見出し画像

句養物語 終の頁

人間がアンドロイドに頼った生活スタイルを確立してから、もう随分経っているのだが、昔ながらのスタイルを頑なに貫く人も、若干ながら存在する。『オッサン』もその一人である。

彼はこの時代にしてはかなり珍しい、トラックドライバーを生業としている。自分の仕事に誇りを持って生きてきた彼だが、運ぶものがアンドロイドばかりになってしまって、少々退屈になりかけてきていた。しかし、アンドロイドをユーザーに送り届けるという単純な作業を繰り返すうちに、人間ドラマを垣間見る事ができるようになると、俄に関心が湧き始めた。それというのも、アンドロイドの造りがどんどん精巧になっていき、そこに人間同士の出会いが忠実に再現されることで、オッサンは自分がキューピッドをしているような気がしていたからだ。

ユーザーが事前に自分の情報を提供しておくことで、アンドロイドはその情報がインプットされた状態で起動される。それによって、ユーザーを既知の存在として認識させ、『再会』を再現することもできるようになっていた。これが大変な好評を得たため、各メーカーはこぞってこの性能をアピールしようと、キャンペーンの拡販には余念がなかった。中でもオッサンが請け負うメーカーのキャンペーンは、特に評判が良かった。アンドロイドがどれだけ精巧にできているのか、メーカーは端的にアピールし、ユーザーは端的に知りたいわけだが、このキャンペーンはその点で、実に理に適ったものだった。

それが『最初の一言キャンペーン』である。

つまり、アンドロイドが起動後、ユーザーに対して発した『最初の一言』を公募したというわけだ。この一言は、アンドロイドが事前にインプットされたユーザーの情報から、設定されたお互いの関係性を踏まえて発信されるのだが、起動から発信までの時間は一定ではない。それというのも、アンドロイドは実際に対象を視認し、容姿や身振り、微妙な表情の動きを読み取ってから言葉を選ぶのだ。だから、事前に受け取っている情報と差異がある場合、その誤差を精査して埋め合わせる時間が必要なのである。しかしそれも、最近の企業努力の賜物で、長くても数分程度の内に終わるよう短縮されつつあった。また、このキャンペーンでは、アンドロイドの言葉選びの精度をより実感してもらうため、最初の一言が発せられるまで、ユーザーの方から話しかけてはいけないというルールが設けられていた。

実例を紹介すると、ある女性ユーザーのケースでは、事前に顔データを送ったあとで髪を切り、ヘアスタイルを変えてから、彼氏役のアンドロイドを起動したという。そして髪を切ったと言いたい気持ちに蓋をして、最初の言葉を待ったのだ。起動された『彼』はその容姿の差を埋めるためにしばらく彼女をじっと見つめていたが、ものの数秒でこう言ったらしい。

「似合ってるね」と。

この自然なやり取りによって女性は、彼氏と過ごす日常の再現に成功したのだ。

この例に象徴されるように、このメーカーのアンドロイドは顧客満足度が高かった。そしてメーカー担当者は、最初の一言そのものが、その満足度を凝縮した『キャッチコピー』になり得ると目をつけ、これを公募して宣伝に活用することを思い立ったというわけである。メーカーの思惑通りに様々な言葉がリストアップされ、それらが優良なコピーとなって新規ユーザーの購買欲を刺激し、また次々と新しい言葉が寄せられるというサイクルが、確立されつつあった。

オッサンは、この最初の一言を見るのが大好きだった。あまりにも好きだったので、営業担当でもないのに、受け渡しの際にキャンペーンの詳細な説明を怠ることはなかった。ほとんどのユーザーは内容を知った上で頼んでいるので、単なるお節介なのかもしれなかったが、オッサンは自分自身がまるでこのキャンペーンに取り憑かれたように、熱いアピールをしていたのだった。しかし、人間らしい温かみも薄れた世にあって、人と人との繋がりに飢えた顧客も多く、オッサンのこの熱量はかなり好意的に受け入れられた。メーカー側もそこを認めてくれて、オッサンに特別な任務を与えてくれるようになった。それが、このキャンペーンの集計係である。

このキャンペーンは、参加するだけでも特典を得られたが、ユーザー満足度を他のユーザーへ即座に共有させるため、アンドロイド導入の当日中になるべく早く応募する事によって、より良い特典を得ることができるようになっていた。従って、集計係を任されたオッサンの手元の端末には、次々と一言が集まってくるようになっていた。事務的なアンケートも付していたが、反応は概ね好評で、備考欄には背景となったエピソードや、感謝のコメントなどが溢れ返っていた。

この日もオッサンは夕方までにノルマを終え、愛車であるトラックの運転席にいた。このトラックは社用車だったが、今どきトラックを使う人も稀なので、ほとんどオッサンの私物と化していた。それを良いことに、彼はトラックの外観にカスタマイズを施して楽しんでいたが、中でもお気に入りだったのが、運転席のサイドミラーである。鏡の周りをビーズのようなもので華やかにデコレーションし、トップには赤い薔薇を模した飾りを付けていた。運転席の窓を全開にして、そこに肘だけを乗せ、この鏡を見ながら風を感じるのが好きだった。この日のオッサンも一仕事終えて、いつもと同じように、この窓へ半身を預けていた。苺ミルクと珈琲牛乳を交互にチビチビと啜りながら、ユーザーから次々と集まってくる一言を、熱心に眺める。

この公募はユーザーの任意で行うものであったが、その応募率は限りなく100%に近く、メーカーの思惑通り、応募が集まるスピードも極めて迅速だった。ところが今日に限っては、朝イチで納品した若い女性からだけ、まだ応募通知が来ていなかった。オッサンは納品の合間を縫って逐一内容のチェックをしていたので、この女性からの応募がいつ来るのか、気になって気になって仕方がなかったのだ。納品時にも特に他のユーザーと比べて変わったところはなかった。確か、先に紹介した髪を切った女性の例と同じで、アンドロイドの設定は女性の彼氏役になっていたはずだ。

オッサンはその女性への納品の際、いつもと同じように必要事項、注意事項を伝えてからキャンペーンへの応募を促したのだが、その際の応対を思い返してみても、女性は内容を正確に理解しているようだった。それどころか、今回初めて利用するはずなのに、過去に何度も利用し、あたかも全て知っているかのような素振りだった。それもあって、オッサンにはこの女性が必ずキャンペーンに応募してくれるという、確固たる自信があった。しかし半日経っても応募がされていないものだから、何らかの理由を見出したくなってきていたのだ。

一体なぜ、女性は最初の一言を送ってくれないのだろうか。オッサンは一生懸命思案した。オッサンの中に、女性が応募をしないという選択肢は最初から存在しないので、そうなると残された可能性は二つ考えられる。一つ目は通信状況などの物理的な障害が発生した可能性。もう一つは、アンドロイドが未だ最初の発言に至っていないという可能性である。

オッサンの脳は、勝手に後者の選択肢へ可能性を絞り込んでいく。アンドロイド自体に不備が発生したという新たな可能性も思い当たったが、オッサンの脳はそのつまらない選択肢を嫌った。そして、アンドロイドが女性の全てを読み込むのに、長い時間を要しているのだ…と、勝手に結論づけた。

しかし、仮に時間がかかっているのだとして、その理由は一体何なのだろうか。オッサンの脳はまたグルグルと回り始めた。

初めて視認されたユーザーの外見から、事前情報にはないデータを読み込むケースはいくらでもあったが、それらは長くても数分の内に完了していた。ところが今回の例は、半日以上音沙汰なしである。当該女性にキャンペーンへの応募意志があるとすれば、女性は半日間ずっと黙ったまま、アンドロイドが口を開くのを待っている事になる。メーカーに問い合わせるなり、ルールを破ってでも話しかけたりするのが普通ではないだろうか。一体何が、女性をそこまで辛抱強く待たせているのだろうか。

同時にアンドロイドは、目の前にいる女性の『何か』を必死に読み取ろうとしているのだろうが、そんなに時間がかかる概念とは、一体何であろうか。

オッサンはそんな事を考えながら、応募通知を待ち続けたが、辺りはどんどん暗くなっていくばかりだ。運転席から見える景色もやがて完全な夜になり、空には月が煌々と輝いている。デコレーションされたサイドミラーに月明かりが満ちて、薔薇の装飾は深紅の光を湛えている。オッサンはその光をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと、ゆっくりと夢の中へと誘われた。月色に輝くサイドミラーは、その夢を映し出そうとばかりに、オッサンの寝顔をずっと覗き込んでいた。しかしそのせいで、一筋の流れ星をその身に映しそびれてしまった。


次の朝は、快晴である。オッサンは何やら壮大な物語でも見ていたかのように、まだ夢と現実の狭間を漂っていたが、その暖かな陽光に包まれるようにして、ぱっちりと目を開いた。夜のうちに月明かりを一身に受けた鏡は、今度は太陽の光を熱心に集め始めたところだ。

オッサンは、手を伸ばしてお気に入りの薔薇の装飾を愛でようとしたのだが、何かの気配を感じると、すぐに手を引っ込めた。二つの小さな影が鏡を横切り、一瞬オッサンの視線が揺らいだ。はたと鏡へ視線を戻すと、薔薇の装飾を挟み込むようにして、二匹の蝶が止まったところだった。

その瞬間、夢と現実が一つの物語として結ばれ、鏡の中の口元が思わず綻んだ。昨夜あれほど考えても分からなかった事が、今なら全て説明できる気がした。それはきっと、時間がかかって当然と言えるほど、長い長い物語だったに違いない。オッサンはさっきまで見ていた夢をなぞるように思い返しながら、目の前でハイライトを迎えた物語の一幕に、祝福の言葉を添えた。


「パンパカパーン…」


鏡に止まっていた蝶々が、嬉しそうに飛び立つと、仲睦まじく鏡の周りを舞い始めた。それはまるで、「ここが私達のお気に入りの1ページなの」と言っているようだった。


物語は、そこに詩の欠片がある限り続いていく。それを照らし出そうとする意思さえあれば、言葉はそれに応えるように震え、光り輝く。その輝きを束ねて作られた道筋は、一度の人生では追えきれない長さになることもあるかもしれない。しかし、物語が例えどれだけ長くても、それは数え切れない一瞬を連なねてできたものである。その一瞬を切り取り続けることで、想いと言葉は糾われていき、物語をなぞり続ける事ができる。そうやって、言葉は生き続けていく。自分がそこに生きることも、誰かをそこに生かし続けることも、きっとできる。


オッサンはふと、端末に一通の応募通知が来ている事に気づいた。あのアンドロイドが丸一日を費やして、ようやく女性の『全てのページ』を読み取ったのだろう。オッサンは待ちわびていたその一言へ、じっくりと視線を送った。そして、顔をしわくちゃにしながら、ゆっくりとそこにある言葉を愛でた。


果てしない物語に連なる刹那の輝きとして、17音の詩がまた一つ、照らし出された。






『流星に縫い合わされてゆく二人』






句養物語 【完】






画像1





句養物語 クレジット


企画・構成・執筆 … 恵勇



広報担当 … 猫髭かほり

友情出演 … ヒマラヤで平謝りakaオッサン

映像提供 … 蝦夷野ごうがしゃ(花野篇)

俳句提供 … 蓑虫篇⑥のエンドロールを持ちまして、作者一覧に替えさせて頂きます。



わがままな企画に賛同し、句を預けて下さった全ての方、また、興味を持って最後までお読み頂いた方に、心より御礼申し上げます。時間はかかってしまいましたが、おかげさまで、最後まで完走する事ができました。誠にありがとうございました。なお、物語の余韻を広げるため、最後の企画をご用意しております。宜しければご参加下さいませ。今後とも、どうか宜しくお願い致します。

2022年9月

恵勇



句養物語エクストラ 

本編の読後企画として、ABCのそれぞれの企画へご参加頂けます。応募期限は、作者が飽きるまで!


句養物語リプライズ

※読後企画より派生した、読み切り型のショートショートです。Bの企画にご応募頂いた俳句がオッサンの端末に届いたのですが、どうやら俳句だけではないようで…






句養物語 流れ星篇

物語本編の起点です。誰かに紹介したくなってしまった人は、このページを教えてあげて下さい…


句養物語 花野篇


句養物語 蓑虫篇









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?