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真矢クロ握手論

カズキ
https://twitter.com/kazuki030

 『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』にはメインキャラクターとして9人の舞台少女が登場する。彼女たちには主にペアとして描かれる相手が存在し、『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(以下劇場版)では互いへ向けた感情の発露と衝突の末に、その関係性に決着をつける。

 その中の2人、天堂真矢と西條クロディーヌの関係性は──スタッフやファンからはたびたび真矢クロと称される──一言で表すならば“ライバル”である。本稿では彼女たちが登場するシーンにおける「手」の描写に注目し、2人の関係性がどのように変遷してきたのかを論じる。

 最終的には劇場版で描かれた「魂のレヴュー」において2人が獲得した決着を明らかにすることを目的とする。

1.認め合うライバル

 真矢とクロディーヌが登場するシーンには度々「手を差し出す」「手を取る/取らない」といった表現が見られる。劇場版について触れていく前に、本項ではまずTVアニメシリーズにおける描写に触れていきたい。

 TVアニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(以下TVアニメ)第3話では真矢の回想シーンとして第99回聖翔祭が終わった直後の様子が描かれた。公演を終えた真矢はクロディーヌへ握手を求めて手を差し出すが、クロディーヌはその手を取らずに「私は負けてない」と耳元で囁く。

 握手を求めた真矢にすれば、満足のいく公演を終えて相手役を務めたクロディーヌと互いの健闘を讃え合おうとする自然な動作だ。しかしクロディーヌにとっては、その手を取ることは主演を真矢に奪われたままでいる現状を受け入れることと同義である。だからこそ彼女は真矢から差し出された手を取ることを拒絶して「私は負けてない」という宣戦布告を行った。

 その際に真矢が虚を突かれた表情を浮かべていることから彼女にとってこれが意外な出来事だったことは間違いない。またレヴューに赴こうとするタイミングで回想をしていることからも、単純に予想外というだけではない強い印象を彼女に刻んでいることが窺える。同話にて行われた「誇りのレヴュー」において真矢は愛城華恋に対して次の言葉を口にする。

「あの子は捧げた。あの子は切り捨てた。それは星に挑む気高き意志」

 この台詞において“あの子”がクロディーヌを指していることは明らかだ。しかし、この本心を真矢がクロディーヌに告げることはない。真矢と良好な関係を築くことを放棄して高みを目指すことを選んだクロディーヌと、それを評価して孤高の舞台少女として追われる者でありつづけようとする真矢は、互いに感情を向け合いながらも手を取り合わないことを良しとした。

 一方、TVアニメ第10話では聖翔音楽学園の入学試験のシーンが回想で登場する。彼女たちが初めて出会った際にはクロディーヌから真矢をストレッチに誘ったことが語られ、そのシーンではクロディーヌから真矢へ手を差し出している姿を見ることができる。

 これはクロディーヌ自身も「天才舞台少女、天堂真矢。お手並み拝見ってね」と語っている通り、自分を打ち負かす存在を知らない驕りがあるが故の行為だった。それから二番手に甘んじ続けている自分を振り返って「格好悪い」と言いながらも、クロディーヌは自分を生まれ変わらせてくれた真矢に感謝の言葉を告げる。このときクロディーヌがわずかながらも本音を口にしたことがこの後の「運命のレヴュー」での共闘に影響していく。

 運命のレヴューは華恋の飛び入り参加によって調整が必要になったことに起因する異色の2対2のレヴューデュエットである。真矢とクロディーヌはペアとなって華恋とひかりに対峙する。この戦いの中には真矢と手を繋いだクロディーヌが遠心力によって剣を振るうシーンが存在する。印象的なのは手を繋ぐ瞬間に2人とも前を見据えたままで、目を合わせるなどの意志疎通を行っていない点だ。この後に

「わかる……わかるわ」
「あなたがどう動いて、どう飛ぶのか」

とモノローグで会話をしていることからも、レヴューでの共闘を通して2人が深く通じ合っていることが窺える。

 しかし彼女たちは“よりスタァライトしていた”華恋とひかりに敗れてしまう。真矢が自分以外の人間に上掛けを落とされたことを認められないクロディーヌの「天堂真矢は負けてない」という言葉を皮切りに、クロディーヌは真矢へ向ける本音と感情を発露する。そして彼女に応えるように、真矢もまたクロディーヌへ今まで口にしなかった言葉を投げかける。座りこむクロディーヌに対して真矢は手を差し伸べた。

「立ちなさい…… 『クロディーヌ』。
あなたとなら私はもっと高く羽ばたけるのですから」

 差し出された真矢の手を取ったクロディーヌは立ち上がり、2人は手を握ったまま向かい合う。その光景はかつては果たされなかった握手をする姿に他ならない。高みを目指すために手を取り合わなかった真矢とクロディーヌは、互いの存在があればより高みへと競い合うことができるのだと認め合った。

 本項を総括すると、TVアニメシリーズでは真矢とクロディーヌが互いに認め合って手を取るまでの関係が描かれていたと言うことができる。

 余談として、別の媒体ではあるが「少女☆歌劇 レヴュースタァライト オーバーチュア2」第7幕『天才子役・西條クロディーヌ』では高校1年生の頃のエピソードが描かれているが、真矢から手を差し出す描写が作中に2度登場する(2度目にはクロディーヌはその手を払いのけている)。

 また、オーケストラライブ『Starry Konzert』ではTVアニメシリーズ最終話の直後である第100回聖翔祭後のモノローグが披露されたが、そこでは握手について尋ねる真矢と快諾するクロディーヌの会話を聞くことができる。TVアニメシリーズに準拠したこれらの描写も、彼女たちの手にまつわる描写から関係性の変化を表している。

2.舞台少女の死

 上記の項目ではTVアニメシリーズにおいて真矢とクロディーヌが手を取り合うに至るまでの描写を明示した。

 次に触れたいのが『劇場版再生産総集編「少女☆歌劇 レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド」』(以下総集編)である。再生産総集編と銘打っていることもあり本作品の多くはTVアニメシリーズを編集した映像だが、加えて10分以上の新規映像シーンも収められた。中でも、終盤の「死」を連想させる血に塗れたカットが立て続けに映し出されるショッキングな映像は当時の観客に大きな衝撃を与えた。

 本項にて注目したいのは一瞬映る「繋がれた手が血に塗れている」カットだ。人物までは映り込んでいないが片方の特徴的な袖口は真矢のレヴュー服のものであることは間違いない。もう片方の手の袖口は黒地であり、これも該当するレヴュー服を纏っているのはクロディーヌのみだ。

図1(筆者の友人が作成)

 つまりこのカットでは、真矢とクロディーヌの繋いだ手が血に塗れているのである。この光景は一体何を意味しているのか。

 血塗れの舞台少女や舞台装置のカットが続いた後、キリンと話す大場ななは「舞台少女の死」という一言を呟く。このことから前述のカットは舞台少女の死を示唆していると思われる。ななの言葉に続けてキリンがワイルドスクリーンバロックの開幕を告げると総集編は終わりを迎える。翌年公開された劇場版でワイルドスクリーンバロックが描かれた以上、「舞台少女の死」は必然的に劇場版に接続している。

 実際、劇場版でななが舞台少女たちと対峙した「皆殺しのレヴュー」では舞台装置とはいえ鮮血が噴き出し、総集編のラストを想起させる演出が行われる。しかし舞台少女たちに死を与えたのは彼女ではない。

 レヴューを終えた後のななは呟く。

「私たち、もう死んでるよ」

 続く第101回聖翔祭決起集会のシーンで舞台少女たちは自分が「次の舞台」へ向かえていなかったことに気がつき、自らの死体を見下ろしながら今までの自分に決着をつけるために再び舞台に上がることを決めた。

 その際にななは下記のように述べる。

「あの日、私は見たの。再演の果てに、私たちの死を」

 9人の中で彼女だけが観測できた“再演の果てに見た私たちの死”とはつまり、前述の総集編のラストに描かれたショッキングな鮮血のシーンである。ななが皆殺しのレヴューを繰り広げた目的は舞台少女たちに死を自覚させて、本当に完全な死を迎えてしまう前に舞台に上がらせることだった。真矢とクロディーヌの血に塗れていた手も、次の舞台へと向かえていなかったために起こった“舞台少女の死”の光景のひとつなのだ。

 何故次の舞台に向かえていなかったのかは、劇場版にて真矢とのレヴューを控えたクロディーヌ自身が楽屋で吐露している。

「舞台が私の生きる道。
とっくに決めたことだと思っていたのに、向かえてなかった、次の舞台に。
あんたとのレヴューに満足して、朽ちて、死んでいくところだった」

 運命のレヴューで互いを認め合い手を取った2人は良好な関係を築いたが、その充足が皮肉にも舞台少女としての死を招く。だからこそななが再演の果てで見た2人の繋がれた手は血に塗れていた。真矢とクロディーヌは死に直面して手を繋いだのではなく、TVアニメシリーズにて握手をできる関係になったことこそが死を招いたのである。血塗れで繋がれている手は右手同士であり、これは2人が握手を交わした手と同様である。袖の位置からして2人は同じ向きで隣り合っていると考えられるが、その場合は右手と左手が繋がれるのがもっとも自然な形だ。あえて不自然ともいえる右手同士が繋がれているのは、それが2人がTVシリーズで握手を交わした手だからではないか。

 上記の台詞に続けてクロディーヌが言う。

「だから、生まれ変わるわ。
あんたとケリをつけて、次の舞台に立つために」

 そして2人がケリをつけるために対峙するのがワイルドスクリーンバロック④「魂のレヴュー」である。

3.関係性の再生産

 魂のレヴューではクロディーヌ演じる悪魔と真矢が演じる舞台人が契約を交わすACT Ⅰに始まり、クロディーヌが優勢だったものの真矢が神の器という本性をさらけ出すACT Ⅱ、一度は神の器に星を弾かれるもその正体が天堂真矢という人間であることを暴き出すACT Ⅲと続く。

 そしてACT Ⅳで2人はついに舞台少女の天堂真矢と西條クロディーヌとして向かい合い、自らのすべてを曝け出して剣を交わす。

 本項にて注目したいのはクロディーヌが真矢の上掛けの星を弾いて舞台が燃え落ちた後、仰向けになっている2人の手が繋がれている点である。魂のレヴューが“ケリをつける”ことを目的としていた以上、このシーンでは真矢とクロディーヌの関係性の着地点が描かれているはずだ。その結果が繋がれた手なのだとしたら先述の総集編にて描かれた「舞台少女の死」と何が違うのだろうか。

 総集編と劇場版の繋がれた手のカットを比較したとき、明らかに変化が起こっている点として2人の身体の向きが挙げられる(図2)。

図2(筆者の友人が作成)

 総集編では血に塗れた手が大写しにされているため全容は定かでないものの、手の繋ぎ方や袖の向きからも2人が同じ向きで隣り合っていることが窺える。

 一方で魂のレヴューを終えて仰向けになった2人の身体の向きは互い違いのように反対だ。真矢とクロディーヌの足下は別々の方向を向いている。

 互いを認め合い良好な関係を築いたことが舞台少女としての死を招いたが、真矢とクロディーヌが選んだのはその手を離して決別をすることでも、もちろん馴れ合ったまま舞台少女として死んでいくことでもない。

 2人は隣に並びあって歩んでいくのではなく、別々の場所に立って生きていくことを選んだ。しかし別の方向を向きながらも2人の手は繋がれて、そして血に塗れることなくポジション・ゼロの上に置かれている。手を取り合いながらもその在り方を変化させた真矢とクロディーヌの関係性は、魂のレヴューを経て再生産された。

4.総括

 今までに述べてきた真矢とクロディーヌの「手」にまつわる描写を時系列順にまとめると下記の通りである。

①聖翔音楽学園 入学試験(TVアニメ第10話)
 →クロディーヌから真矢に手を差し出す。
②第99回聖翔祭 舞台裏(TVアニメ第3話)
 →真矢から差し出された手を取らない。
③運命のレヴュー(TVアニメ第10話)
 →真矢から差し出された手を取る。
④再演の果てに見た舞台少女の死(総集編)
 →繋がれた手が血に塗れている。
⑤魂のレヴュー(劇場版)
 →繋がれた手がポジション・ゼロの上にある。

 ①~③ではTVアニメシリーズにおいて、真矢とクロディーヌが互いを認め合ったうえで手を取るまでの過程を描いた。このことで2人の関係は良好になったが、その充足に甘んじて次の舞台へ進めないままに死ぬ危険性が④によって突きつけられる。次の舞台に進むためにレヴューで剥き出しの自分でぶつかり合った結果が⑤の関係性の再生産である。

 かつては手を取り合わないことで高みを目指した真矢とクロディーヌは、舞台少女の死という危機を迎えても手を繋いだままに関係性を変化させた。何故なら今の2人は相手の存在が自分をより高く、美しく、輝かせることを、そして相手も同様なのだということを知っているからだ。

 魂のレヴューでクロディーヌに上掛けを落とされた真矢は言う。

「1回勝負と誰が決めましたか? 勝負がつくまで明日も、明後日も」

 真矢の言葉にクロディーヌは答える。

「良いわ。ライバルのレヴューは終わらない、永遠に」

 聖翔音楽学園を卒業した後、真矢は日本の新国立第一歌劇団で、クロディーヌはフランスのテアトル・ドゥ・フランムで自分自身の次の舞台に立つ。日本とフランスを隔てる距離は約1万kmだ。しかしどんなに離れて別々の場所に立っていたとしても、次の舞台へ進もうとする2人の手はポジション・ゼロの上で繋がれている。


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