見てたのかっ…！ーー
竜次は、文人と一緒だったところを見られた事を知り、表情が変わった。
だが、肩を掴んだ大瀬の手を払いのけ、大瀬をキッ！と睨んだ。
「友達と仲が良くて、当たり前じゃないですかっ！」
竜次はそう言って、部屋に入ろうとした。
だが…、
大瀬の口から、信じられない言葉が発せられた。
「お前達、ひょっとして、ゲイか…？」
「…何だとっ…？」
大瀬の言葉を聞いた瞬間、竜次は、完全にブチ切れた…。