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華恋再生産における鉄道高速化事業 ~鉄道趣味者的視点から見るスタァライト~

茶野 貫之
https://twitter.com/chanots


1.はじめに

 今回は『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(以下本作と呼称)の物語で重要な鍵を握る「列車」、もとい鉄道のうち、「愛城華恋の迷い」「舞台少女 愛城華恋の再生産」という重要な場面に描写されている「軌道」という構造物に焦点を当て、簡単に解説した後、本作中で「軌道」が絡んでくる表現を整理しつつ考察を行う。

 なお、本作に表現されており、演出に関係があると考えた設備・構造だけを搔い摘んで解説をするので、表現がなく、また関係ないと考えられる構造に対する解説は割愛する。

2.軌道とは

 まずそもそも「軌道」とは何かというと、皆様が普段「線路」と呼んでいるモノをイメージして頂いて差し支えない。専門的に解説をすると、よく目にする一般的な軌道は、図1の通り、上部より軌条きじょう(レール)・マクラギ・道床どうしょうと、主に3つの構造物により構成される。レールが縦、マクラギが横、道床は下という表現がわかりやすいだろうか。なお、狭義の鉄道用語としての「線路」には、道床の下の路盤や、橋梁きょうりょう隧道ずいどう(トンネル)などの構造物、電車線や架線柱、信号や保安装置などの運行に必要な設備なども含まれる(図1)。

図1:軌道を構成する主な構造物
(以下、すべての図は筆者が撮影した写真をもとに、筆者が作成)

 各構造物を簡単に解説していく。

 軌条とは、車両の重量、列車の運転を直接的に支える鋼鉄部材だ。起点より終点まで、2本の逆T字型の部材が平行に敷設される構造物である。「レール」という呼称の方がより一般的である。また、軌条1本1メートルあたりの重さと、レール断面の形状で規格が決められている。メートル当たりの重量が大きいほど耐久性が高く、高速・高頻度、また重量物の走行が可能となるが、敷設ふせつ(地面の広い範囲に構造物を設置すること)の労力もその分大きくなる(*1)。

 マクラギは「枕木」とも表現する、軌条に対して直角に配置し、軌条を支え、また活荷重(自動車や列車のように移動しながら構造物に作用する力のこと)を道床へ分散させる構造物である。軌条(レール)とマクラギは何らかの方法で物理的に固定されており、これを締結ていけつと呼称する(詳細は後述)。かつては「枕木」という文字の通り、木製(木マクラギ)が主流だった。木マクラギは加工や敷設がし易く安価である反面、耐久力が低く、劣化や腐朽等によって頻繁な保守や交換を行う必要がある。現代において、主要路線には耐久性に優れるプレストレストコンクリート製マクラギ(以下PCマクラギ)を敷設するのが主流である。PCマクラギは、単体でかなりの重量があるため軌条保持において安定性があり、高速・高頻度の走行や重量物の運行でもメリットがある。反面、部材自体が木製に比べ高価で、重量もあり敷設に手間がかかる(*2)。

 道床とは、マクラギや軌条が歪まないよう保持し、掛かった重量をさらに下の構造物(主に路盤)へ分散させる構造物で、一般的には砕石(バラスト)が敷かれていることが多い。地下鉄や高架鉄道等では、マクラギを省略し板コンクリートや路盤のコンクリートに直接レールを締結(スラブ軌道)、または道床を省略し路盤に直接マクラギを配置する(直結軌道)などし、短期的な軌道変位(軌条やマクラギにおける左右や上下方向の歪み)を防止し保守管理の省力化を図っている路線もある。

 軌道を構成する要素でもうひとつ、必要不可欠なのが、軌条とマクラギ(または道床)を固定(締結)する「締結装置」という部材だ。木製のマクラギの場合は、犬釘いぬくぎと呼ばれる鉄製のクギを打ち込むことで簡単に締結を行えるが、単純な構造故に脱落(抜け)のリスクも高い。時代が下るにつれタイプレートという部材に、ボルトと板バネ、または線バネ等を使用し、脱落のリスクを低減した締結装置が開発・使用されるようになった(図2)。

図2: 締結装置の一例(タイプレートを用いた締結)

 木マクラギと犬釘で敷設された軌道は現代では一般的に低規格とされ、重量のある車両の高速走行によって発生する振動を受け止めきれず、軌道変位のみならず締結装置の脱落やマクラギの破損が発生してしまう可能性がある。また、車両の挙動が不安定になり、走行安定性が下がるため、脱線転覆など事故のリスクも上がる。近代以降の高速・高頻度走行には適さないが、安価で敷設が可能なので、現代では高速走行を行わず走行頻度が高くない路線で継続使用されている(図3)。

図3:木マクラギを敷設した軌道

 PCマクラギにボルトと板バネ、また線バネ等を締結装置に使用した軌道が現代では標準的とされ、敷設に手間がかかりコストが高いものの、締結力が高く、比較的保守が容易である。また、マクラギを高密度に敷設する、重軌条を採用するなど行えば、高速・高頻度運行や重量物も問題なく走行できる(図4)。


*1 現在、本邦の普通レールは日本産業規格JIS E1101:2001として規格化されている(参考文献3参照)。1本あたり25m若しくは50mの長さを標準(定尺レール)とし、溶接により、または製造出荷時よりそれ以上の長さとしている場合もある(ロングレール)。また、1メートルあたりの重量が30kg・37kg・40kg・50kg・60kgの軌条が主に使用されている。メートルあたりが重い軌条が重軌条と呼称される。なお現在では重軌条の定義は曖昧だが、ここでは50kg/m以上の軌条とする。またレール断面を改良した「N型」と呼ばれる軌条(50N等)へ移行したが、解説は割愛する。

*2 木マクラギは、原料樹種にもよるが、無処理の場合5~10年程度、防腐処理を施した場合でも10~15年、最長で20年程度で交換される。PCマクラギは寿命が50年前後と高耐久で通常腐朽等は起こらない。なお、場所によっては、現在でも木製を継続使用している路線も存在している。参考文献4~6を参照されたい。

3.高速化事業とは

 鉄道の高速化事業を簡単に述べると、軌道を含めた路線自体の規格を高くし、高速・高頻度運行や重量物の走行に耐えうる設備へ改良・新設を行うことである。高速化事業には大別して2種類の方法がある。

 まずは、既存路線改良方式である。既に運行中の路線を活用し高規格化を行うことである。線形改良(*3)を行い木マクラギからPCマクラギへの更新、締結装置の見直し、重軌条化等を行い高速走行に耐えうる設備を整備する。併せて車両更新や信号システム等の改良を実施する場合もある。

 2つ目は高速新線方式で、既存路線とは別に、当初から高速走行に耐えうる設備を持った新たな路線を建設することである。橋梁や隧道などの構造物を多用し、地形を無視した線形で、高速走行を長時間継続し所要時間の短縮を図る前提で設計されていることが殆どである。本邦では東海道・山陽新幹線や東北新幹線をはじめとした、各新幹線を想像していただければわかりやすいだろう(*4)(*5)。

 ではなぜ高速化事業を行う必要が出てくるのか。それには既存路線の強化や利用率の向上、地域からの要望など、様々な要因が絡んでくる。

 それまでも軌道強化等は行われていたが、具体的な鉄道高速化事業の始まりの主な要因は、高度経済成長期に既存の東海道本線(東京~神戸間)の運行本数が逼迫していたこと、また鉄道の斜陽化が世界的に叫ばれていた中で、鉄道復権の起爆剤としての新幹線計画が策定されたことが始まりである。結果、昭和39(1964)年に在来線のバイパス路線(高速新線方式)として、東海道新幹線の開業に至った。純粋に線増を行い、輸送力の増強と所要時間短縮を主目的としての開業であったが、その後公布された全国新幹線鉄道整備法によって、日本列島を新幹線であまねく結ぶ計画が策定された(なお開通したのは一部に留まっている)(*6)。その後現在に至るまで、新幹線に限らず鉄道は、航空機等他の交通機関や、自家用車との競争に曝され続けている(*6)。


*3 ここでは路線付替による曲線の緩和や、カント(カーブ内側への傾斜。遠心力を相殺し最高速度や乗り心地の向上を目指す)量の増加に加え、複線化による線路容量増加とする。

*4 山形新幹線・秋田新幹線の全区間、西九州新幹線の一部区間(令和4(2022)年現在では未開業)は前者の既存路線改良方式に含まれる。

*5 東海道新幹線は後者の高速新線方式として昭和39(1964)年に開業したが、時代が下るにつれ、前者に挙げた既存路線改良に関わる工事も行われるようになった。特筆されるのは平成4(1992)年の新型車両300系「のぞみ」号運行開始に伴う信号システム・饋電(きでん)方式改良、軌道カント量増加による最高速度向上である(特筆されるのがこれってだけで定期的にアップデート繰り返してるし、なんなんだよあの化け物路線(褒め言葉))。

*6 なお、全国新幹線鉄道整備法の公布前後から、建設計画制定に政治的な駆け引きが増え(いわゆる我田引鉄)、また国鉄解体後に並行在来線問題へ発展していくことになるのだが、これはまた別の話。本件持論あり。

*7 地元行政が主体となって既存路線の高速化事業へ出資し、所要時間短縮を行ったうえで利用率の改善を図る(ex.根室本線・宗谷本線等/道東高速鉄道開発㈱→北海道高速鉄道開発㈱、北海道の関与団体)、国策で途中まで建設されたものの採算が見込めずに建設が凍結されていた路線を、第3セクター方式で建設を再開させ、高速新線として開業にこぎつける(ex.北越急行㈱・智頭急行㈱)、路線付替・複線化を想定した設備(隧道・築堤等)が竣工しているにもかかわらず、同様に計画凍結されたために単線利用に留まる、もしくは使用されずに放置されている事例(ex.羽越本線等/参考文献11参照)など、本邦における高速化事業の過程や結果は様々である。

4.本作中での描写

 前置きが長くなってしまったが、本題に入ろう。まず本作で列車に関連する描写を抜粋し、設備の推定をしていく。また丸数字は次項にてシーン特定に使用する。

①華恋がななと別れたのち、乗車していた列車が東京タワーまで辿り着けずに脱線するシーンでは、軌道は木マクラギにタイプレートとボルトを用いた締結装置で表現されている。またレヴュー終了後に脱線した列車を俯瞰している描写では、マクラギの敷設密度が低いことがわかる。軌条の高さと軌間(軌条頭部の内面最短幅、日本で標準的な狭軌と呼ばれる1067mmとする)から大きさを推定すると、37kgレールか40kgレールと推定され、一般的な低規格路線である。道床はバラスト等を用いず、路盤の砂をそのまま使用しているため、軌道保持能力はかなり低い。そのため、安定性が望めず振動や自重による沈下も断続的に発生すると推測され、軌道変位の原因となり、脱線転覆の要因となる。

②まずは、ひかりがまひるとのレヴューの前に乗車していた地下鉄に着目する。乗車駅はロンドン地下鉄をモチーフとしているが、到着駅となる「舞台下手入口駅」は日本の地下鉄駅の構造・設備となっている。駅自体は開削工法(地上から掘削を行い、地下となる場所に必要な構造物を建設したのちに埋め戻す)で建設されており、通常の地盤、また輻輳ふくそうしていない地下での工法としては世界でも一般的である。駅構内の軌道は、バラストの描写がないことから、B型弾性マクラギ直結軌道に近い構造を採用していると考えられ、車止め付近はスラブ軌道、若しくは通常の直結軌道のような描写となっている。また、軌条と側壁が近接しているので、作中の他の軌道とは違い、標準軌(軌間1435mm)で敷設されていると推測される。それを踏まえ、軌条の高さと軌間から、こちらも50kgレールを使用していると推定する。軌道終端部の車止めは緩衝式車止めを採用しており、電照式の車止標識を備える。躯体は日本車輌製造製の油圧ダンパ直結のアーム型をモデルにしていると考える。(図5)(*8)

図5:緩衝式車止め(劇中とは別タイプの躯体)

 また、キリンとひかりが再び出会い、キリンが燃料となる直前の高架の終着駅では、橋梁の路盤に直接マクラギを敷設する描写となっている。よってB型弾性マクラギ直結軌道と推定される。なお、橋梁自体は複数径間の上路連続ワーレントラス橋と推定されるが、橋梁本体への荷重負荷を減少させた有道床橋梁のため、設計年次は近年のものであると推測される(*9)。軌条は描写のある関連する複数のシーンから確認したところ、頭頂面の幅や高さから推定するに、重軌条の60kgレールを採用していると推定され、高規格路線と言える。

③華恋が東京タワーから落下し、再生産に向かうシーンでは、砂漠上を走行しているが、路盤にコンクリートを打設して、その路盤上に直接マクラギを敷設しているように見える。また、路盤中央部に窪みがあるように見えるので、D型弾性マクラギ直結軌道を採用していると推定される。また軌条自体も高さがあるため、こちらも60kgレールを採用していると考えられる。よってこちらも高規格路線であると結論付ける。列車は東京タワーに辿り着くために特殊設備(ロケットエンジン)を用い急勾配を駆け登ったが、目測で平均30%程度の勾配と推測される(*10)。橋梁自体は逆ランガートラス橋と考えるが、吊材や副材の配置が特徴的であり、桁部分は連続トラス橋にも見える。またアーチ部分と副材の配置で上路アーチ橋、もしくはトレッスル橋の一派とも見做せるため、形式には議論の余地が残る。なお、こちらも橋梁本体への荷重負荷を減少させた有道床橋梁であると考える(*9)。


*8 車止めはバラストを盛ったりレールを曲げただけの簡易なものから、作中で描写されたダンパ等を用いた大がかりなものまで、数多くの種類がある。日本では、主に都市部の終着駅等に採用される緩衝式車止めの種類は参考文献8に詳しい。周囲に建物の少ないローカル線の終着駅(劇中だと高架の終着駅)だと、万が一所定の停止位置を大幅に行き過ぎ(いわゆる過走/オーバーラン)、車止等の設備に衝撃したと仮定しても、大抵の場合敷地に余裕があるので、周囲の環境に与える影響が比較的小さい。それに対し、都市部の終着駅(劇中だと舞台下手入口駅、首都圏では小田急新宿駅や東武・西武の池袋駅等、近畿圏だと阪急梅田駅等)で停止位置を行き過ぎると、即建物や改札・通路など、人命に係る構造物があり、かつ利用者や通行者の多さも桁違いで、過走に対するリスクが相対的に大きいため、安全性をさらに向上させた設備(ここでは緩衝式車止め)を導入している。舞台下手入口駅は都市部にある地下鉄駅で、イベント時(レヴュー以外に何がある?とは考えないこととする)等はスタジアムへ向かう利用者(スズダル)が多く乗降していると考えられ、主要路線の扱いとなる。また、高架の終着駅は限られた利用者(再生産を終えた舞台少女)しか存在せず、いわゆるローカル線の扱いとなる。双方の路線状況や利用者数を踏まえ、車止の表現にも差が出ていると考える。なお、現実では終着駅に規定速度を超過して進入した、もしくは進入しようとしても、人間の手を介さない安全装置(いわゆる保安装置、省令ではATS/自動列車停止装置)の設置が国土交通省令(鉄道に関する技術上の基準を定める省令第57条)で義務付けられており、その装置によって減速等の動作をはじめとした運行速度が制御されている。万が一、何らかの理由で運転士による操作が行われなかった場合でも、自動的に減速や停止等の制御が作動するため、衝撃の可能性は限りなく低い。緩衝式車止め等は、車両故障等何らかの事由で制御による減速が不可能となり、最悪の結末で衝撃してしまった場合に、その勢いを多少弱めて被害の抑制を目指す設備である。リアルだともちろん使われずに済むのが一番だが、劇中だと車両を意図的に衝撃させ、ダンパが押し込まれることによってレヴューが開始される、一種の舞台装置としても表現されている。

*9 橋梁の構造・形式に関しては、参考文献12~15を参照されたい。なおトレッスル橋は鋼桁橋の一種とされ、本邦では山陰本線旧余部(あまるべ)橋りょうが有名であるが、老朽化のため新橋に架け替えられ、観光施設の一部となった橋脚3本・橋桁6連分(約82m)のみを残し、解体されている。

*10 鉄同士の摩擦力だけに頼る粘着式鉄道は勾配に弱く、35~40‰(パーミル/千分率と言いこの場合は1000mで40m上がるか下がる)程度で急勾配と言われている。それ以上になると勾配に応じ、車両や施設で特殊設備の整備を実施し走行する。本邦の粘着式鉄道では箱根登山鉄道の80‰が最急である。なお30%の勾配は道路ですらかなりの急勾配である。最早登山道レベルである(富士登山の富士宮ルートで5合目~山頂の平均勾配が32.6%。参考文献16参照)。

5.「再生産」の意義

 上記の描写を踏まえると、作中における軌道の表現で「鉄道高速化事業」に該当する高規格化工事が行われたことがわかる。表現されている軌道の構造を含め、作中でのキャラクターの心情の移り変わりに照らし合わせ、軌道の描写の意義について考察を行う。

①低規格軌道と軌道の標高

 華恋はひかりが再度旅立ったため、目標を見失った状態であり、また卒業が近いという現実を受け止めきれずにいる。すなわち過去に未練がある状態と推測する。「私たちはもう 舞台の上」というメッセージで、感情にまで迷いが生じてしまい「演技」が出来なくなっている状態だと考える。ななには「あなただけの舞台へ」と言われ砂漠に送り出されるが、既に自分の立つべき舞台が解らなくなっている華恋は、自らの進むべき道が見出せず、あたかも砂漠でオアシスを求める放浪者となる。その状態が低規格軌道という形で具現化され、感情や目標の揺らぎが列車や軌道の状態に現れて、脱線転覆を起こしてしまう。

 またこれ以降のシーンを鑑みると、列車が走行している標高がレヴューに対するモチベーションを表すバロメータであると考えることができる。つまり、砂漠を走行している、地に足をつけて走行しているというのは、華恋がレヴューにまだ立てない状態にあることを表す。

②暗闇から抜け出す地下鉄

 ひかりはアニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』第8話ないし第12話にて、既に鉄道高速化事業が竣工していると推測される(「孤独のレヴュー」にてキラメキの再生産、もしくは「終わりの続き」)が、詳細な時期や高速化方式に関しては議論の余地が残る。その後、他の8人とは違う道を選択していたことで、「舞台下手入口駅」でロンドン地下鉄(チューブ)から乗り換えの必要が生じた。

 ところで9人全員に共通する内容だが、東京とロンドンで場所は違うものの、なぜレヴュー前後で地下鉄を走行していたのだろうか。理由として、既に自分はキリンのレヴューには関係ない、レヴューは終わったものだと思い込んでいたからだと考える。キリンという存在は既に過去のもので、自身の中ではスポットライトを当ててすらいなかった。華恋以外の8人は、次の立つべき舞台に向かっていたつもりではあったが、香子がキリンのオーディションの話題を出したように、結局過去に執着してしまっており、次の舞台は見えていなかったのではないか。風景という風景もなく、暗い中を走行する地下鉄は、レヴューや舞台に対するその心理を如実に表している。

 最終的に景色の開けた高架駅に到着したのは、「皆殺しのレヴュー」を経て過去を断ち切り、それぞれのレヴューで漸く自分の本心をさらけ出せたこと。そして「私だけの舞台」への想いを新たにし、主役への欲求や、次の舞台へ向かうモチベーションを示していると考えられる。

③鉄道高速化事業という名の「アタシ再生産」

 脱線転覆を経ながらも辛くも舞台へたどり着き、答えを見つけたように見えたが、ひかりの言葉で迷いは再燃、一人では受け止めきれずに、華恋は舞台少女として一度死を迎える。ひかりの手によって「再生産」を行うにあたり、過去を顧みて燃料とし、改めて「最後の舞台」へ向かうことになる。過去を燃料にして未練を断ち切った結果、溢れ出る感情や意志を受け止めるために、まずは高速新線方式を採用し高速化事業を行った。また、列車に搭載されたロケットエンジンと考えられる設備を使用し勾配を駆け上がったのは、ひかりや舞台に対する感情がブーストし、モチベーションを急速に回復させたのを表現していると考える。よって、この事業を竣工させたことで再生産が完了し、漸くひかりと同じ「舞台」に立ち、本音でぶつかり合うことが出来たのではないかと推測する。

 また、レヴュー終了後のシーンで、華恋が脱線転覆した車両と、脱線の元凶となる低規格軌道が並んで上から映し出される描写だが、華恋が発言したように、レヴューを終えた現状は脱線直後の状態まで引き戻された「空っぽ」の状態だということを示す。その発言と状況を考慮すると本作での高速化事業は、あくまでひかりとのレヴューのためだけに行われたものであり、そこで竣工した路線はレヴューを経たことにより、放棄されたものと推測される。過去の事故を土台に、改めて高速化事業を既存路線改良方式で竣工させ、次の舞台へ向かう意志を表現していると考える。これまでを踏まえると、華恋は次の舞台(ステージ)を見つける度に「再生産」という名の高速化事業を行い、エンドロール後のオーディションの描写にあるように、「スタァライト」を始まりとした華恋のアイデンティティは揺るがないが、他の8人とは違った別の道(路線)へ走行していくことを暗示している
と考える。

 以上、それぞれの場面ごとに述べさせて頂いたが、根底にはこれら「鉄道」の表現を通して、キャラクター自身の様々な心情を示す意図があると考える。道床は意志の強さ、軌道の向かう方向は目標(あるいは理想の舞台人)、軌条・マクラギは目標の揺るがなさ。そして列車は感情の大きさである。

 では、なぜ作中では終着駅にたどり着いたか。なぜ「列車は必ず次の駅へ」という発言があるのに、終着駅という表現になったのか。もちろん華恋の言う「レヴュー・スタァライト」の終演、また聖翔からの卒業という意味もあるだろう。

 一般的に、列車は終着駅に到着したら折り返して発車をしていく。今まで通った道を見渡しながら次の駅へ走行していく。しかし別の角度、進行方向から見渡すことになるので、多少違う風景に感じるだろう。次の「ステージ」に上がるから、今までを振り返るため、過去を糧にするために、過去に通過した「道」をそれまでとは違う風景で眺め、顧みて、それを糧に次の駅へ、「ステージ」へ向かっていく。読者の皆様も感じた、もしくはこれから感じると思うが、高校卒業以降の時間は日増しに早く過ぎていく。過ぎ行く時間を受け止めて駆け抜けるために、軌道強化を含めた鉄道高速化事業が必要だったと考える。

 既存路線改良方式・高速新線方式は問わない。どこかのタイミングで再生産を行わなければ、列車の揺らぎが増幅して不安定になり、脱線転覆してしまうだろう。舞台少女のみならず誰しもが鉄道高速化事業を行うが、本作で特に焦点を置き、描写・表現されたのが愛城華恋だったと考える。

6.おわりに

 #3ライブ後の予告編(確か? 記憶が曖昧です)から、本作は鉄道を物語の主軸に置く表現がなされていて、どう展開されるのかを純粋に楽しみにしていた。公開後、(もちろん)複数回鑑賞するうちに、軌道の再現の違いに気づき、一人の舞台創造科として、また一人の鉄道趣味者として細かな描写に驚き、それが意味するところを突き詰めさせていただいた。

 毎日の通勤や通学で、また旅行や出張で、日常を過ごしていると鉄道を利用する機会はなにかと多いだろう。無理のない範囲で線路を見て頂けると、退屈であろう移動時間すら、本作を今迄以上に深く理解する一助になるかもしれない。

 卒業論文と言えど、これからもスタァライトにお世話になるだろう。そう気持ちを新たにしたところで、筆を置かせて頂く。

参考文献

1 保線ウィキ http://hosenwiki.com/index.php
2 フリー百科事典ウィキペディア-軌条https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8C%E6%9D%A1
3 kikakurui.com-日本工業規格JIS E1101:2001 普通レール及び分岐器類用特殊レール https://kikakurui.com/e/E1101-2012-01.html
4 くにたち鉄道情報館 まくらぎコラム http://www.kunitachi-tj.com/column3/index.php
5 フリー百科事典ウィキペディア-枕木 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%95%E6%9C%A8
6 YouTube【#線路マニア】全4種類!まくらぎ材質ごとのメリット・デメリットを紹介 https://www.youtube.com/watch?v=3qAvD_GZEuY
7 一般社団法人日本建設機械施工協会 刊 建設の施工企画'08.2 「鉄道軌道における環境対策」 古川敦著 https://jcmanet.or.jp/bunken/kikanshi/2008/02/046.pdf
8 緩衝式車止め型録 http://www.railmec.info/stopper/
9 公益財団法人鉄道総合技術研究所-軌道技術研究部 軌道・路盤研究室 D型弾性まくらぎ直結軌道 https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd45/rd4520/rd45200102.html
10 土木学会論文集第385号Ⅵ-7(報告)1987年9月 「東北・上越新幹線におけるスラブ軌道の適用に伴う問題点とその解決」 渡邊偕年著 http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00037/385/385-119616.pdf
11 新潟県 羽越本線の高速化と地域活性化に関する検討委員会報告書 3高速化改良の検討(2007.6発表) https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/64976.pdf
12 株式会社長野技研-その1 橋梁の構造と種類について https://www.naganogiken.co.jp/knowledge00/knowledge1/
13 土木学会鋼構造委員会 鋼構造イブニングセミナー(第2回) 「鋼橋の耐震設計の基礎とその応用」第6編アーチ橋 http://library.jsce.or.jp/Image_DB/committee/steel_structure/book/57570/57570-0091.pdf
14 フリー百科事典ウィキペディア-トレッスル橋 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E6%A9%8B
15 KTI 川田グループ刊 川田技報 Vol.29 2010年「余部橋梁架替工事にみる橋梁技術の変遷」二羽淳一郎著 https://www.kawada.co.jp/technology/gihou/pdf/vol29/2901_02_01.pdf
16 富士さんぽ-富士山の傾斜角度 http://www.fujisanpo.com/data/data_room/gradient.html

各文献とも 閲覧日 令和4(2022).6.17

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