見出し画像

ライトワークとは、生き苦しさを抱える人に本来の生きる道への導を与えること

「人はなんのために生きるのだろう」という究極のテーマを掘り下げる。
本当は自分の理想、あるがままに生きたいのだろうけど、
どうにもこの世界を生きてくにあたって
お金がないと食うに困るとか、そういうのがあって
往々にうまくいかないらしいというのが人間の今世の生活。

思想で自分を満たすよりもお金で自分を肥やす考え方

ファイナルファンタジータクティクス(通称FFT)という作品に
「騎士ギュスタヴ」という人物が出てきますが、
思想家である「騎士ウィーグラフ」と対立している彼は
理想家のウィーグラフに対して、このようなことを言い放ちます。

「オレたちに必要なのは思想じゃない。
 食いものや寝るところなんだッ!
 それも今すぐになッ!」

これだけ聞くと、その場しのぎの生き方で、
実に悲しいサガだなと思えるかもしれませんが、
群集心理のほぼほぼ全てだったりするんですね。

おそらく多くの人が思ってるんじゃなかろうか。

御大層な理想を掲げるだけじゃ、飯を食えやしない。
世界平和よりも今の生活を維持してくことが大事だ。

そのために会社で理不尽な仕事を叩きつけられても、
生活のために必要な金がもらえるから、我慢することをいとわない。

人は、わざわざ一切れのパンのために生まれてきたのでないという事実もある。
それなのに、いつの間にかわざわざ自分の時間を我慢して
ブラック企業に社畜として忠誠を誓うような「歪んだ奉仕」が生まれたのです。

正しいことを知っているがゆえに感じる「生き苦しさ」

「正しいことを知ってる」ということは、
一見すると人生を豊かにするようにも思えます。
しかし、世の中の多くのことは情報が歪められて伝えられていたり、
どれが真実かわからないくらい情報が出回っています。

つまり、大体の人が「間違ったこと」を信じている。
多くの人が間違ったことを信じていて、正しいことを信じてる人が少数派だとしたら、
そこに居場所を感じず、意識に齟齬が生まれ、生きづらさを感じます。

例えば自分は正しい健康法を知っているが、
周りを見渡せば自販機やコンビニ足を運ぶ人が後を絶たない。

フリーランスという生き方があるのに
両親や友人は会社員や公務員としての生き方しか知らないし、
学校でもそんなことは誰も教えない。

自分が知ってる正しい知識を周りは知らない。

正しい知識を知らない人たちとは、ことごとく剃りが合わない、

最初はほんの少し穴が空いただけのような感じだったものが
しかしこのほんの少しのギャップというのが
ボディーブローのように尾を引いてくる

どんどん穴が空いてきて、取り返しがつかなくなる。

こうして少しずつ居心地が悪さが醸成されていきます。

これが「正しいことを知っているが故の生き苦しさ」です。

そうして人は、自分が正しく生きられないことに絶望を感じ、
次第に表情がくすんでいく。

本当は理想で生きたいと思うのだけど、
それができないから皆死んだ顔をして働くことになってしまう。

終わりに

「ライトワーク」とは、そうしたくすんでしまった人たちから
いかにして本当の生き方を導き出していくか、ということ。

正しいことを知っているが、間違いに抗えなかった、
理想に生きたかったが、現実に屈するしかなかった、

そういう人たちの本来の目的を復活させ、私は一緒にライトワークしたい。

会社でもどこでも、本当のことを知ってるけど、
それゆえ生きづらいと思ってる人も少なくありません、
そういう人は往々に目から光を失っています。

そうした人たちの才能が埋もれていってしまうのは勿体無い、
健康にせよ形而上学にせよ、本当のことを知る人とライトワークしたい。

理想で飯を食える世の中というのがシャンバラ(理想郷)であるべきこと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?