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ガンと後悔とやりたいこと


今年のお盆、自分は帰省して墓参りには行かせてもらいました。
この状況下でしたので注意を払いながら帰省し両親以外にも会うことはできませんでした。
お盆の過ごし方は小さい頃からお墓参りと決まっていたのですが、ここ数年はより思い入れが強くなっています。
というのも、自分には5つ離れた姉がいたのですが、4年ほど前にガンで他界したからです。
仏壇やお墓の前で手を合わせることの意味合いが、自分にとって以前とは変わっています。

今回はそんな姉の「死」に関する自分の想いを記載しようと思います。
読んでもらえ何か感じ、今後に生かせることがあれば幸いです。

直面しての痛感

墓参りではやはり姉に向かって問いかけることが多くなります。
実際、死後の世界があるのかはわかりません。ですが、お墓に手を合わせることで、姉に近況報告と今後の目標を伝えることができる気がしています。

人って死ぬんですよね。

当たり前のように、どこか年功序列で他界していくものだと思っていました。姉の死と闘病生活を通して、

・お金の重要性
・時間の有限性
・平等ではない理不尽さ
・命あることへの感謝

そんなことを痛感しました。

あの時、もっと自分にお金があったなら。
あの時、もっとカウンセリングスキルがあったなら。


やれることがあったかもしれないと今も思います。

闘病中、精油メーカーに勤めていた自分は病室に行ったときに姉の足にアロマトリートメントをしてあげるのが、習慣になっていました。
この時、アロマをやっていて本当に良かったと実感しました。

「フランキンセンスはガンに効く」


海外の研究です。限定的で割合も非常に少ない。
それでも、少しでも可能性があるなら!とフランキンセンスを常に焚いていました。
当時東京にいた自分は、ガン研究の権威のある病院へ、セカンドオピニオンの意見を求めに回りました。
そのくらいしか自分にはできませんでした。

勤め先の倒産

そんな中、勤め先の会社が倒産しました。突然のことでした。業務提携に失敗したとだけ聞かされました。
そんな状態の会社でしたから給料も少なく賞与もありません。
資格取得のため約1年半のスクールの学費と薄給による生活難で、以前の会社で貯めた貯金も使い切っていました。

毎週の帰省にかかる費用が払えず、周囲の人にお金を貸してもらいました。両親からの支援も受けました。保険が適用されても医療費は安くありません。
ホントは自分が 家族にお金を支援したい。
本来そうするべきなのに、あろうことか支援される始末。
自分のやりたいことと言い、そこそこの会社を辞めたことに後悔しました。目から血が出るほど、悔しく、惨めでした。

闘病への想い

姉は生きようと闘病に向き合っていました。自分達家族もサポートに努めました。
ですが、本人も周囲も疲弊していきます。
意見の食い違いもあり、家族間でのケンカもありました。
姉が自殺を試みたこともありました。ですが踏みとどまり闘病に向き合っていました。
そんな時、姉が自分に言いました。

「寿人がカウンセラーになるのは本当に良いと思う。ガン患者を見守る人の気持ちを誰よりもわかるはずやから。」

「姉ちゃんも元気になったらガン患者の交友会に入って、ガンの人を元気づけようと思う。」

自分は今カウンセラーになって独立しました。
しかし、姉が交友会に入ることはありませんでした。

そんな姉も母には弱音を言っていたようで、
「こんなに早く死ぬなら、もっと好きなことをすればよかった。」と、言っていたことを後日母から聞きました。

今日とは

あなたにとって今日はどんな日でしたか。
しょうもないと感じた日だったかもしれません。
ですが、そんな今日を迎えたくても迎えることができなかった人もいます。


時間は有限です。
もう姉は戻ってきません。
姉が教えてくれた教訓を生かすことしか自分にはできません。

自分はカウンセラーとして、
生きづらい人
行動ができない人
上司・部下の関わりに悩む人
闘病で苦しむ人やその周囲の人

など様々な人の役に立ちたいと思っています。
そしてカウンセリングをもっと身近にする活動をしていきます。

それが、結果的に自分のためでもあるからです。
自分自身の救い、自由な働き方の実現、資産の形成、著書の出版、カウンセリングが身近な社会の実現、と個人的な願望にも繋がると信じているからです。
それが自分のやりたいことです。
それに向かって今も地道にできることから行動しています。

あなたのやりたいことは何ですか?

それでは。


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