見出し画像

Werd' ich zum Augenblick sagen: Verweile doch! Du bist so Schön! 真矢クロ契約書を解読する

ようしん
https://twitter.com/dolowa1871


1.本論について

 「魂のレヴュー」の冒頭に登場する、天堂真矢がサインをした契約書(以下「クロディーヌ契約書」)の内容を実在する悪魔との契約書(以下「ユルバン契約書」)を元に解読する。更にレヴューの元ネタのひとつと思われる、ゲーテ『ファウスト』(以下『戯曲ファウスト』)を交えて考察を行う。

2.クロディーヌ契約書の内容について

 実在した悪魔との契約書を調べたところ、17世紀の聖職者、ユルバン・グランディエ(*1)が悪魔と交わしたユルバン契約書が出てきた。

 それが図1に示したもので、BDをお持ちの方にはぜひ比較して欲しいが、クロディーヌ契約書はユルバン契約書を殆どそのまま使っている。明らかに参考にしたといえるだろう(*2)。

図1 ユルバン契約書(*a)

 ユルバン契約書は反転したラテン語で書かれており、英訳したものがWikipediaに掲載されている。長いのでここには載せないが、興味がある方は読んでもらいたい。かいつまむと、神への信仰を捨てて日に3回、悪魔に祈りを捧げ、できる限りの悪事を行う。その代わりに20年間を悪魔の力で幸せに過ごす事を約束する、という内容だ。図1の下半分に書いてある絵とも文字ともつかないものが契約に関わった6人の悪魔の署名だという(*3)。悪魔との契約の文言としてはポピュラーなもので、特に期限が設定されているのは『戯曲ファウスト』の元になった『ファウスト伝説』(*4)にも登場する要素だ。

 悪魔と契約したとされる事例は中世以降しばしばあったとされる。しかし、契約書の現物が残っているのはユルバン・グランディエが交わしたこの件くらいで、ユルバン契約書が貴重とされる所以である。なお、ユルバン・グランディエはこの協定が動かぬ証拠となり、1634年に火炙りになった(*5)(*6)。

 続いて、クロディーヌ契約書とユルバン契約書を比較する。全体の雰囲気は似ているが、クロディーヌ契約書には花と星のマークやポジションゼロなどレヴュースタァライトを象徴するモチーフが追加されている他、文末には悪魔の署名の代わりに2人分の署名のようなものが書かれている。これが天堂真矢と西條クロディーヌのものであると状況的には推測できるが、確証はない。

 本文については図2の番号の通りに段落が入れ替わっている。番号が振られていない行はクロディーヌ契約書では使われていない。さらには図2の⑥の文頭がクロディーヌ契約書には無いのを始め、一部の文節が削られている。

図2 図1の抜粋拡大へ指示番号を添加(筆者作成)

 このように、クロディーヌ契約書は文の入れ替えや文節の削除があるため、ユルバン契約書のように反転しラテン語に翻訳しても意味のある文章になるとは考えにくい。また、ユルバン契約書の文をそのまま使っているため、新しい内容が足されている訳ではない。このことから、クロディーヌ契約書の文面そのものにはほとんど意味はないといえる。


*1 Urbain Grandier(1590-1634): フランスの聖職者

*2 twitter上でruko(@rukoou)氏が同様にユルバン契約書が元ではないかと紹介している→下部(*b)参照

*3 悪魔の署名の内、図2のAで示したものが楽器のハーディガーディに見える。ハーディガーディというとヒエロニムス・ボッス『快楽の園』の音楽地獄にも登場する。悪魔と関係する楽器なのだろうか。知っている人がいたら教えて欲しい。

*4 錬金術師ファウスト博士は世の中に絶望する。そこに悪魔メフィストフェレスが現れ、悪魔の力のかわりに魂を頂くという。これに乗ったファウストは悪魔と契約し、この世の楽しみと知識を味わう。そして24年の期限の日、メフィストフェレスに首をへし折られて地獄へ連れて行かれるという物語。様々なバージョンが存在する。

*5 この事件の顛末をケン・ラッセル監督が映画『肉体の悪魔』(1971年)で描いている。古川監督は映画好きなので観てみたらもしかしたら発見があるかも知れないが、日本語版がVHSまでしか出ていない。

*6 悪魔の書いた文書というと不思議な感じがするが、こういった類の物は世界中にある。悪魔の力を得て、一晩でぶ厚い写本を完成させたお礼にでかでかと悪魔の姿を描いた「ギガス写本」。日本にも疫病神や天狗が疫病の終息を約束したと言われる「詫び証文」などがある。

3.ファウストとの関わり

 では、スタッフは単なる小道具としてユルバン契約書を改変して、意味のないクロディーヌ契約書を作成したのだろうか。筆者の答えは否だ。クロディーヌ契約書には「意味がない」という点に意味を持たせていると考えている。それを魂のレヴューの元ネタのひとつであろう『戯曲ファウスト』を交えて説明したい。

ファウスト 
(略) もしとっさにいったとする、時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい──もし、そんな言葉がこの口から洩れたら、すぐさま鎖につなぐがいい。よろこんで滅びてゆこう。
(略)
メフィスト 
(略) あとあとのために書いたものが欲しい。
ファウスト
うるさい男だな。書きものを取ってどうしようというのだ。男と男で約束をかわした事がないのかね。ひとたびこの口から出たからには、永遠にその言葉に縛られている。(略)
メフィスト
(略) ちょっとした紙切れでいい。血のひとたらしで署名をねがいたい。

池内紀、『ファウスト』、98P~100Pより


 引用は劇中でファウスト博士と悪魔メフィストフェレスが契約を行うシーンである。内容はいたってシンプルで、メフィストフェレスが地上でファウストに尽くす代わりに

「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」

池内紀、『ファウスト』、98pより


とファウストが言った瞬間、地獄へ連れていかれるという内容だ。ユルバン契約書や『ファウスト伝説』にあるような20年、あるいは24年期限という条件も無くなっている。特筆すべきは、紙で書いた契約書も用意されるが、これは「血のひとたらしで署名」するためだけに存在している点だ。契約の重心はあくまでも「紙」ではなく「口約束」にあるのだ。

 この後、メフィストフェレスは約束を律儀に守り、ファウストに力を貸し続ける。そして、盲目になったファウストがうっかり約束の言葉を口にした時、魂を地獄に連れて行こうとする。契約書の内容を曲解してファウストを嵌めるのではなく、ファウストが心の底から油断するまで辛抱強く待っていたのである。このように『戯曲ファウスト』では契約書の書面よりも両者の納得を重視しているといえるだろう。

 これと同じく魂のレヴューでも、西條クロディーヌが「最高のキラめき」を天堂真矢に見せる代わりに「魂を頂く」事を口約束する。そして、天堂真矢はクロディーヌ契約書に赤でイニシャルのTともポジションゼロともつかない署名をする。

 かくして賭けは成立し、西條クロディーヌは一度星を弾かれるが、両者は納得していないためレヴューは終わらない。そして、天堂真矢が心底西條クロディーヌを美しいと思った瞬間、天堂真矢の星が弾かれレヴューは終了する。

 両者の納得を以て悪魔に魂を奪われる、という点において『戯曲ファウスト』と魂のレヴューは同じ構造にあるだろう。このことから、クロディーヌ契約書も『戯曲ファウスト』の契約書と同じく署名以上の価値がないため、わざと文面を意味のないものにしていると筆者は考える。

4. 蛇足

 『戯曲ファウスト』では、「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と言った時が悪魔メフィストフェレスに魂を奪われる時としている。この台詞の「おまえ」とはグレートヒェン(*7)ではなく、その前の「時間」そのものを指している。即ち「この一瞬が永遠に続いて欲しい」と思った途端に賭けに負けるのだ。ここで何か思い出すことはないだろうか。『美しき人 或いは其れは』の歌詞で

「いつまでもいつまでも 剣を交えていたくて」

とある。実はこのパートを天堂真矢が歌った時点で、レヴューの決着はついていたのかもしれない。


*7 『戯曲ファウスト』のヒロイン。ファウストとの子供を身ごもるが、婚前交渉と嬰児殺しの罪で処刑される。最後は信仰心によってファウストの魂を救う。

5.結論

 魂のレヴューに登場するクロディーヌ契約書は17世紀の聖職者ユルバン・グランディエが悪魔と交わしたユルバン契約書を元にしていることが分かった。クロディーヌ契約書はユルバン契約書の文章を組み替えただけなので、内容そのものに意味はない。しかし『戯曲ファウスト』における、口約束を重視して契約書は署名以上の価値がないという構造を踏襲しており、わざと意味がないように作ったといえる。

参考文献

  • ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ著、池内紀訳、『ファウスト 第一部』、2004年、集英社文庫

  • ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ著、池内紀訳、『ファウスト 第二部』、2004年、集英社文庫

  • 池内紀、『悪魔の話』、2013年、講談社学術文庫

参考サイト

*a  https://commons.wikimedia.org/wiki/File:UrbainPact2.jpg
File:UrbainPact2.jpg、ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)、
2022/2/21最終更新、2022/3/29閲覧 パブリックドメイン

*b https://twitter.com/rukoou/status/1522833351257825283、ruko@rukoou、2022/5/7最終更新、2022/5/15閲覧

http://e-trans.d2.r-cms.jp/topics_detail31/id=1277、日本のドイツ学と「ファウスト」- 川村 清夫、プロ翻訳者のためのデジタルマガジン WEB版The Professional Translator、2013/03/10最終更新、2022/3/29閲覧

https://en.wikipedia.org/wiki/Urbain_Grandier?uselang=ja、UrbainGrandier、Wikipedia、2022/2/11最終更新、2022/3/29閲覧

著者コメント(2022/10/10)

 こんにちは、ようしんと申します。論文というかレポートを書くのはしばらくぶりなので変なところも多いと思いますがご容赦ください。ついでに言えば文学研究どころかゲーテも今回初めて読んだので学術的に大分怪しいと思います。また、ゲーテで書いてらっしゃる方もいるらしく更に緊張しています。あ~怖いな~~
 ところでタイトルは「時間よ止まれ、お前はいかにも美しい」の原文です。名台詞という事で「マイン ナーメ イスト ドラえもん」の次
に私が空で言えるドイツ語になりました。
 最後に、好きな事でお堅い文章を書くのは楽しいですね。こんな場を設けてくださったさぼてんぐさんに感謝します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?