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『私たちはもう舞台の上』楽曲分析

遺失物届
https://isitsutbustu-todoke.hatenablog.com/


1 序論

1-1 概要

 スタァライト九九組による楽曲『私たちはもう舞台の上』は後世に残る名曲である。

1-2 目的・動機

 本稿ではスタァライト九九組による楽曲『私たちはもう舞台の上』を分析する。楽曲については後に詳述するが、ここで大まかに説明したい。『私たちはもう舞台の上』は映画『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の主題歌として制作されたものである。筆者は2021年6月にこの作品を観劇して衝撃を受けた。それを文章へ昇華したいと考え、今回の企画へ寄稿するに至った次第である。作品本編の分析は他の素晴らしい寄稿者に任せるとして、自らが少しでも詳しい音楽という観点から書くことができないかと考えた。その題材として、主題歌の分析をすることにした。

1-3 方法

 『私たちはもう舞台の上』は歌曲であり、曲と歌詞という要素に分解できる。本稿では、大きくこの2点に分けて分析を進めていく。曲においては全体の構成、コード進行、旋律などについて分析する。歌詞は内容について述べる。以下歌詞は『私たちはもう舞台の上』歌詞カード、楽譜は『「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」スコア集』、コード進行は同エレキギターパートを参考として進める。

1-4 『私たちはもう舞台の上』について

 分析を行う前に、本楽曲について述べたい。歌手はスタァライト九九組の9人、作編曲は佐藤純一氏と本多友紀氏である。

 佐藤は音楽家であり、バンド「fhána」のリーダー・メインソングライターとしても活動している。他に担当した楽曲としてfhána『青空のラプソディ』(TVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』オープニング)などがある。スタァライトには『再生讃美曲』の作曲から関わっている。本多は前奏部分を担当している。Arte Refact所属の作曲家であり、『あんさんぶるスターズ!』の楽曲制作などを行っている。スタァライト九九組のデビューシングル楽曲『Star Divine』やTVシリーズのオープニングである『星のダイアローグ』の作曲など、スタァライトの看板楽曲を手掛けている。作詞は中村彼方氏である。中村はアニメ『けいおん!』から韓流アイドル「少女時代」まで、様々なアーティストの詞を担当している作詞家である。スタァライト関連楽曲(舞台楽曲を除く)全ての歌詞を一手に引き受けるほか、『戯曲 スタァライト』のストーリー草案や楽曲『舞台裏のレヴュー』の作曲(本多と共作)も手掛けている。

 この楽曲は「令和3年アニソン大賞」において編曲賞を受賞した。なお、映画本編のエンディングで流れるものは『私たちはもう舞台の上 (movie ver.)』であり、一部分が省略されたものとなっている(*1)。


*1 movie verではイントロが省略され序奏からすぐAメロに入り、2番が省略されて1番が終わったのちすぐにCメロに入っている。またアウトロも短く、序奏にスネアドラムがある点が異なっている。

2 本論

2-1 曲について

2-1-1 構成について

 本楽曲の構成について分析する。この楽曲は、序奏→イントロ→1番Aメロ→1番Bメロ→1番サビ→間奏→2番Aメロ→2番Bメロ→2番サビ→Cメロ→ラスサビ→アウトロという構成になっている。この構成は一般的な歌曲で多用される、王道のものであると言える。王道から少し外れた特徴的な点をひとつ挙げると、序奏がある点である。「WOW 果てなき空」から「おそれずに進め」までの部分がそれに該当する。この部分のみBPMが異なり、そして作曲も佐藤ではなく本多が担当している。あとの部分は最後まで全パート一定のBPMで進んでいく。序奏について次項で述べる。

  • ラスサビ:ラストのサビ、楽曲における最後のサビのこと。

  • BPM: テンポ。beats per miniteの略で、1分間の拍数を表す。例えば一般的な秒針が動くテンポはBPM60となる。

2-1-2 序奏について

 序奏のBPMは140であり、それ以降は124で進むため少し速い。スネアドラムによる表拍の強調された刻みは荘厳な雰囲気を醸し、楽曲が始まる期待感を高めている。実際に『私たちはもう舞台の上(movie ver.)』においては、スネアドラムの独奏から楽曲が始まる。

 映画のラストシーンにおいてひかりは「じゃあ探しに行きなさいよ。次の舞台、次の役を」と言う。華恋は「うん」と返し、画面は暗転する。そこからスネアドラムの独奏で楽曲が始まる。この演出は次の舞台が始まることを予感させる。この序奏は楽曲、ひいては新しい舞台の始まりを引き立てるものとなっている。

2-1-3 転調について

 本楽曲におけるもうひとつの特徴的な点として、転調の多用が挙げられる。曲には調というものがある。カラオケのキーを想像してもらうと分かりやすいだろう。カラオケにおいてキーをひとつ上げると楽曲の調は半音上がり、ひとつ下げると半音下がる。同じ楽曲のなかで調が移動することを転調という。一般的なポップスにおいて、転調が頻繁に行われることは少ない。しかし『私たちはもう舞台の上』においてはこれが多用されている。図1では、楽曲における調の移り変わりを示している。

図1 『私たちはもう舞台の上』の転調(筆者の資料をもとに主催が作成)

 基本的にはサビのタイミングでDmajからBmajに転調し、サビ終わりに再びDmajに転調している。ここにおける転調は短三度転調と呼ばれるものである。DとBは短三度の関係にあり、そこを行き来する転調が行われている。

図2 Cメロの譜例(12-B.が作成した譜例に主催が加筆)

 Cメロについては、少し複雑な構造となっている。図2に示したものは12-B.氏に作成して頂いたものであり、説明の都合上簡略化した表記になっている。「進もう~何度も何度も」まではサビの流れを引き継いでBmajのままとなっている。ここからイントロに一度戻り「Hey! リズムに合わせて」からDmajへと短三度転調をする。これが図2の1小節目である。そうして「飛び出そう 思い切り踏み出して」という歌詞が入って次第に盛り上がっていき、「ハジマリはキラめくよ」までそのままの調で進む。これが4段目の1小節目までである。

 このあとE/F#→F#→F/G→Gとコードが移り変わっていく。DmajにおけるⅢの和音はF#mであり、それをメジャーにしたF#はBmajにおけるVの和音である。これが何を意味するかというと、この部分でもう一度Bmajへと短三度転調を行っているのだ。次のF/G→Gでは、「キラめく」の2回目を歌っている。ここにおけるGはCmajにおけるVの和音であり、DmajにおけるⅣの和音でもある。そのあとに続く「まぶしいからきっと見えないんだ」で入っていくラスサビ、すなわち図における最後の小節はCmajである。ここでVの和音であるGを鳴らすことで、Cmajへの半音上の転調を準備していることになる。まとめると、CメロではBmaj(飛び出そう~)→Dmaj(Hey! リズムに~)→Bmaj(キラめく①)→Cmaj(キラめく②)という転調を行っているということになる。

 また図1に戻る。アウトロではE♭majになるが、これはCmajから短三度上への転調を行っている。そうして曲は華々しく終わる。以上を見ると複雑なように見えるが、基本的には短三度転調が多用されている曲であるといえる。

 この転調がどのような効果を果たしているかを考える。うちやま作曲教室『「短3度転調」の詳細と実例について|同主調平行調または平行調同主調への転調』によると

「短3度転調は、いくつかある転調の手法の中で適度なインパクトと扱いやすさをあわせ持ったものだとされています。」

うちやま作曲教室「「短3 度転調」の詳細と実例について
|同主調平行調または平行調同主調への転調」,
https://sakkyoku.info/theory/modulation-minor-third/

との解説がある。ラスサビで半音上に転調する、という手法はよく見られる。しかしこの曲ではサビに入る度に短三度転調を行い、ラスサビではそれまでの短三度転調に加えBmajからCmajと半音上への転調が行われている。サビに入るときの盛り上がりを増長させ、サビが終わったあとの「次の舞台へと進んでいく感じ」を演出する上で、転調が大きな役割を果たしているといえる。

  • 調:調には大きく分けて2つのものがある。長調すなわちメジャー(maj)、短調すなわちマイナー(min)である。前者は明るい印象を与え、後者は暗い印象を与える。これと音名を用いることで調は表記される。ここではアルファベットを用いて音名を表記している。例えば「D maj」であればピアノの鍵盤でいうレの音から始まる長調を表す。

  • 短三度:半音3つ分離れた音のこと。

  • コード:同時に鳴らす2つ以上の音のこと。和音ともいう。原則として、調に含まれている音同士を鳴らすことが多いが、敢えて外すことで引っ掛かりを作ることもある。譜面上で、単に「C」と表されたコードは、ピアノだと音が低い順に「ドミソ」を鳴らした和音を示す。「F/G」のように表されている場合は、「F」の和音「ファラド」に「G」の基準音である「ソ」を加えたものを示し、「F」の次に「G」を鳴らしたいときにいい感じに響きを変えるための緩衝材のような役割を果たす。これを分数コードという。

  • Vの和音:ダイアトニックスケール(全音階、ドレミファソラシのこと)において相性のよい7つのコードをダイアトニックコードという。Vとはローマ数字における5のことであり、Vの和音とは音階の低い順から並べたときの5番目の和音である。Ⅲの和音、Ⅳの和音も同様である。Vの和音はスケールの1番目、すなわち調の名前となる音へ向かいやすい性質を持っている。

2-1-4 コード進行について

 楽曲におけるコード進行について考える。ここでは、ベースとなる一番低い音の動きについて述べる。図3に示したのは1番Aメロにおけるコード進行を筆者が打ち込んだものである。最初からだんだんとベースにある音が下降する進行になっている。

図3 Aメロのコード進行(筆者が作成)

一方で図4に示したように、Bメロではベースの音がだんだんと上昇する箇所がある。進行には分数コードが用いられており、ベースの動きが円滑になるよう工夫されている。Bメロにおける上昇はサビへの高まりを醸す役割があるといえる。そうして高められた末にサビで短三度転調することで、とても心地よい解放感を得ることができるのである。

図4 Bメロのコード進行(筆者が作成)
  • 分数コード:「F/G」など分数のように表記される和音。通常の和音に加えてさらに低い音が加わっているもの。

2-1-5 旋律と譜割りについて

 以上に述べたような伴奏に、歌詞を乗せた旋律が合わさっている。この旋律について述べる。イントロの「Hey! リズムに合わせて」からの掛け声は「リズムに」「踊るように」などの16分の連符が多く、弾むような歌い方が合うリズムとなっている。そしてAメロに入ると長めの音符が多く、流れるような歌い方が合うようになる。「(もう)閉じ込められない」「(景色を)見てるかな」の部分は4分音符ひとつにつき1音が当てられており、これもゆったりとした譜割りとなっている。Bメロに入ると、フレーズの始めを4拍目の裏拍に位置させるようになっている。例えば「折り目をつけた台本には」の「折り」は16分音符で4拍目の裏拍に位置し、「目を」の「目」が小節の頭に来る。このように16分音符が増え、フレーズの頭にアクセントが入ることで、Aメロと比較して弾むようなリズムになっている。そうしてサビへ入る。図5は筆者が耳コピして打ち込んだサビの旋律である。囲った部分は「まぶしいから~丁寧に合わす衣装のように」までである。いちど低くなってから、最後が最も高くなるような音程となっている。ひとつのサビの中で低めの部分と高めの部分があるが、その緩急を歌いこなすスタァライト九九組の歌唱力が遺憾なく発揮されているといえるだろう。

図5 サビの旋律(筆者が作成)

2-1-6 曲についてのまとめ

 『私たちはもう舞台の上』は、序奏を生かしつつ王道の構成をとり、転調の多用やコード進行・旋律を生かして緩急がつけられた楽曲である。

2-2 歌詞について

2-2-1 「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」について

 この楽曲の歌詞において重要となるのは

「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」

というフレーズである。歌詞においては2回登場する。そして劇場版パンフレットの裏表紙にもこの文言は刻まれている(パンフレット裏表紙では「眩しいから」と漢字表記になっている)。ここからもこのフレーズの重要性が読み取れる。しかし、劇中においてこの言葉、あるいは準ずる台詞は出てこない。劇中では出てこないが、主題歌において示されるのがこのフレーズである。対して「私たちはもう舞台の上」というフレーズは劇場版ポスター・作中などでも繰り返し言及されるのだが、曲の歌詞には登場しない。あくまで主題歌のタイトルというのみである。その点でこの2つは対比される。

 「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」というフレーズの意味するところについて考える。これは彼女たちの未来について述べていると考えられる。「行き先」が見えないという状況に対しそれが「まぶしいから」だ、と希望を持って宣言する。これは劇場版で「私たちはもう舞台の上」であることを自覚し、次の舞台へと歩みを進めた九九組の9人を象徴するような言葉である。「行き先」は劇中では示されない。この曲が流れるエンドロールの映像に挿入されるイラスト、そしてその後の華恋がオーディションを受けている短い映像ではじめてそれぞれの「行き先」が示される。その点において、「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」という言葉が劇中で示されないのは当然のことであろう。エンドロールでこの言葉が堂々と歌い上げられ「行き先」が示されることで、映画は完結するのである。

 この重要なフレーズが綺麗に旋律にのせられている。「まぶしいから」を高い音程に乗せ、「きっと見えないんだ」で一度音程が下がって「私たちの行き先」へと再び上がっていく。この抑揚のつけ方は言葉の含むニュアンスと呼応し、全体的に口ずさみやすい旋律となっている。

2-2-2 歌い分けと歌詞について

 そして、この楽曲は9人が歌うためそれぞれが歌うパートがある。この歌い分けと歌詞の意味付けにも工夫が見られる。すべてにおいてそれを解説すると膨大なものとなるため、一例を紹介する。1番のBメロには

「折り目をつけた台本には 新しいことは何もなくて/台詞はとうに馴染んでるから/閉じてしまってもいっか」

という歌詞がある。この「閉じてしまってもいっか」の部分をななが歌っている。この部分をななが歌い上げることには意味がある。すなわちTVアニメシリーズ本編やロンド・ロンド・ロンドで述べられた第99回聖翔祭の再演、それが終わって次へと踏み出した彼女の背景が紐づけられている。劇中でも

「終わったのかもしれない、私の再演が」

という台詞がある。次の舞台を見つけたからこそ、ななは堂々と「折り目をつけた台本」を「閉じてしまってもいっか」と言い放つことができる。そのような意味のある歌い分けだと分かる。

 また、2番のAメロでは

「ひとりにひとつずつ 役があるなんて」

と真矢が歌っている。これも、真矢が歌うからこそ意味を持つ部分である。劇中において彼女は自らを「空っぽの神の器」と称し、ゆえにひとりでどのような役でも演じられると述べる。それは西條クロディーヌとの「魂のレヴュー」によって覆されるのだが、そうして自らが欲深いひとりの人間であると自覚したからこそ、彼女は「ひとりにひとつずつ 役がある」と歌うことができる。また、劇場版における彼女の口上には「輝くチャンスは不平等」「天上天下 唯我独煌」「奈落で見上げろ 私がスタァだ」とあり、彼女が絶対的な自信のもとに自らを一番だとしている姿勢が表れている。ひとりひとりの役というものを認めるに至った真矢の変化を、この歌詞からは感じることができる。旋律との関連性からも「ひとり」「ひとつ」を並べることによる語感の良さ、「役があるなんて」の「や」と「あ」と「な」と「A」の母音を多用することによる押韻で、滑らかな旋律、のびのびとした彼女の歌声が合わさり心地よく聴くことができるのである。

 他にも挙げると枚挙に暇がないが、このような歌いわけと歌詞の対応がなされている。しっかりと歌詞に意味を持たせつつ、一方で違和感なく旋律に割り当てる。この譜割りと意味のバランスを調節する技巧が、絶妙になされている素晴らしい歌詞である。

2-2-3 アウトロについて

 最後に、アウトロについて述べる。この楽曲のアウトロにおいては、3つのパートが同時に歌われるという構造になっている。①華恋パート、②ひかりパート、③コーラスパートである。①は「波打つ心に歌を まぶしい未来に夢を」「踏み出す一歩に勇気を」と続いていく。②は「たくさんの光届けるよ 一等星の明るさで/だからきっと見つけてね 明日もあさってもずっと」と続く。③は「Hey! リズムに合わせて手を叩こう」というイントロの歌詞である。この3 つが同時に歌われ、複雑に響いている。

 まず歌詞に着目する。①と②は掛け合うようになっており、歌詞の意味に直接的な関連性はない。しかし①は「踏み出す一歩に勇気を」とあるように踏み出していく華恋の姿を映し出しているようである。②は歌詞に「光」とあり、「だからきっと見つけてね」と遠くから歌いかけるようになっている。最終的に3つのパートは「LALALA」で合流して楽曲が終わる。この分岐と収束はそれぞれの舞台へと進んだ彼女たち、しかし消えない繋がりを象徴しているようなものになっている。エンドロールの映像においても、最後は離れた2つの星が画面の下方で合流して終わる。これも象徴的である。それら3つの複雑な響きにより、彼女たちの声が溢れ、希望に満ちて収束していく終わり方を演出している。この聴きやすいミックスのバランスや、歌詞の重ね合わせも刮目すべき箇所である。

2-2-4 歌詞のまとめ

 『私たちはもう舞台の上』の歌詞は「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」という九九組の未来を象徴するフレーズが中心にある。そして歌い分けに対応した意味を持たせつつ、歌詞の聴きやすさを損なわないよう旋律へ割り当てる技巧が奇跡的なバランスで生かされているのである。

3 結論

 『私たちはもう舞台の上』は音楽面において短三度転調を多用し、コード進行や旋律の変化と共に雰囲気を盛り上げつつ展開を魅せている。歌詞においては「まぶしいからきっと見えないんだ/私たちの行き先」というフレーズが強調され、9人それぞれの歌い分けに応じた意味を歌詞にのせる技巧が冴えわたっている。

 これらの曲、歌詞、演奏、九九組の歌唱が渾然一体となって『私たちはもう舞台の上』は名曲となっている。本曲はアニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の集大成ともいえる劇場版、その有終の美を飾る楽曲であり作品本編と同様に後世に語り継がれる名曲として残るだろう。楽曲に携わった方々は勿論の事、劇場版に限らず『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』を作り上げているすべての方々に、最大限の敬意を表したい。

参考文献

HORIPRO Music division「佐藤純一」, https://horipro-music.jp/creator_member/01_sp7_satojunichi/

KANATA NAKAMURA Official Web Site「WORKS」, http://kanatanakamura.com/works/

Arte Refact「本多友紀」, http://www.arte-refact.com/creator/yuki_honda/

「私たちはもう舞台の上」歌詞カード

うちやま作曲教室「「短3度転調」の詳細と実例について|同主調平行調または平行調同主調への転調」, https://sakkyoku.info/theory/modulation-minor-third/

フロクロ氏のツイート, 
https://twitter.com/2r96/status/1413864676232859650?s=20&t=_ydBnXMrgkYySCPlezlTiA

パンフレット「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」,2021,ブシロード
「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」スコア集,2022,株式会社ポニーキャニオン,199-230

以上、すべて最終閲覧日は2022年4月6日。

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