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恐喝事件から考えるベンチャー企業のレピュテーションリスク(1) 不測のトラブルへどう対応すべきか

 前回から少し時間が空いてしまいましたが再開したいと思います。今日から数回は、世間の注目を集めるベンチャー企業に対する実際の恐喝の手口から、レピュテーションリスク(評判・風評リスク)について考えたいと思います。

 世間から良く見えている企業にも、多かれ少なかれトラブルというのは発生します。特に急成長しているベンチャー企業では、事業拡大に合わせて新しい従業員が急増したことで社内コミュニケーションに不協和音が生じたり、勤怠管理が疎かになりブラック企業化したり、提供している製品やサービスの品質維持が難しくなってクレームが増えたりと、それまでなかった新しい問題が次々に起こるケースが少なくありません。言わば企業にとっての成長痛のようなもので、そういった問題をひとつひとつ乗り越えていくことで企業の安定性というのが生まれるのでしょうが、問題発生時はそう悠長なことも言っていられません。

 これだけインターネットやソーシャルメディアが発達してくると、そうした一時的な歪が世間に広まるのもあっという間です。悪い評判や風評が広まると、まだ足腰の弱いベンチャー企業にとっては存続に関わる問題にもなりかねません。そういった意味では、企業が成長段階に入り、世間にある程度知られるようになった時期こそ、レピュテーションリスクに対する取り組みを考えなくてはいけないタイミングとも言えます。

 企業経営におけるレピュテーションリスク・コントロールの観点で言えば、様々な問題が顕在化する前から、どういったリスクが生じる可能性があるかを洗い出し、出来る限り事前に対策を講じておくかが大事になりますが、日々刻々と変わる情勢の中、徒手空拳で成長を目指すベンチャーがそこまでの準備ができるかと言うと、現実的にそれはなかなか難しいことだとは思います。

 特に新しいマーケットを開拓し、他社とは違った切り口で製品やサービスを展開しているようなベンチャー企業の場合、従来の慣習や常識を打ち壊そうという意識が強く働く傾向があるため、どうしても無理が祟り、内外からの突っ込みを受けやすくなりがちです。もちろん、そういった反響の中には改善に役立つものも多いでしょう。そういった内外からの反響をどういった形で経営に取り組んでいけるかによって企業の成長スピードは変わってくるのだと思いますが、中には対応を間違うと大きなリスクになってしまうようなものも紛れています。実のところ、多くの企業がレピュテーションリスクについて真剣に考えるのは、実際にそういった想定外の事態に直面してからだと言えます。

 なにかトラブルが生じた時、経営者の頭にまず浮かぶのは「これが表沙汰になったら、企業イメージが悪くなってしまう…」ということだと思います。もちろん、その感覚自体は当然でしょう。しかし、表沙汰にならないことを願うばかりに、対応を間違えてしまうと、それこそ取り返しのつかない更に悪い事態を招くことになります。

 一方で、そういった経営者の心理は、相手の弱みに付け込んで不当な利益を得ようとする輩たちにとっては格好の隙きになり得ます。不当な利益を得ようとする輩たちというのは、企業に生じたちょっとした隙きを最大限に悪用して、あの手この手で金銭を引き出そうとするものです。警察時代の経験からも、そうした企業のちょっとした隙きを狙った恐喝や恐喝まがいの事案というものは少なくないと言えます。

 当然ながら、たとえ生じた隙自体に企業としての責任がゼロでなかったとしても、それを理由にした不当な要求は完全に突っぱねる必要があります。とはいえ、その突っぱね方を間違えると、それも企業にとってのリスクになります。そうならないためには、対応のひとつの方法として、時に警察の力を借りることも有効と言えます。しかし、はじめてそういったトラブルに巻き込まれた場合、どのタイミングで警察や弁護士などの専門家に相談するのがよいか迷われる人も多いと思います。そこで、今回は実際に起った企業恐喝事件をベースに、適切な対応方法とレピュテーションリスクについて考えたいと思います。

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 その一本の電話が鳴ったのは、新宿署組織犯罪対策課のデカ部屋に初夏の強い日差しが差し込み、クーラーがまったく仕事をしていないんじゃないかと思わせるような日でした。鳴ったのはデカ部屋の中にある暴力犯捜査担当、通称マル暴のデスクの電話です。当時、私はそこのデカ部屋(組織犯罪対策課)の課長として勤務していました。組織犯罪対策課というのは、外国人犯罪・暴力団犯罪・暴力団対策・薬物犯罪の取締りを専門に扱う課のことです。

 電話を受けたのは、マル暴の係長を務める警部補・Iでした。その警部補・Iは、暴力団の取り締まりを専門とする警視庁本部の組織犯罪対策第四課に長年勤め、数々の事件で功績を残してきた人物で、組織犯罪対策第四課を在籍満期となって新宿署に異動してきたところでした。私とは組織犯罪対策第四課の時代から数々の場面を共にし、暗黙にでも意志疎通を図れるような関係でした。

 その電話の様子から、私はすぐに「何か事件の相談だな」と感じ取りました。案の定、電話を切ったその警部補・Iは私のデスクの前まで来て、小声で「課長、ちょとよろしいですか」と目配せしました。つまり、周りにいる捜査員には聞かれたくない話であることを意味します。私は常日頃から捜査員に対して、保秘を徹底するように指示していました。警察とは大きな組織です。様々な思惑から情報が漏れることがあることを前提に、自分たちが関わっている事件・事案の情報を扱う必要があります。それが現場捜査の偽らざる現実だからです。

 こういう時、私はデカ部屋の調室(しらべしつ)をよく使いました。調室とはいわゆる取り調べを行うための個室です。調室に二人で入ると、警部補・Iは「新興のフィットネス企業が脅されています。企業恐喝に発展する可能性があります」と告げてきました。

 そのフィットネス企業は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長している最中で、大量の広告によって世間の認知度も高まっていたことから、これは社会的にも反響が大きいマスコミが喜びそうな事件になる可能性があるなというのが、まず私が懸念した点でした。そこで、情報管理を徹底する意味でも、警部補・Iが率いるチームだけの保秘案件として捜査を進めて行くことに決めました。ただ、この時点ではマル暴への相談であったものの、被疑者が反社会的勢力に該当するかは不明でした。

(つづく)

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