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目の使い方で役の人物になりきる【視覚の訓練】 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム㉑

別人になる秘訣


「今日は以前お話しされていた「受験番号を見つけて大喜びする」という課題をやってみましょうか?」

「ありがとうございます!」

「今までの復習になりますし、視覚の訓練にも触れていけると思います」

「はい!」

「早速ですが、その課題で特に難しかったのは何だったか思い出せますか?」

「そうですね…何もかも…って感じなのですが…」

「では、一番、頑張ってたなぁと思うのはどんなことでしょう?」

「番号を見つけて泣くのは、今までの苦労が脳裏によみがえったのだろうなと考えたので、苦しかったエピソードを想像して、演技の時はそれを思い出そうとしていた事だと思います」

「なるほど、とても大切な準備だと思います。その努力は実った感じでしたか?」

「うーん、思い出すのに必死という感じで…ジワーとは来たのですが、イメージしていた感激の涙が溢れ出るという感じにはなりませんでした」

「実際、そういう経験はありますか?」

「いやー、高校受験は頑張った方だと思いますが、号泣したりはしませんでした…」

「そうでしたか…では、その時のあなたのままでは通用しなさそうですね」

「はい、この場合、私の過去はあてにできそうにないです」

「再演するなら何から始めますか?」

「そうですね…やはり、目的を見つけることが重要なのだろうと…」

「その通りです!あなたの目的はなんだと思いますか?」

「合格かどうか知りたい…」

「間違ってはいないと思いますが、もう一度その言葉をゆっくりと噛みしめながら口に出して言えますか?ただし、「私は」と主語をつけてみて下さい

役になる第一歩 目的を見つける

機能する目的の見つけ方


「はい…、私は… 合格か… どうか… 知りたい…」

「どうですか?」

「さっきより、自分の事のように感じれた気がします」

「分析のための分析に終わらせないために、必ず「私」と言いながら自分の身体を感じて、当事者感覚がどうなるかを味わいましょう

「はい、確かにさっきは役を客観視していた感じでした」

「客観視が全て悪いわけではありませんが、目的を見つける時は、主観的に、役の人物の目から世界を見るようにしましょう。そうしないと、役に立たない目的を設定することになりかねないからです

「動機を自分の身体に感じなければならないのですね」

「そうです。では、目的をより明確にするために「私はあなたに、~してほしい!」の文型に当てはめて言い直せますか?」

あなたに?

「はい、掲示板や大学などを擬人化しても良いので、とにかく相手にしてもらいたいことを行動の目的にするということを忘れないでください」

「えっーと… 私は… あなたに… 私が…  合格か… どうか…教えて欲しい… 」

「どうですか?」

「なぜか、少しドキドキが増しました」

「これだと常に相手の存在を感じれますし、相手の思い次第という感じが不安感を増しますよね?」

「はい!少し調整するだけで、今からする行動の実感が変化するのが面白いですね」

一人でやらないで!って言われたことあるかもしれませんが、そう言われてしまう演技は多くの場合相手を必要としない目的を設定してしまっているからです

「私はそれ以前に役の目的ではなく、俳優の目的を達成しようとしていることが多かったので…」

「それも一人でやらないで!になりますねアハハ!」

役の目で世界を見る

役の感情が自然に生じてしまうための質問


「あなたは、どれくらいの確立で合格できると考えているのでしょう?」

「半々ぐらいでしょうか…私の受験の時はそんな感じだったかと…」

「その設定は、感涙にむせぶ、という結果を生むのに適した土壌と言えそうですか?」

「…なるほど…今、思えばですが…私も不合格を覚悟しなければならない出来だったのなら、合格に泣いていたかもしれません…」

あなたにも号泣が起きた可能性がある設定を探る必要がありますね」

「なるほど、同じ「私」という樹でも土壌を変える事で、実るリンゴを自然に変える事ができるということですね」

「まさにその通りです。「もし、私が役の人物と同じ反応をするのだとしたら、私にどんなことが起きたのだろう?」という質問を自分に投げかけましょう

「はい」

のぞむ結果を有機的に生み出す

「では、不合格を覚悟しているという事ですが、不合格だと一体どうなるのですか?」

「学校に入れません…」

「なぜ、学校はあなたを入れてくれないのでしょう?あなたの番号を載せていない掲示板を見た時、あなたはその学校からなんと言われていると感じるでしょう?」

「あなたの勉強は無駄だったよ…あなたは能力が無いです…、あなたは期待外れです…」

「今、口にした文章の中で一番しっくりくるのはどれですか?」

「…あなたは期待外れです…かな」

「あなたはその学校が好きで、苦労して勉強頑張ったのですよね?どんなエピソード考えたのでしたか?」

「好きだったバスケ部を辞めてまで勉強に専念したのですが、模試でE判定をもらった時に、私のライバルだった子が県大会で大活躍したというのを聞いて、悔しくて大泣きしながら英単語書きまくったとか…」

「いいですね!そこまでさせた、その学校に拒絶されるのはどんな気分ですか?」

「…なんだか、自分という存在を全否定されるような」

「逆に合格だと…」

「部活を辞めた後悔や罪悪感全てが払拭されて、私を全肯定されている感じです」

「では、目的をもう一度言い直せますか?」

「私は… あなたに… 私が… 期待通りか… どうか… 教えて欲しい… なんだかもう泣きそうです」

「合格かどうか教えて欲しい、よりは機能しそうですね」

「はい、番号を探している自分が内心は怯えているのが想像できます」

「では、課題は、受験番号を、あなたを全肯定する存在、として見れるか?という事になりますね」

「なるほど…」

「ここは学校ではありません。番号も掲示板もありません。あなたは高校生でもないし、受験勉強をしたのは昔の話です」

「はい」

「しかし、あなたはこれらの状況を全て信じた上で、先ほどの目的を達成するために、正確に行動できれば役として生き、その結果として欲しい感情が生まれてくるかもしれません」

「かなり、難しそうですね…」

「ですね。だからこそ、思い出して頂きたいのが、あなたの頭は騙せない、しかし…?」

世界をどう見るかがあなたが誰かを規定する

私が世界をどう見るかが、私が何者であるかを規定する


「…身体なら上手に物語の中に誘導することが出来る…ですね?」

「そうです、あなたの身体が世界をどう扱うか次第で、あなたが物語の中にスムーズに入っていけるかどうかが決まります」

「私の身体が世界をどう扱うか?」

「はい、あなたが世界をどう見るかが、逆にあなたが誰であるか?どんな人であるか?どんな行動を選択し、結果どんな反応が起きてしまうのかを規定しています

「世界をどう見るか…」

「あなたはペンをネズミの死骸のように見て、身体に変化が起きました」

「はい」

「その怯えた身体でネズミの死骸を扱うにふさわしい細かな行動を積み重ねましたね」

「はい」

「その小さな行動の有機的なつながりが虚構を信じさせ続け、結果として鳥肌も涙も生まれたわけです」

「ペンを指でどう扱ったかが非常に重要だと感じました」

「視覚は世界や対象をどう扱うかということなのです」

「指先だけでなく呼吸や肌感覚に変化が起きたのも、そもそもはペンをどう見るかがきっかけだった気がします」

「あなたは、この何もない空間が、憧れの学校だと信じなければなりません。また、そこにはあなたの存在の全否定を告げるかもしれない掲示板が立っていることも信じなければなりません」

「はい」

「しかも、実は、あなたを全肯定する番号がそこにあるのをまだ知らない、という事を信じなければならないのです」

「はい…」

「それらを信じるための全ての鍵は、あなたがこの何もない空間をどう見るかにかかっているのです」

「わかりました」

「設定を頭で思い出したり、表現したり、妄想を思い出したりするのでなく、今、ココにその存在を身体で感じて見るのです」

「今、ココに、見る…」

「基本的な事から少しやってみましょう。懐かしさを感じられる写真は持ってきてくれましたか?」

「はい」

「では、やってみましょう」

日記帳に挟んで持ってきた写真を取り出した。

玄関前。
父と母が1歳に満たない私を自慢げに抱いている。

色あせた写真の中、二人があまりに若い。
私はまん丸に太っていて、生真面目にカメラを見つめていた。


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