![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/132818934/rectangle_large_type_2_a5e320e8baf6b6e75a7fca6a5b5b9be9.png?width=1200)
《あるがまま》と《ありのまま》の違いって?
ありのままの自分で
そう言われるようになって、本来の自分で生きようとしている人も多い中。
けれども、そのありのままの自分で生きることで
我儘だとか周りの反対を押し切ってみたりだとか
直感が来たら
直感に従え!
みんなそうやっているんだから
私もやっても大丈夫だとか
本当に??
それ、本当にありのままの自分なんだろうか?
-あるがままの自分とは?
あるがままはケモノ的。
それが所謂、ネガティヴに捉えられがちな我儘になるんだろうね。 そして、ありのままを履き違えて あるがままの自分でいる人たちを見るから 周りから、自分もそうなりたい!とならないのは当然で。
あるがまま、無秩序で無法地帯的な 感じになってるからなんだろうな。
本来の自分とは。 本来の在り方とは。
そう、ケモノ的
見たまんま、欲望のまんま、考えなしのまんま。
だから、周りを引っ掻き回す
バンジーみたいな怖いまんま飛び込んでみて事故が起きたりねw
直感が来たり、これが欲しい!これがしたい!
これ食べたい!
が来た時に、一旦自分の中で思考を挟むことが大事で
自分の内側と本当に一致していることなのかを確認する必要があると思ってる
だって《ありのままの自分》であれば
我を押し通すとか、無理やり捻じ倒すとか、好き勝手とは違って
応援が入るのよ
ちゃんと冷静な視点で物事を視れているから、周囲とも分かち合いができた上でだと思うから、多少乗り越えるべきことはあるかもしれないけれど
最終的にWin-Winになるはずなんだ。
それは独りよがりでも
自分勝手でもない
ちゃんと《ありのままの自分》で相手とも向き合うからこそ
調和が生まれていくもの
世の中の、ありのままは
もしかしたら《あるがまま》と履き違えているのかもしれない
もし本当にありのままなんだったら
私もそうなりたい!って周りも思えるだろうし
結局そうならずに、自分勝手する奴がいるから自分が我慢しなきゃいけないし
そんな風になりたくない。って思っている人が多いというのは
自我(エゴ)のまんま、暴走しているからなんだと思う
誰がそうだとか、どうだとかいう話ではなくて。
ただ、自分にもそういう部分があるかもしれないから
自分は今どうだろうか?暴走していないだろうか?
独りよがりじゃないだろうか?
そんな風に確認すること、
省みることが、必要だなっていつも思ってる。
自信があるとか無いとかじゃなくて
過信も盲信も暴走だし、
常に自分の現在地の確認。
そうやって自分の中のバランスを調えているよって話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?