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みている場所から

先日新しくオープンした飲食店へ出かけた。
メニューラインナップは目新しくないが、洗練されたロゴや店の内装
程よいバランスで作られた席、カラーリング
全てに「今風」を感じる店だった。

はー、お洒落だなーと夫と共に席につき
注文した商品が席にやってくるのを待っている間、
少し周りをキョロキョロしてみた。
するとふと、手書きのポップが気になった。
きっとスタッフの誰かが書いたであろう
結構失礼だが)素人っぽさのある字とイラスト
ペンで塗った手作り感もすごい。
私はとてつもなく懐かしい気持ちになった。

会社で働いている時、
手書きポップやイラストを「自分ができること」をやり尽くそうと思って
制作していた時期があった。

特にその時は意識できていなかったが、今思うと
根本的に私が満たしたかったのは自己顕示欲だ。
純粋に、「自分ができることで、会社に貢献しよう」と大義名分を掲げてはいたが
「自分、絵、描きたいんすよ。チッス」みたいな
ちょっとイキリもあった。

専属のデザイナーが一人しか動けず、会社が運営している店舗に
必要なポップが行き届いてないのも私はいつも気になっていた。

忙しいんだろうな、じゃあ自分が動けばいいか。と安易にやっていたわけである。

ある時、研修生というポジションでずっと会社で働いているかたが
私にこう言ってきた。

「あのさ、社員デザイナーの〇〇さんの意向が空間にはあるんだから、
  余計なポップは作らないでよ。やるとしても確認して。
 店舗とか会社のイメージに響くから。」

唖然としている私を他所に、彼はサッサといなくなって仕事に戻った。
え?私、もしかしてデザイナーさんを怒らせていたの?

研修生の方と社員デザイナーさんはよくタッグを組んでいたので
言いにくいことを研修生の人が私に言ってきたのか?
よくわからなかったが、とてつもなく悲しくなったのを覚えている。

頑張って家で作ったものもあれば、
お客さんや同僚に褒めてもらったものもあったりした。

役に立つって嬉しい、自分がいてもいいと思えた作業だった。

でも勤務時間外でつくした努力や、人からの評価で思いあがっていたのかもしれない。
そんなたくさんはなかったが、こっそりと私は作ったポップを捨てたのだった。


_____
手作りのポップは洗練された店内で目立っていた。
それは悪い意味にも、いい意味にも考えられる。
あまりに洗練されて、不便だから、こうしたちょっとほっとする説明ポップがあれば和むし、何だか働いている人の息遣いを感じていい。

でも見る人が見れば、ディレクションの邪魔になるから外せ
というのだろうな。
確かに建物はかっこいいのに、ゴテゴテにいろんなものを貼り付けた
壁で台無しになっている施設はよくある。
とはいえ、あれが利用している人たち
本来施設を必要としている人には必要な要素なんだよな。
誰のためのデザインなのか。

お洒落さと、今風と、人間味と、何を持って
削り、何を持って付加させるのか、
とても考えさせられた。

研修生の方からみている場所と
私からみている場所は当時、全然違ったと思う。
それは私の経験不足でもあったと思うし、
研修生の方の現場の状況把握不足でもあった。

いろんな人が一つの場所で働いてるんだ、利用しているんだという意識
いつも持っていたいな。忘れがちだけど。

今日はそんな感じです。




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