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4

これ、なんの数字だと思います? 4秒考えてみてください。

1、2、3、4。

はい、終わり。ハイ終わりハイ終わり!
それじゃあ答案を隣の人と交換してください〜

とまあ下手クソな塾講師モノマネはさておき(書いてから気づいたがいつもやらせてる小テストも4分間だった、どうでもよすぎる)、最近この数字に色々思うことがあるなあと。

まずは「4」回生だということ。学部で卒業するなら大学にいられる最後の年だ。悔しくて仕方ない。それはもう。院進すると決めて勉強に励んでいる同期やらしれっと休学してるジャズ界隈の人たちを見ると嫉妬で狂いそうになる。別にモラトリアムを引き伸ばしたいとかそういうことではない……とまでは言いきれないが不思議とその気持ちはそんなに強くない。ジャズはもっとやりたいしBBももっとやりたかったけど。
だって自分は、社会人になるために大学に来たわけじゃないのだ。より深く興味のある学問を学びたくて、それがたまたま人文学という「社会の役に立たない」分野で、院に行ってもほとんど社会的な地位は向上しない。何??????? おまけに休学してゆっくりすればいいさ〜的なノリは教育実習申し込んだ段階で消え失せてるし、前々から計画して行動しよう!と思ってやったことがことごとく裏目に出てる気がしなくもない。
理系でとりあえず院進する勢にも同じことが言えるのかもしれないが、無計画な選択は容易に人生をぐちゃぐちゃにしうる。だから自分は民間→院or教員→院or教員とかいうキモイルートを辿ろうとしてるし。もはやなんのために就活してるんかわからん。マジで就職/院進/教員・公務員/休学の選択だけはできる限り早くしておいた方がいい、やれることが全く違う。これは色々考えすぎた結果人生失敗しかかっている4回生の忠告。なおここで大阪大学人文学研究科は冬入試があるという不穏な事実を書き残しておく。

そんなこんなで、今期取れたコマは「4」つ。すっっっっくな、いやすっくな。学費の無駄遣いとはこのことというかなんというか。しかもそのうちふたつは卒論ゼミなのでもはや選択権はほぼなかったといっていい。先生5月半ばまでドイツにいるけど。それまでに卒論進めないとだけど。最近本当に集中力がなくなってまともに本が読めなくなってきている。頭の中に考えなければならないことと考えなくてもいいことと睡眠欲が終始よぎって、文字が眼球の上をスケートしていく。先生が教えてくれた参考文献、Amazonのほしい物リストからいつ抜け出すんだろう。実際作家と方向性しか決まってない。むなしく部屋に転がる全集の数々。いい加減元あったところに返しなさい。
こないだ別の卒論ゼミを見学したら一発目からとんでもないクオリティだったのにとんでもない量の指摘食らってて泡吹いて倒れるかと思った。ストレートに院進できない以上卒論くらいはがっつり取り組みたいのに何一つ仕上がってないし。こんなnote書いてる暇あるんか、と言われたら、ない。しかし書かずにいられない。こういう時に文章書くのが好きでよかったと思う。いつか日の目を見る時が来ないかなあ。
なお残り2つとった授業は、そんな研究分野にドンピシャで当てはまる演習科目(何故かトリを飾る羽目に。昨年も思ってたけど資料の共有は早くしようね先生)と基盤教養。なんでだ。
言い訳すると、元々ずっと心理学には興味があって学びたいという思いは強かった。でも3回生の時間割の中に人科の科目を入れるキャパはなく、4回になったら取るかなあ……とぼんやり思っていたら、案の定というか取りたかった科目は他学部定員を早々にオーバー。諦めるしか無かったけど諦めきれずに履修登録ぽちぽちしてたら、人科開講の基盤教養科目だけ何故か登録できちまった。慌てて先生に聴講のおねがいをしたら、

「抽選外れた奴もいるんやし真面目に履修せんかい」

全くもってその通り。なお普通に手動で登録できたので前半はちょっと首を傾げる。テスト80%。その頃には自由になってると思いたい。豊中での対面講義、教室には人がギッシリで、3年前見ているはずだった光景を追体験していると思うとどことなくキュンとするけど、真横の1回生が謝りもせず自分の傘を倒してきた時は今すぐウイルスまみれになればいいのにと思ったり。なお2回目にして結構意識飛んでたので自分の中の重要度はもはや週に2.3回食べたらいい方の朝食レベルに成り下がっている。がんばるけどね。

そんなことを言ってたら「4」月ももうすぐ終わりそうです。みなさまいかがお過ごしでしょうか。さっき書いたみたいに自分は民間就活をしているわけですが、まあ何を考えればいいのか分からない。どこに行けばいいのか分からない。最終的なゴールを考えた就活をしたら数年後の自分は楽しくないだろうし、今1番やりたいことをストレートに選んだらあと2ヶ月もない教員採用試験にいまからフルコミットしないといけない。
なんでこんな面倒なことになってるのかは前のnoteを見てほしいんですが、企業のアドバイザーの人(エージェントとかではない、というかエージェントに連絡されるのが鬱陶しすぎて向こうから連絡が途絶えたことがある)と話す度に自分の本音と建前がブレブレになる。こんなこと今の社会人は全員やってたんだろうか。
父親と話しても「最終面接は顔合わせだったわ、最初に内定もらったからそこにした」というので当てにならないし、最終選考まで残った企業の人と食事会をする機会が1度あったけど、「なんでこの仕事選んだんですか?」って聞いたら「ネットで儲かる仕事を調べて出てきた中から興味あるやつ選んだ」って返ってきてテーブルの上のナイフで刺してやろうかと思った。そんな動機でみんながみんなその業界入れたら苦労してねえよ、と言う代わりによく焼かれた肉を口に押し込んで笑い声を上げた自分の振る舞いはさておき。
就活始めた段階で興味のない仕事が多すぎて難易度バカ高い業界に早々と絞ってしまったのがいけなかった。それも大手に。選考の経験は積めたとしても、それは結果には結びつかない。
早期選考落ちる→一般選考申し込む→本当に縁が無くなる を2回やってるし、絶対入社しない宗教みたいなコンサルに十数時間もかけて面談だの選考だの行ったりしたし、馬鹿みたいに遠回りをしすぎている自覚はある。そのくせもう間に合わないのに「教採の勉強ができてない」ことで凹んだり、バイトにかかりきりになってる間に出すべきだった企業にエントリーできなくて凹んだり、致命的なミスを散々繰り返してるし。つくづく社会に向いていない。就活を一切せずにそのまま教員になるためのことしかしていなかったら確実に知らなかった世界を今の自分は見ているし、それをプラスに変えようとしているけど、そこまで行き着けるのか自信がなくなってきた。3月はまだ1.2月に応募した企業が残ってたから救いがあったけど、いよいよ限界が見えてきた。今から出せる企業もかなり少ないし、正直部活授業バイトと両立してきた自分がもう限界に近いのもあるし、もう見切りをつけるか否か。
結局人生のプランが大して定まっていないのも問題なんだよな、まさか面接で「数年でやめて教員になるか大学院に行くつもりです」とはいえないし。でも一旦そう思ってしまうと今自分が費やしてる時間が心底無駄に思えてきてよくない。新卒一括採用なんてなくなればいいのに。
「最後は決断しかないよ」と企業の人に言われてしまったのもずっしりと来ているのかもしれない。優柔不断すぎて人生損し続けてきたのを読まれている。就活がゴールではないが、スタートラインが歪んでいたら走り出すのも数倍の労力がかかる。願わくば少しはくっきりとしたスタートラインを人生に引きたい。GWくらいは休めるんでしょうか。あっでも後輩諸君、いちょう祭は見に行きます。早く生で聴きたい。観たい。

というわけで3つの「4」でした。一切読み返してません。思ったことを深夜のノリでそのまんま書くと3000字を超えると判明。でもなんとなく自分は読点で文章を区切りがちだと気づいた。句点もっと使おうね。


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