#4「蛮行の歴史」/町山智浩が『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』全10話を徹底解説

※スターチャンネルEX、BS10 スターチャンネルでの本作の配信・放送予定はございません※

社会派ホラー映画『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督と現代屈指のヒットメーカー、J・J・エイブラムスが組んだ話題の社会派SFドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(全10話)。さりげない描写に込められた深い意味やメッセージをしっかり読み取れるよう、アメリカ文化に詳しい映画評論家・町山智浩さんに1話ずつ見どころを解説、独自にポッドキャストで配信!本記事ではそんな解説ラジオの内容を完全文字起こし!本編をご覧になった方、ぜひこちらをお聞頂き(お読み頂き)『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の細部までお楽しみください。

現実の1955年アメリカを支配していた、ラヴクラフトの怪物より恐ろしいもの

第4話はまず、主人公アティカスの父親モントローズが、カルト集団“アダムの息子たち”の聖典を自分の部屋で読むシーンから始まります。この聖典を焼いた時に彼は「タルサの匂いがする」と言いますが、これはHBOのドラマ版『ウォッチメン』のメインテーマになっていた、1921年にオクラホマ州で起きた“タルサの大虐殺”のことです。

1921年当時、南部から逃れた黒人奴隷たちが開拓地のオクラホマでビジネスに成功し、“黒人のウォールストリート”と呼ばれるビジネス街を築いていました。ところが、自分たちの生活がうまくいっていない白人たちがリッチな黒人たちに嫉妬し、その地域を襲って航空機による爆撃まで行い、200人以上の人が亡くなったのです。『ラヴクラフトカントリー』ではH・P・ラヴクラフトの小説が1955年の世界に現実として甦るのですが、現実の1955年にはラヴクラフトが書いた宇宙からの怪物よりはるかに恐ろしい人種差別がアメリカを支配していたというわけです。

続いて、アティカスの恋人レティーシャが買った家へシーンは移ります。この家はハイラム・ウィンスロップという“アダムの息子たち”と関係する科学者が黒人の人体実験を行っていた場所ですが、そこへ今回の話の一番の肝となるクリスティーナが現れます。クリスティーナはブライスホワイト家の末裔で、その祖先には、黒人奴隷貿易で莫大な利益を上げ、クトゥルーのような太古の邪神の力で白人至上主義の社会を作ろうとしているらしい“アダムの息子たち”と“太古の夜明け団”の教祖タイタスがいました。クリスティーナはレティーシャに「ここに太陽系儀があったでしょ?」と言いますが、太陽系儀はすでにアティカスの伯父ジョージの骨董品屋にあり、ジョージの未亡人ヒッポライタが見ています。太陽系儀とは太陽系といろんな惑星の動きを再現した模型で、歯車が仕掛けられたとても精巧な時計のようなもの。ハイラムの家にあった太陽系儀は普通のものと違って太陽が2つあり、それらが互いを回っています。いわゆる二重太陽系で、これはラヴクラフトが小説で書いたクトゥルーの故郷です。

クトゥルーとは、太古に宇宙から飛来して地球を支配し、海底に封じ込められた怪物のこと。ラヴクラフト自身はクトゥルーの故郷を特定していないのですが、のちにラヴクラフト以外の人たちがクトゥルー神話を巨大な神話体系になるよう語り継ぎ、リン・カーターという作家が「クトゥルーは、はるか彼方の銀河系のゾスという二重太陽系が故郷」と考えたのです。カーターは日本でもクトゥルー以外の翻訳がたくさん出版されている人で、レムリアン・サーガ・シリーズ(ゾンガー・シリーズ)が昔ハヤカワ文庫から武部本一郎先生の挿絵で出ていました。武部本一郎先生の挿絵は「火星のプリンセス」の表紙でもおなじみで、とてもセクシーでしたよね。他にもカーターの作品は緑の太陽シリーズがあり、ゾスという二重太陽系も緑と考えたのです。

第4話は『インディ・ジョーンズ』のような冒険テイストに

クリスティーナや“アダムの息子たち”に翻弄されっぱなしのアティカスたちは逆襲を決意し、“アダムの息子たち”とタイタスの本拠地である教会に襲撃を仕掛けようとします。“アダムの息子たち”の聖典には欠けている部分があり、その欠けている部分を補完すれば彼らと戦えるのではないかと考えたアティカスたちは、ボストンの自然歴史博物館の地下へ“失われた部分の暗号を解くカギ”を探しに行くのです。このように第4話は『インディ・ジョーンズ』シリーズみたいな、秘宝を探すため遺跡の中に入っていく冒険モノになっていて、あまりホラーぽくありません。

第4話を作っているのはヴィクトリア・マホーニーというアフリカ系の女性監督。『ラヴクラフトカントリー』にはアフリカ系の人たちがたくさん参加しています。マホーニーは本作のプロデューサーのJ・J・エイブラムスによる『スター・ウォーズ』シリーズの第2班(アクションシーン)監督も務めていて、第4話も『インディ・ジョーンズ』とどこか似ています。面白い関係性ですが、だからこそ彼女が第4話の監督に選ばれたんでしょうね。

どうやって自然歴史博物館の地下の中へ入るかというと、『インディ・ジョーンズ』みたいにタイタスの銅像の下に仕掛けがあるのですが、「暗黒の深淵を掘り下げる。その過程こそ魅惑的な形式だ」というラテン語が銅像の下に掘られています。実はこれもラヴクラフトの言葉。ラヴクラフトにはフランク・ベルナップ・ロングという弟分みたいな人がいて、彼への手紙に書かれた言葉なんです。手紙では「暗黒の深みを掘り下げていくのが私の小説で一番楽しいところなんだ」というニュアンスで、今回のドラマの場合はそのまま「地下に潜っていく」という意味になっています。

こうした仕掛けは第4話のあちこちに散りばめられています。例えば、アティカスとレティーシャが図書館で話をしていると男の子が「うるさい」と怒るシーンで、男の子が持っている本はジュール・ヴェルヌの「地底旅行」。つまり、第4話は地底にまつわる話であることを示唆しているわけです。また、地底に潜っていくという話はラヴクラフトの小説でいくつも扱われています。「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」では、地下に巨大な遺跡というか不思議な空間が広がっていて、その中に入っていくシーンがあります。このように第4話にはいろんな地下モノのネタが詰め込んであるのです。

クリエイターにも影響を与えた、アメリカ史上に残る黒人少年虐殺事件

ちなみに、第4話には図書館の少年以外に、もう一人男の子が登場します。それは、ジョージとヒッポライタの娘でアティカスのいとこにあたるダイアナ──女性スーパーヒーローのコミックを描こうとしている女の子──のデート相手であるボボ。このボボが途中で突然、何の意味もなくクローズアップされるシーンがあるのですが、ただの近所の男の子であればこんな映し方はしません。このボボは実在の人物で、本名はエメット・ティル。物語と同じ1955年にはシカゴに住んでいた14歳の男の子で、同年8月に殺されてしまいました。これはアメリカの歴史上とても大きな事件です。

エメットは、表面上は差別のないシカゴからミシシッピという差別的な街へ遊びに行きます。当時のアメリカ南部は人種隔離法が1964年まで続いていて、黒人が白人に話しかけることは許されていませんでした。ところがエメットはまだ14歳で、シカゴで生まれ育ったため、ミシシッピにそんなひどい差別があるとは知りません。彼がコンビニのような店でガムなどを買い物したところ、お店の主人はエメットが出ていった後、店番の奥さんに「今、何があった? あいつに何かされたか? もしかしてあの黒人の小僧は、お前に色目を使ったり話しかけたんじゃないか?」と問い詰めます。すると奥さんは怖くなって「はい、そういうことがありました」と言ってしまったんです。怒り狂った主人は少年を拉致し、拷問し眼をえぐり出して殺害しました。エメットはグチャグチャにされた死体で発見され、怒った母親は棺を開けたまま傷つけられた死体をマスコミに公開したのです。それなのにリンチのように殺した主人は裁かれず、「アメリカ南部はそんなことが許されるのか。どう考えてもおかしいじゃないか」と全世界の人たちを驚かせました。そうしてこの事件は、1955年頃から始まる差別との戦いの起爆剤の一つになったわけです。

ところで、ロッド・サーリングが脚本と司会を務める『トワイライト・ゾーン』というTVシリーズがありましたよね。日本の『世にも奇妙な物語』のフォーマットになった番組で、1話30分という短いドラマで現代アメリカを舞台に不思議なおとぎ話を描いたものです。サーリングはエメット・ティル事件をTVで映像化しようとしますが、TV局に「今は危険だからできない」と止められました。そこでサーリングは、黒人差別をノンフィクションの事実としてTVで見せることができないのなら、おとぎ話の形で人種差別のひどさを描けないだろうかと思い、『トワイライト・ゾーン』でそうしたエピソードをたくさん作りました。典型的なパターンとして、差別的な男が目覚めると黒人やユダヤ人になって差別されたり、日本兵になっていてアメリカ軍と戦うなど、差別している人がされる側になってしまうという物語を何度も繰り返しています。そこでサーリングが言いたかったのは「差別とは、される側にならないと分からない」ということです。

この『トワイライト・ゾーン』に影響を受けた黒人監督が2人います。一人は『ドゥ・ザ・ライト・シング』を作ったスパイク・リー。そしてもう一人が『アス』を作ったジョーダン・ピール。ピールは『ラヴクラフトカントリー』のプロデューサーで、今回も同じことをやっているわけです。このようにエメット・ティル事件は現代までいろんな形で影響を与え続けています。

謎めいたクリスティーナとウィリアムの正体は? 

第4話では他にもいくつかの話が進行します。黒人ロックンロールシンガーであるレティーシャの姉ルビーは、デパートに行って黒人女性が働いている姿を見ます。当時はなかなか黒人女性がそうした仕事を得ることはなく、とても画期的なことでした。ただし採用されるのはせいぜい1人か2人程度で、ルビーはバーでブルースを歌うわけですが、客が白人ばかりであまりウケず生活も大変。そこへブレイスホワイト家の執事であるウィリアムが現れます。

ウィリアムの登場の仕方はとても奇妙。まずはクリスティーナが警察に連れて行かれ、警察署長がタイタスの一派で“アダムの息子たち”“太古の夜明け団”のメンバーであることが分かりますが、はっきり描いてないもののクリスティーナは“アダムの息子たち”と対立しているよう。そして警察署長が部下にクリスティーナを見張らせていると、彼女が画面から消えるや突然ウィリアムが現れ、警察官たちをコテンパンにやっつけるのです。

このドラマをずっと見てきた人なら気づくと思いますが、ウィリアムとクリスティーナは互いのことを話すのに、同じ画面には絶対同時に出てきません。そして2人とも顔が似ています。白人で目は大きくて青く、髪はプラチナブロンド。兄妹のようでもありますが、同一画面に出ないということは2人は同一人物で、シーンによって男や女になっているんじゃないか? そんな疑惑が第4話あたりから『ラヴクラフトカントリー』のファンの間でささやかれるようになりました。

そしてウィリアムはルビーをナンパし、情熱的なエッチをします。ウィリアムとクリスティーナはいったい何を考えているのか? 最初は敵のように思いましたが、よく考えるとクリスティーナは最初からアティカスを助けているし、彼らの狙いがよく分かりません。ちなみにこのシーンで流れる曲は、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスという黒人ブルース歌手の「I Put a Spell on You(お前に呪いをかけるぞ)」。ブードゥー教の魔術がコンセプトで、ブードゥーの力で女をメロメロにするぞという歌で、ドラマではマリリン・マンソンのカバーバージョンが使われています。

地下探検でアティカスたちが見たミイラが意味するものは?

後半につながってくるシーンにも注目してみましょう。アティカスとレティーシャは幼なじみで、お互い愛し合っているようだけど意地っ張りで本当の気持ちが言えず、いつもいがみ合っています。そして地下で探検している時、とうとうアティカスの父モントローズが「彼女が怒っていたら、それはお前の愛が欲しいから。憎んでいるわけではなく、お前に愛されたいからあんなに怒るんだ」と言うんです。そして年の功として「彼女がイライラしている時にお前もイライラしちゃダメだ。彼女が怒っていたら、心の中でラブソングを歌うんだ。その時に歌うラブソングを決めておけ。そうすれば、歌い終わった後に彼女のことが愛おしくなるだろう」とアドバイスします。いいアドバイスですね。

でもモントローズはちょっと妙な人で、あちこちでモントローズと関わってきた黒人男性たちと彼との関係はおかしかったようなのです。第1話でモントローズの知り合いとしてアティカスがバーを訪ねた人は、男性同士でセックスしてましたよね。今回、博物館で登場するモントローズの昔の友人という警備員もなんだか雰囲気が変。モントローズは二重生活を送っていて、裏の生活ではゲイだったんじゃないかと匂わせる展開になっています。

そしてアティカスとモントローズが地下の迷宮でいがみ合い、足元の橋がどんどん消えていくというシーンがあります。完全に『インディ・ジョーンズ』の世界ですが、そこでジャンプしたモントローズが「見たか、ジェシー・オーエンスみたいだろ」と言います。ジェシー・オーエンスとは、1936年のベルリン・オリンピックにアメリカ代表として出場し、走り幅跳びなどで金メダルを取った陸上選手です。ヒトラーが白人の優秀さを見せようとしたベルリン・オリンピックで黒人が勝ってヒーローになり、ヒトラーの面目は丸つぶれとなりました。

アティカスたちが地下探検を続けてたどり着いた先にあったのは、アメリカ先住民のミイラ。このミイラが“アダムの息子たち”の聖典の暗号を読み解くカギとなるページを持っているわけです。そこでミイラが蘇るのですが、このミイラはヤヒマ・マラオコティという名の女性。なのに男性器がついている。実は彼女は両性具有で、トゥー・スピリット、つまり男性と女性の2つの魂を持っている存在として描かれています。もちろん、意味なくこのように描かれているわけではありません。アメリカ先住民には、トランスジェンダーやトランスセクシャルといわれるような、男性の体だけど女性の心を持っている人、あるいはその逆の人たちを受け入れる伝統がありました。それは異常なことではなく、何%かの確率でそうした人はいるものだと考えられていて、差別しなかったのです。これまでいろんな呼び方がありましたが、最近ではトゥー・スピリットという英語に統一されています。

トゥー・スピリットは、アーサー・ペン監督の1970年の映画でダスティン・ホフマンが主演していた『小さな巨人』にも登場しています。ホフマンは白人だけど先住民の家族に育てられ、その中に男性だけど女性として生活している人が出ていました。彼らのようにマージナル(境界にいる)な人は、神や大自然など人間を超えたものとつながることができる“まれびと”と考えられ、一種のシャーマン(聖人)として扱われていました。今回登場するミイラのヤヒマも両性具有として描かれているのも、このように両性具有者が先住民にとっては聖なる人であり、神や偉大な大自然とつながることができる特殊能力を持った“まれびと”として扱われていたことが背景にあるわけです。

黒人母娘とギリシャ神話の接点

一方、ヒッポライタが娘のダイアナと一緒にプラネタリウムを見て「あれは女神ヘラが乗っていた戦車よ」と彗星を指さすシーンがあります。ギリシャ神話について語っているわけですが、ここもまた重要です。ヒッポライタとは、ギリシャ神話に出てくる女性だけの戦闘種族アマゾンズのリーダーの名前。ダイアナといえば、女性スーパーヒーローのワンダーウーマンの本名ですよね。ワンダーウーマンは女性だけの種族アマゾンズのお姫様で、母の名前はヒッポライタ。だからダイアナはワンダーウーマンみたいなスーパーヒロインのコミックを描こうとしているのです。こうした背景があった上で、2人はギリシャ神話について語っています。ギリシャ神話は人間による神話ですが、この物語はラヴクラフトが作った、古代に地球へやって来た異形の怪物たちの神話であり、そのあたりもダブらせているのでしょう。

アティカスは謎を解くことができるヤヒマを助けますが、その後、モントロースはヤヒマの首をかき切り殺してしまいます。せっかく謎が解けるかもしれなかったのに…。というわけで、『ラヴクラフトカントリー』第4話でした。モントロースは何を隠しているのか? クリスティーナの本当の狙いは何なのか? そして彼女の正体は? 次回をお楽しみに!


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