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劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライトにおける宝塚歌劇の要素

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1.はじめに

 宝塚歌劇団(以下、宝塚)と『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(以下、劇場版)の類似点を宝塚の歴史、演目、独特な文化から多岐にわたって解説する。新国立第一歌劇団(以下、新国立)考察・聖翔音楽学園(以下、聖翔)考察の一助となれば幸いである。

 文末別記事に頻出宝塚用語を掲載しているので、本文を読む前にそちらに目を通してもらうと理解が早まるかもしれない。また、頻出宝塚用語で説明している言葉が本文中に登場する場合は肩にいろは後ろに★を付けているので、読み進める中で疑問符が浮かんだ場合にその都度文末をご参照いただく、というのでも構わない。

2.聖翔音楽学園と宝塚音楽学校

 聖翔音楽学園と宝塚音楽学校(以下、音校★)の類似を紐解くために、まずは「宝塚歌劇」の歴史について簡単に述べる。そもそも「宝塚歌劇団」の「宝塚」とは土地名である。「宝塚」は兵庫県宝塚市に本拠地を置く歌劇団なのだ。しかしながら、「宝塚」は「歌劇団を作ろう」という目的があって設立された訳ではない。その歴史は失敗した事業の穴を埋める目的で幕を開ける。

 1910年、箕面電車(その後の阪急電車)が開業し、その沿線に家族向けの温泉施設として1911年に「宝塚新温泉」が開業した。1912年7月には「パラダイス」という洋館の娯楽場を増設。ここには室内プールがあったのだが、水が冷たいなどの問題により不評で経営が立ち行かなくなってしまった。このプールを舞台に改装し、公演を実施するため1913年に組織されたのが「宝塚唱歌隊」である。そして1914年、記念すべき第1回公演『ドンブラコ』(*1)が実施される。当初は温泉招致のため男性向けの催しが行われていたが、ここから180度方向転換して子供や女性向けの催しとしての少女歌劇が発展していく。この方向転換は決して唐突なものではなく、小林一三(箕面電車の創業者であり、宝塚新温泉の設置を決定した)の「新温泉構想」には、男性のみならず女性や子供、すなわち家族連れの誘致策(*2)がその基本に据えられていたのだ。1918年、「宝塚音楽歌劇学校」の設立認可が文部省から下りた。これによって唱歌隊が学校という形をとるようになると、その生徒と卒業生によって宝塚少女歌劇団が組織された。(ちなみに、小林一三は良家の娘を預かり良妻賢母の一助となる教育を施すことを目的にしており、宝塚の「女優」という表現ではなく「生徒」★という表現を用いた。)音校は1939年に「宝塚音楽舞踊学校」、1946年に「宝塚音楽学校」へと改称され、様々な学則改定を経て現在に至る。

 一方、聖翔は、1918年設立、2018年に100周年を迎えることになると作中に描かれている。宝塚歌劇団は初めて公演が行われた1914年を軸に周年行事などを数えているが、音校としての成立は1918年であり、聖翔の設立年と合致する。 

 音校は中卒~高卒までの4年間受験資格があり、予科と本科の2年制でバレエ、声楽、ピラティス、日本舞踊など舞台人として必要な実技や教養を身につけるためのカリキュラムに生徒が取り組む。音校では講堂を使用した授業や座学以外はA組B組に分かれてクラス別に授業を受ける。一方、聖翔は3年制の高等学校であり、A組は俳優志望、B組は裏方志望が所属する。聖翔のA組B組はおそらく音校のクラス分けを参考にしたものだろう。聖翔の俳優育成科の定員が30名なのに対し音校の合格最大人数は40名(2007年度受験〜)で、過去には50名や70名の時期もあった。

 その他の類似点としては、劇場版で露崎まひるが101期生に説明していた教室移動が挙げられる。音校でも実際に日本舞踊の授業後、着替えて声楽の授業に移動しなければならない時間割が組まれている。授業間の休み時間は15分。着替えもそうだが教室の場所も隣り合わせというわけではないので、その短時間で着替え+移動をこなさなければならない。これは実際に舞台に立つ際、場面ごとに着替えて違う袖から出ていく早着替えの予備練習も兼ねている。図1に音校のホームページで公表されている時間割を示す。その授業の多様さも聖翔との類似点と言えるだろう。

図1 宝塚音楽学校時間割(宝塚音楽学校ホームページより)
2022年3月14日閲覧, http://www. tms.ac.jp/school_life/curriculum.html

 そして、聖翔の制服とジャージは音校をモデルにしていると明言されている(*3)。特にジャージはほとんど同じと言っても過言ではない(図2)。聖翔のジャージの円は、音校では赤い名札と青い名札を制服★やジャージにつけることもあり、おそらくその名札がデザインに流用されたものと思われる。

図2 制服のイメージ図(これ以降、全ての図は筆者が作成)

 音校の授業やすみれ売り★等で着用する和装に関しては男役★娘役★志望に関係なく個人の趣味で選ぶことが出来る。

 ここまで聖翔と音校の類似点を述べてきたが、音校はあくまでも宝塚の舞台に立つ生徒を育成する学校であり、裏方の育成は行っていない。これは明らかな相違点である。

 なお、聖翔大劇場は宝塚の本拠地である兵庫県宝塚市にある宝塚大劇場(以下、ムラ★)のリニューアル前のメイン入口がモデルではないかと言われているが、このメイン入口は2014年に宝塚歌劇100周年を記念し、大規模なリニューアル工事が行われたため、現存しない。


*1 『宝塚歌劇華麗なる100年』朝日新聞出版、2014。この話をスタァライトオタクの知人にしたところ、オンライン舞台の演目が「桃太郎」だったということで驚きと恐怖を植え付けてしまった。

*2 「宝塚」のチケット代が帝劇などのミュージカルやオペラと比べて安価なのは、この小林一三の理念に由来する。「宝塚」設立当時、演劇・オペラは文化人の嗜みという要素が強かったが、小林一三はこれを大衆が楽しめる娯楽にしようと考えたのだ。現在の本拠地周辺は歌劇団が残るのみだが、かつては動物園や遊園地があり、温泉を含め休日に家族で訪れて一日中楽しめる土地だった。
 2022年5月現在のチケット代: SS席/12,500円、S席/ ムラ8,800円・東
宝9,500円、A席/5,500円、B席/3,500円、2階最後列/ ムラ2,000円・
東宝2,500円、立見席/ ムラ2,500円・東宝1,500円

*3 Twitter 胃の中ツイート及び古川知宏リプライ、2022年3月14日閲覧

3.宝塚音楽学校の倍率と新国立第一歌劇団の倍率

 宝塚の舞台に立つための唯一の条件は音校の卒業生であることである。音校入学試験の最大倍率は蘭寿とむ、壮一帆などを輩出した82期生(1994年度受験)の48.2倍(*4)である。新国立の倍率は劇場版劇中で石動双葉の口から50倍だと語られている。現在の宝塚の倍率の平均値は27倍程度であることから新国立のハードルの高さがうかがえる。


*4 日刊スポーツ宝塚音楽学校の競争倍率 今世紀最少の17.4倍、2022年3月14日閲覧https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202103300000296.html

4.芸名について

 音校の本科の夏休みの宿題は芸名を考えることである。設立当時は百人一首などを由来にしていたが、現在はその限りではない。ただしこれまで在籍した生徒と被ってはならない、本名の苗字は使用してはならないなどの条件がある。なお、生徒が自身の下の名前から引用して芸名を考案することは可能である。踊りが得意な生徒は「舞」、歌が得意な生徒は「詩」「歌」などを名前に盛り込むことが多い(*5)。劇場版公開当初、「冴草千弦」「世奈歌純」「深見れいん」という広告記載の名前を見て、なんてそれらしい芸名だろうと感心したのだが、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト 再会Eyes~74th』に冴草千弦が登場し、本名であることが判明。このことにより、新国立は特別芸名をつける劇団ではない可能性が浮上した。


*5 芸名の逸話: 実家が寿司屋であった寿つかさは当初「寿司」という芸名を提出したが、あまりにもそのまますぎると却下された。極美慎も「極真」で提出したが極真空手すぎると却下された。希望が通らず再提出になることはままある出来事のようだ。

5.宝塚歌劇団と新国立第一歌劇団の車内広告

 宝塚のポスターは阪急電鉄車内でよく見ることができる。宝塚の本拠地周辺は阪急沿線の乗客誘致の一環で開発された地域である。阪急宝塚本線はムラへのアクセス路線であるため、日常的に宝塚のポスターが掲出されている。東京では有楽町や浜松町、秋葉原など東京宝塚劇場(以下、東宝★)付近の主要駅の看板広告で同じデザインのものを確認できる。

 さて、宝塚のポスターには一定の様式がある。3人並びのポスターの場合、演者がそれぞれ別の方向を向いている構図になりがちである(図3)。劇場版の『遙かなるエルドラド』の車内ポスターは、この様式の再現度が極めて高い(図4)。

図3 宝塚歌劇団のポスターイメージ
図4 『遙かなるエルドラド』ポスターイメージ

6.『遙かなるエルドラド』は『ベルサイユのばら』か

 宝塚といえば『ベルサイユのばら』(以下、『ベルばら』)(*6)を思い浮かべる人も多いだろう。日本で他に有名な劇団といえば、劇団四季がある。劇団四季は基本的にロングラン公演を行う劇団であるため、宝塚を思い描く際に同じく『ベルばら』がロングランされているのだと思う人もいるかもしれない。実際のところ『ベルばら』は宝塚にとって特別な作品であり、そう安々とは上演されない。『ベルばら』は1974年植田紳爾の脚本演出によって初上演された。発表当初は「オスカル様を汚さないで!」というような投書や剃刀の入った脅迫文が殺到したという(*7)。しかしいざ上演してみると、絢爛豪華な世界観の完全再現が話題になり、宝塚ブームを巻き起こした。初演から数年の間、再演を繰り返したのち『ベルばら』は、90周年、100周年と記念の年にスポンサーをつけて大々的に行う特別な演目へと変化していった。

 ここまで、いかに宝塚で『ベルサイユのばら』が大切な演目なのかを述べたが、劇場版における『遙かなるエルドラド』(以下、『エルドラド』)が新国立にとって『ベルばら』のような立ち位置の演目であると思われる根拠を挙げていきたい。以下は劇場版作中で天堂真矢が読んでいる『華劇』に記載されている『エルドラド』紹介記事の内容の書き起こし引用である。画像から読み取っているので完全ではないことを留意されたい。

 白浜茜?(??書店キネマコミックス刊)
 脚本演出 小出秀一郎
 父を追い落とした政敵を抹消し、父が成し遂げられなかった「エルドラドの発見の夢」を叶えるために、牙を隠してイスパニア提督へと上りつめたサルバトーレ。力を手に入れたサルバトーレは女王イザベラを抱いた翌朝、彼女の名を冠した「レイナ・イザベラ号」を強奪し、彼を慕う部下達と共にイスパニアを出奔。ヴェネツィアで復讐を果たし、遙かなエルドラドに向かう旅に出航する。
 サルバトーレ・グーリエ 冴草千弦
 アレハンドロ 深見れいん
 女王イザベラ 世奈歌純
 1989年の初演より、新国立第一歌劇団の代表作となったミュージカル『遙かなるエルドラド』、時代ごとに形を変えて上演されてきた不朽の名作が、最新版としていよいよ幕を上げる。
 『遙かなるエルドラド』は1982 年より刊行された白浜茜(?)原作の傑作少女漫画。まだ見ぬ黄金郷・エルドラドを目指すサルバトーレ・グーリエの野望に満ちた生き様に、彼に裏切られ、その航路を追跡するアレハンドロの執着や、二人の提督の間で揺れる王女イザベラの愛憎が絡み合う一大海洋歴史ロマン。時を超えて人々を魅了する永遠のダークヒーロー・サルバトーレに、冴草千弦が新たな息吹を吹き込む今作。ライバル役のアレハンドロに深見れいん、美しき王女イザベラを世奈歌純が演じ、レナード生崎(?)の重厚な名曲達が大海原に響き渡る。プロジェクションマッピングによる新しい海の表現と海戦シーンにも注目していただきたい

劇場版劇中『華劇』記事より引用

 この記事から『遙かなるエルドラド』が、「再演している作品」「新国立の代表作」であることがうかがえる。天堂真矢が新国立の説明をする際「100年の歴史を持ち」と発言しているが、劇中が2019年とすれば、1919年に新国立は設立されている可能性があり、99期生が観に行く『遙かなるエルドラド』は100周年に合わせた記念公演であると想像できる。また愛城華恋と大場ななの会話「華恋ちゃんは観たことあるの?」「うん! DVDではね」という発言から、再演そのものが久しぶりなのではないかと推察される。この条件に当てはまる作品はまさに『ベルばら』であろう。

 もうひとつ「空飛ぶんだよな、サルバトーレが!」という石動双葉の発言があるが、『ベルばら』においてもオスカルやアンドレが空を飛ぶ(図5)。馬車に乗った2人が飛んだり、ペガサスにまたがっていたりと形態は様々だが、その場面ではクレーン装置を駆使した演出で2階席の方が近いという異常事態が発生するのだ。おそらくサルバトーレが空を飛ぶ演出もこれに準じるものと推察される。また、宝塚の公演は毎回スポンサーがつくわけではないのだが『ベルばら』にはスポンサーがつく場合が多い。スポンサー付き公演は普段の公演よりも予算が潤沢であるため、このような突飛な舞台装置も稼働できるのである。『エルドラド』にも大日生命というスポンサーがついているので、衣装や舞台装置は新調されるものが多い公演であることが想像できる。

図5 『ベルサイユのばら』舞台装置イメージ

 さてここまでは『ベルばら』と『エルドラド』における要素の類似性を掘り下げたが、肝心の舞台の内容はどうだろうか。『エルドラド』は海洋ロマンであり、スペインが主な舞台となる。『ベルばら』はご存じの方も多いだろうが、フランスを舞台にした宮廷・革命ロマンである。したがって、内容は全く違う。『エルドラド』のモデルと思われる公演は別に存在している。2007年初演の星組公演『エル・アルコン-鷹-』である。以下は2020年に再演された際の公演概要だ。

 グランステージ
 『エル・アルコン-鷹-』
 ~青池保子原作『エル・アルコン-鷹-』『七つの海七つの空』より~
 原作: 青池 保子(秋田書店)
 脚本・演出/齋藤 吉正
 2007年、安蘭けいと遠野あすかを中心とした星組で上演された『エル・アルコン-鷹-』は、少女漫画界の重鎮・青池保子氏の代表作である二つの海洋活劇ロマン『エル・アルコン-鷹-』『七つの海七つの空』(秋田書店刊)をもとに構成された作品。イギリス海軍士官の名を捨て、スペインの無敵艦隊を率いて七つの海を制覇する夢を追うティリアン・パーシモンの野望に満ちた生き様を、彼に復讐を誓うイギリス海賊との対決やフランスの女海賊との愛憎を交えて描き上げた壮大な歴史ロマンです。寺嶋民哉氏によるドラマティックな名曲の数々が、ダーティーヒーローの活躍を鮮やかに彩るミュージカル作品の待望の再演に、どうぞご期待ください。

引用: 宝塚歌劇団ホームページ、2022年3月14日閲覧
https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2020/elhalcon/index.html

 この作品と『エルドラド』では、少女漫画が原作、海洋ロマン、既にあった地位を捨てる、2番手★格の役が主演の役に復讐を誓っている、ヒロインを抱く場面がある、外部作家による作曲…など被る要素が多い。『エル・アルコン』の再演は2019年の12月に発表されているため、劇場版の参考資料として使用された可能性は十分にある。余談だが、『エルドラド』の脚本演出である「小出秀一郎」はスタァライト副監督「小出卓史」と宝塚歌劇団演出家「小池修一郎」(*8)両氏の名前をジョイントした1粒で2度おいしい最強の小ネタであろう。


*6 池田理代子『ベルサイユのばら』集英社、1972 - 1973

*7 『宝塚歌劇 華麗なる世界 -花組・月組発足から100年-』TAKARAZUKA SKY STAGE、2021

*8 宝塚版、帝劇版『エリザベート』の潤色演出、『るろうに剣心』、『ポーの一族』脚本演出など、宝塚付きの演出家でありながら外部公演も多く作演している演出家。愛称は「イケコ」。稽古場ではバランスボールに座ってる。厳しい指導で有名。

7.新国立第一歌劇団の立地

 劇場版『スタァライト』で新国立が印象的に描かれるのは「皆殺しのレヴュー」前の電車移動のシーンであるが、都内の地理に明るくない人にとって、キリンが出現した場所を瞬時に理解することは困難だろう。和光時計台前の交差点(*9)は、銀座と言えばという場所ではあるが、東京近郊に住む人間以外には馴染みがない建物かもしれない。キリンの立っている場所を鑑みると、99期生が見学のために向かっていた新国立第一劇場は、こちらの世界では東宝★にあたる建物だ。チケット売り場の位置は明らかに異なるが、角地にあるなど、外観もなんとなく東宝を思わせる作りとなっている(図6)。

図6 東京宝塚劇場外観(帝国ホテル前より筆者が撮影)

 観劇ファンにとって、銀座という街は馴染み深い。銀座の中心地から10分ほどで帝国劇場、シアタークリエ、日生劇場、そして、東宝がある日比谷に行くことができる(図7)。また小中規模のお茶会せ) は銀座で行われることがある。宝塚観劇が金持ちにのみ許された趣味であるというレッテルは東宝が日比谷に所在する故に強化されているように思う。

図7 和光時計台から東京宝塚劇場までの地図

 また、劇場版スタァライト内の新国立第一劇場の劇場内はどちらかというとムラ★の雰囲気を感じる。劇団が東京に専門劇場を所有していること自体が稀有ではあるのだが、東京という限られた土地柄故、東宝は大変コンパクトなのだ。正直、新国立第一劇場の広さが羨ましいくらいである。新国立第一劇場は入場するとセンターに大きな階段があり、左右に通路がある。そ
して衣装展示などもされている様子が見受けられる。それに対して東宝は主題歌を演奏するグランドピアノと季節飾り、小林一三の胸像が置かれる程度にとどまっている。本拠地であるムラでさえ、衣装の展示をするスペースは劇場内にはなく、別途「宝塚歌劇の殿堂」★という展示室が設けられている。またキャトルレーヴ★という宝塚専門ショップが存在する。


*9 映画史的には和光時計台は1954年のゴジラによって破壊される建物であるため、象徴的な使い方の可能性もある。

8.スター制度と男役・娘役

 宝塚歌劇団といえば、男役★・娘役★、そしてスター制度であろう。『スタァライト』においては「スタァ」表記だが、宝塚においては「スター」と表記する。

 まずはスター制度から解説していきたい。宝塚には音校卒業時の成績順で入団する(技量などの理由により入団を認められないこともあるそうだが筆者は事例を知らない)。この時、ホームページで生徒の一覧が発表されるがその掲載順=成績順である。まずは初舞台公演★を行い、その後組★配属となる。組配属に成績は関係がなく、配属先で成績が偏る場合もある。そして、入団後は1年目、3年目、5年目に試験があり5年目の試験成績がその後の宝塚人生についてまわるのだ。この成績は『宝塚おとめ』★やホームページの掲載順はもちろんのこと、公演の役付にも関わってくる。

 では首席がトップスター★になるのかというとそういう単純な話ではない。逆に首席はトップになりにくいというジンクスがあるほどだ。成績という1つの基準はありつつも、それぞれのカリスマ性やキャラクターで大役の抜擢を受け、スターの路線に乗っていく。このスター制度こそが宝塚の面白さでもある。元星組トップスター紅ゆずるは入団時最下位に近い成績でありながら、親しみやすいキャラクターが人気を博しトップスターまで上り詰めた。反対に紅の元で2番手★を務め、その後任としてトップスターとなった礼真琴は、95期★首席で相手役でトップ娘役★の舞空瞳も102期首席という稀有なトップコンビだ。そうして育てられたスター候補の中からさらに、新人公演★の主演、バウホール★公演での主演、東上公演★での主演、カレンダーへの登場、ディナーショーを行うなど、様々なステップを踏みながらトップスターを目指す。

 しかしトップスターの条件と言われるこれらを全てクリアしたからといって確実にトップスターになれるわけではない点も醍醐味だ。『再会Eyes~ 74th』のコミカライズ版で冴草千弦がトップスタァであることが明言されているため(*10)、新国立にもスター制度自体は存在するのであろう。『スタァライト』における舞台少女たちがトップスタァに至るまでの道筋が宝塚に準じるのかは検証できないが、宝塚には様々な一喜一憂があることを知ってもらい何かの参考になれば幸いだ。

 そして宝塚歌劇団の最大の特徴は「未婚の女性のみ」で構成された劇団であるという点だ。そうなると必然的に「男役」を演じる女性と「娘役」を演じる女性が必要になる。音校時代は娘役から男役へ転向することも可能だが、入団後は男役が娘役に転向することはできても、娘役が男役に転向することはできない。基本的には本人の希望で選ぶことができるが大体は165cmがボーダーラインである。現役生徒の身長は157cm ~180cm。167cmなど男役としては小さいが娘役としては大きいといった場合、一旦男役で入団し、本人の顔立ちや適性で娘役に転向することはままある。『ME AND MY GIRL』のジャクリーンや『風と共に去りぬ』のスカーレットなどの力強い女性役を男役が演じることもある。またショーにおける男役の女装は人気場面だ。逆に主人公の幼少期役などの少年役や公家などの雅な身分の男性を娘役が演じることも珍しくない。こうした宝塚での性転換からしか得られない特別な栄養素が存在する。新国立に男役、娘役の身長によるボーダーがあるのかは不明だが、低身長である石動双葉は少年役の適性が十分にある。石動双葉は少年役といえば石動と言われるような人材になり得るだろう。

 宝塚の演目★は基本的にはトップスターを基準にあて書きで作られるため、その時の組子★だからこそ100%の魅力が発揮されるものであり、再演されることはほとんどない。ただし海外ミュージカルはその限りではなく、明日海りおが新人公演で主演を演じた『エリザベート』を5年後に再演するなど、トップスターの希望やトップスターの色を考慮した上で再演される場合もある。こうした大役を任されるというのは劇団の期待の表れだろう。『戯曲 スタァライト』は『スタァライト』の作中で、演劇に親しみのある人間にとっては馴染み深い作品であることが、TVアニメ版の演目発表場面から推察される。加えて劇場版『スタァライト』劇中のポスターのキャッチが「名作ミュージカル、ついに新国立第一劇場で!」であることから有名な戯曲でありながらも2006年になるまで新国立での上演がなかった、もしくはミュージカル版が出来たのが2000年代に入ってからであると考えることができる。ミュージカル『スタァライト』はポスターに版権表記が見受けられることから『エリザベート』のように海外の作品を新国立版として上演している可能性がある。『エリザベート』は本来タイトルロールであるエリザベートが主役の舞台であるが、宝塚版では「愛と死の輪舞」という副題をつけトートが主役の舞台に潤色されている。こうした例が現実にあることから、新国立が上演したミュージカル『スタァライト』は男役がトップに立つ新国立用に潤色されて上演された可能性も考えられる。しかし、『舞台#1』(*11)においてフローラとクレールが本来通り女性役で上演されていることを考えると、新国立においてミュージカル『スタァライト』がイレギュラーな作品であるか、新国立がトップスターを置きつつも、男役娘役の明確な区分は特にない劇団だということも考えられる。とはいえ『エルドラド』においてサルバトーレという男性主人公を女性が演じることから、新国立が男性の役を女性が演じること自体は珍しくない劇団ではあると結論付けられる。


*10 綾杉つばき『少女☆歌劇 レヴュースタァライト 再会Eyes ~ 74th』ブシロードメディア、2021

*11 『少女☆歌劇 レヴュースタァライト-The LIVE-#1 revival』ブシロードミュージック、2018

9.『歌劇』と『華劇』

 宝塚歌劇団が発行する機関誌は2種類、文章中心の『歌劇』(A5判) と写真中心の『宝塚GRAPH』(AB判)である。創刊は『歌劇』が1918年、『宝塚GRAPH』が1936年。劇場版に登場した『華劇』の判型は『宝塚GRAPH』に近く、表紙デザインは『歌劇』そのものと言っても過言ではない。劇中『華劇』は2度ほど登場するが、天堂真矢が手にしている『華劇』の表紙は『エルドラド』のビジュアルの流用である。また『歌劇』は基本的にスターのバストアップ写真が表紙となるが、中でも装丁のスターがポーズをとっていた時期が2016年~ 2017年である。劇場版で愛城華恋が、表紙でスターがポーズをとっている『華劇』を手にしているのは中学3年生ごろであると推察されるため、時期が合致する(図8)。なお2016年が片手ポーズ、2017年が両手ポーズである。

図8 『歌劇』と『華劇』のイメージ比較

 そして注目すべきが2019年に天堂真矢が手にしている『華劇』でも2016年付近に中学時代の愛城華恋が手にしている『華劇』でも表紙を飾っているのが冴草千弦であることだ。『歌劇』はトップスター、2番手、稀にトップ娘役のみが表紙を飾ることができるのだが、この原則を『スタァライト』作品内に適用すると、冴草千弦は2016年には既に2番手以上の格にいることになる。宝塚においてトップスターの任期は大劇場5作で3年といわれているが、もし冴草千弦が2016年の時点でトップスタァの座についているとすると既に4年以上その座を守っており、トップオブトップと呼ばれる在任期間の長いトップスタァである。『遙かなるエルドラド』は新国立の代表作であることが劇中記事で紹介されているが、これが冴草千弦のトップお披露目公演である場合、記事内にその記述があってもよいように思われるため、少なくとも『エルドラド』は彼女がトップになって2作目以上の作品であると考えられる。

10.電飾看板(吊りもの)について

 宝塚歌劇では劇場版に登場したような電飾看板を見ることができる。舞台美術用語において「吊り物」と呼ばれる舞台装置だ。吊り物とは舞台に吊り下げられた道具類のことである(*12)。基本的に2幕目のレヴューやショーのタイトルで作られるが、1本物や1幕目が日本物レヴューの場合、芝居のタイトルで作成されることもある。開演5分前に緞帳どんちょうがあがった際にお目見えすることが多く、開演前であるため撮影が可能だ。ただ開演前の撮影はあくまでも宝塚歌劇の中での暗黙の了解の域を出ない行為であり、禁止とされている劇場の方が多いので注意されたい。電飾看板は作品の終盤、ロケットで再度登場し、フィナーレへと繋がっていくことが多いため、ショーの終わりを意識せざるを得ない。まだ始まって5秒しか経っていませんが?という気分になるがロケットは最高だ。

 さて劇場版において電飾看板は「最後のセリフ」中に登場するが、まさにこのレヴューは劇場版の終盤であり、電飾看板の存在がこの映画が結末に向かっていることを強調する。加えて口上と共に2人の名前を冠した電飾看板が登場するが、宝塚において演者の名前でデザインされた電飾看板はある特殊な条件でのみ見ることができる特別なものだ。それはトップスターのサヨナラショーである。サヨナラショーとは特定のスターが卒業する際に本編の上演後、特別に行われるショーのことでトップスターの場合はムラの前楽・千秋楽と東宝の前楽・千秋楽の全4回実施される。トップスター以外でもサヨナラショーを行うことがあるが、その場合電飾看板は登場しない。サヨナラショーではこれまでの思い出の楽曲を歌い、名前を冠した電飾看板はショーの終盤、組子が全員揃う場面で登場することが多い。トップスターのイメージで作られたものやサインを象ったものなど形式は自由である(図9)。前述したとおり、名前を元に作られた電飾看板はトップスターにのみ許された、たった4回しか使われない特別な舞台装置なのだ。「最後のセリフ」での演出は宝塚における電飾看板の意味合いを知る者に、この劇場版『スタァライト』はそれ自体が『レヴュースタァライト』という演目であり、そのテーマが卒業であるという確信を抱かせる。

図9 電飾看板(吊りもの) のデザインイメージ

*12 滝善光『図解舞台美術の基礎知識』レクラム社、2005

11.魂のレヴュー演目と宝塚演目の類似性

 まず、各演目の上に書かれている文言について解説したい(図10)。これは「角書つのがき」(*13)と呼ばれるもので、人形浄瑠璃や歌舞伎の用語である。宝塚でも同じく角書きと呼び、特に決まったルールはなく演目の雰囲気に合わせて演出家が考える。スポンサーが付く公演の場合は「三井住友VISAカードシアター」などスポンサーの名前を冠した角書きが用いられる場合もある。芝居だけでなくショー作品にも角書きが付けられている。こちらは「パッショネイト」や「ロマンチック」などショーの方向性を推し量ることができる文言が用いられることが多い。

図10 角書きのイメージ図

 さて「魂のレヴュー」では少なくとも4つの演目が演じられている。1つずつ元ネタを確認していこう。

 まず『ウロボロス 美しきは人か悪魔か』は悪魔と取引をするという内容から1989年月組公演『天使の微笑・悪魔の涙』を連想させる。これは『ファウスト』をモチーフに作られた作品だ。小池修一郎の大劇場デビュー作でもある。衣装に関しては、2016年宙組公演『Shakespeare〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜』で貴族が着用しているものと天堂真矢が着用しているものは感じが似ている。ちなみにこの演目のポスターがTVアニメ版の星見純那の部屋に貼られている。

 『クレオパトラ・ブラッド』は1986年花組公演『真紅なる海に祈りを-アントニーとクレオパトラ-』や2021年花組公演『アウグストゥス-尊厳ある者-』(*14)が内容から見て近い公演であろう。また、『クレオパトラ・ブラッド』で天堂真矢が演じる「カエサリオン」はカエサルとクレオパトラの子供で、西條クロディーヌが演じる「ガイウス・オクタヴィアヌス」はのちに「アウグストゥス」と呼ばれるその人である。

 『- 項劉異伝- 蒼覇紅乱』は“異伝”とあることから、おそらく項羽と劉邦を軸に何か潤色を行い、史実とは異なる展開を迎える作品なのであろう。項羽と劉邦は有名なモチーフでありながら、宝塚歌劇には1951年初演『虞美人』のほか作品がない。これは宝塚の伝説の演出家、白井鐵造の作品で、2010年、木村信司により新演出版として再演されている。

 『1815黄昏のグランダルメ』はおそらく男装の麗人が登場する『ベルばら』のような演目であろう。タイトルの雰囲気は2015年月組公演『1789-バスティーユの恋人たち-』に近しい。1815年といえばナポレオン戦争が終結し、ナポレオンが失脚する時代である。ナポレオンをモチーフに置いた作品といえば2014年星組公演『眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯に―』が代表的だろう。また2020年雪組公演『fff- フォルティッシッシモ- ~歓喜に歌え!~』にもナポレオンが登場する。ちなみに、天堂真矢は「ジュリアン・ネイ」、西條クロディーヌは「ヴィクトール・ベルティエ」という役名となっているが、実際、ナポレオンの部下にはネイとベルティエという名の人物がいたとされている。

 『ウロボロス』以外のこれらの演目で天堂真矢が演じる役は、全て歴史的に敗北する側である。歴史的背景を知る人間にとって一見敗北する役付きであるが、それを天堂真矢のスタァ性でひっくり返す……というような…天堂真矢の思惑が見え隠れしているように思える。


*13 三省堂国語辞典第7版によると、書物などの題名の上にその内容を示すことばを2行にして小さく書いたもの。

*14 驚くべきことに「アウグストゥス」は劇場版が公開開始直後に上演していた作品で併演の『Cool Beast!!』は野生をモチーフしたショーであり「wi(l)d-screen baroque」を感じる曲調や「ギャオ」という歌詞があり「狩りのレヴュー」を彷彿とさせた。コロナの影響で延期した作品であることから、上演と上映時期が被る偶然には驚きが隠せない。

12.小林一三の遺訓と露崎まひるの口上

 「清く正しく美しく」というフレーズは宝塚のモットーであり音校の校訓である。このフレーズが宝塚に関するものとは知らずとも、響きだけ聞いたことがある人もいるだろう。劇場版の露崎まひるの口上に「強く愛しく美しく」とあるが、この「清く~」を意識している部分が少なからずあると言える。新国立を目指す露崎に対して宝塚から引用したフレーズを当てることは自然なことに思える。

 さらにこんなにも彼女にぴったりなものもないと思える理由がもう1つある。実は小林一三の遺訓の全文は「朗らかに、清く正しく美しく」である。TVアニメ版で愛城華恋から「朗らか」と評され、劇場版で露崎自身が「朗らかに!」と発言しているが、露崎まひるはまさに朗らかなキャラクターだ。小林一三の言葉に従うのであれば、宝塚のスターは清く正しく美しくある前に、朗らかである必要がある。彼女は新国立に入団すべき素晴らしいスタァ性をもった人材であるに違いないのだ。

13.おわりに

 考察や論述というより、宝塚の知識を羅列し『スタァライト』で描かれたものと比較する程度の薄い文章となってしまったが、まさか12項目に渡るとは思わず正直驚いている。余談だが2022年に入団した108期生(*15)のうち高卒で音校に入学した生徒が聖翔99期生と同い年だ。コロナ禍が直撃した中、音校で2年間を過ごし、初舞台公演も半分ほど中止になってしまうなど様々な困難に立ち向かっている生徒たちだ。是非、未来ある108期生を通して初舞台概念や組配属概念を感じてみてほしい。この論考が、まだ宝塚観劇をしたことがない人が観劇するきっかけとなれば幸いだ。


*15 2022年3月15日芸名が発表された。愛城(あいしろ)美紗さん、水月胡蝶さん、穂波舞咲さん、纏涼(りょう)さん、漢字は違うが花恋こまちさんが入団することがわかった。名前が似ているにすぎないがこうした入口があってもいいだろう。また、5月20日に組配属が発表され、愛城さんと花恋さんが宙組配属となった。
参照: 『宝塚おとめ2022年度版』宝塚クリエイティブアーツ、2022

参考文献

  • 森下信雄『タカラヅカの謎 300万人を魅了する歌劇団の真実』朝日新聞出版、2019

  • 『宝塚歌劇華麗なる100年』朝日新聞出版、2014

  • 宮本直美 『宝塚ファンの社会学』 出版青弓社、2011

  • 津金澤聡広『宝塚戦略 - 小林一三の生活文化論』講談社、1991

  • 宝塚歌劇団ホームページ 宝塚を楽しむ 2022年3月15日閲覧,  https://kageki.hankyu.co.jp/fun/index.html#tab_special2

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