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インドネシア法の概要

 インドネシア法は、多元的である。オランダによる植民地支配の影響や民族的・文化的・宗教的な多様性を背景に独特な法体系となっている。
 ①制定法、②慣習法(アダット法)、③宗教法(主にイスラム法)の3つに分けられる。
※ 島田弦編『インドネシア 民主化とグローバリゼーションへの挑戦』旬報社(2020年)30~38頁の分類に従った。

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<インドネシア史の概要> ※ 外務省ホームページより一部抜粋

歴史

<民族> ※ 「政治統計2015年度」を参照
 全人口の約4割を占めるジャワ族をはじめ、200から300とも言われる民族

<宗教(2016年時点) > ※ 外務省ホームページより抜粋
 イスラム教:87.21% キリスト教:9.87%(プロテスタント:6.96% カトリック 2.91%) ヒンズー教:1.69% 仏教:0.72% 儒教:0.05% その他:0.50%
※ ちなみに、人気の観光スポットであるバリ島では、ヒンズー教徒が多数を占める。

1 制定法

 インドネシア法は、オランダによる植民地支配(1602年の東インド会社の設立に始まり、太平洋戦争下では日本軍の占領下にあったものの、1949年まで続いた。)の影響を強く受けている。
 オランダ法はフランス法(大陸法)の影響を受けていることから、インドネシア法は英米法系(Common Law)ではなく、大陸法系(Civil Law)に属すると言って良い。つまり、予め定められた法によってルールが形成されている。この点では、同様に大陸法系とされる日本法的な発想になじむものである。
 インドネシアは、日本のポツダム宣言受諾発表の2日後、つまり1945年8月17日、独立宣言を発表し、翌18日、インドネシア共和国憲法を公布した(その公布年度にちなんで「1945年憲法」と言われる。その後、インドネシアは、政治体制の変更に伴い、3度の改憲を経験している。1998年まで続いた権威主義的なスハルト体制の終了とその後の民主化に伴い、1999年から2002年に掛けて、人権保障規定を拡大するなど、憲法が多岐に亘って改正された。この憲法がインドネシア現代法の根幹となっている。)。
 1945年憲法には、「その公布時に存在する法令は、本憲法に基づき新たなものが制定されるまでの間、引き続き有効とする」との経過規定(経過規定2条)が定められており、その結果、オランダ植民地期に制定された法令が、それも民法、商法、民事手続法、刑法といった重要法令を含んで、現在に至るまでインドネシア法の相当部分を構成している(ただし、例えば、刑事手続法は1981年に、会社法は1995年にそれぞれ制定された。)。
 このようにオランダ植民地期に制定された法律と1945年の独立宣言後に制定された法律とが併存している状況である。

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 法令の種類は、上位の法から順に、憲法、国民協議会(MPR)の決定、法律、法律代行政令、政令、大統領令、条例、省庁や委員会等が定める命令・決定となっている(法律の制定に関する法律2011年12号7条)。
※ 国民協議会は、国会議員と地方代表議会議員で構成され、大統領や副大統領の任免等を決定する。

2 慣習法(アダット法)

※ 本項目の記載は、Simon Butt and Tim Lindsey, ‘INDONESIA LAW’(OXFORD UNIVERSITY PRESS 2018)127-142を参考にした。

 インドネシアには、「アダット法」と呼ばれる慣習法が存在する。憲法でこの慣習法の存在が認められている(憲法18B条2項/この規定は2000年の憲法改正で設けられた。)。
 インドネシアは約1万7500の島々で構成される島嶼国で、前記のとおり、200から300とも言われる民族が各地で独自の文化を形成している。この中で、各地域共同体のルールとしてそれぞれ築かれてきたのが、慣習法である。そのため、慣習法の内容は地域共同体ごとに千差万別である。ただ、「法」とは言っても、一般的にイメージされる法律とは異なり、その地域共同体独自の「習わし」のようなものでもある(主に口伝され、故に、その内容を特定すること自体、難しい。裁判では、その地域共同代の構成員の証言が証拠となり得るが、ときにバイアスがかかっている。)。さらに、その内容は、社会の変化に応じて変わっていく。一方で、それを構成する個人ではなく、地域共同体を重視するという共通した特徴を有している。慣習法は、土地や森林等の天然資源に対する権利として主張されることが多いが、この権利主張を行うのは、個人ではなく地域共同体である。
 都市化の進展に伴い、その影響力はどんどん低下しているものの、慣習法は農村部を中心に残っている(1999年以降の法律では、慣習法としての地域共同体の権利が法律上明記されていることもあるが、その地域共同体が現に実在することが権利行使の要件として求められるため、都市部では、この要件を充たすことは通常考えられない。)。前記の慣習法の特質に照らせば、部外者がその慣習法の存在を予測することは、困難である。例えば、州政府による法律上の許可を得て農村部で土地や森林等の天然資源に関する取引・開発等を行おうとしたものの、それらを長年利用してきた地域共同体の反発を受けてしまうケースも存在する。その後、憲法裁判所で、地域共同体の権利が慣習法として認められることで、州政府に許可権限を与える法律自体が違憲であると事後的に判断されてしまうこともある。
 とりわけ農村部で土地や森林等の天然資源に関する取引・開発等を行う場合には、慣習法の存在を念頭に置く必要がある。

3 宗教法(主にイスラム法)

 13世紀のイスラム文化・イスラム教の渡来を端緒に、インドネシアのイスラム化が進み、国民の約9割がイスラム教徒である。
 イスラム法によって主に規律される分野は、婚姻や相続等である。インドネシアの司法制度として、最高裁判所の下に、通常、宗教、軍事、行政の4つの裁判系列が下級裁判所として存在する。そして、宗教裁判所は、イスラム法に基づき、婚姻や相続等に関する事件を管轄する。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

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