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顧問税理士が知っておくべきM&Aの会計・税務~(その1)顧問税理士としての役割

はじめに

平成30年度税制改正によって事業承継税制の特例制度がスタートし、一定の条件の下に贈与税・相続税の納税猶予および免除が可能になりました。しかし、この制度は後継者がいることを前提としているため、そもそも後継者がいない場合には別の手段によって会社を引継いでくれる人または会社を見つける必要があります。その手段のひとつがM&Aです。

関与先に後継者がいない場合、どのような出口戦略が考えられるか、つまり、M&Aや会社の清算などを顧問先の経営者と話し合っておくことが必要です。

今回から数回にわたり、顧問税理士として関与先企業のM&A(売り手サイド)にどのように取り組んでいくべきかを紹介していきます。ここでは、顧問先企業に後継者がいない場合のM&Aによる事業承継を前提としています。

顧問税理士としての役割

顧問先企業と定期的に接触している顧問税理士は、その企業の状況を第三者として最もよく把握しているのではないでしょうか。経営者が高齢となり、親族または従業員の中に後継者候補がおらず、しかも、従業員がおり、取引先との関係から事業を継続する必要がある場合もしくは経営者がそれを望んでいる場合には、M&Aで事業を引き継いでもらうのが有用な手段と言えます。

しかし、すべての会社がM&Aによって売却できるわけではありません。財務状況や経営成績が悪くない、つまり、債務超過に陥っておらず、営業利益はある程度出ており、買い手側に何らかのメリット(例えば、技術、大企業との取引関係、特殊な技能を持つ従業員など)があれば、売却の可能性が高まってきます。ただし、売却の可能性のある会社であっても、買い手企業を見つけるのは簡単ではないため、通常であれば日本M&Aセンターなどの仲介会社や取引関係のある金融機関の力を借りるなどしてM&Aを進めていくのが一般的です。

なお、事業承継型のM&Aを実施した会社の中には、顧問税理士に相談せずに経営者自ら仲介会社とコンタクトを取りM&Aを進めた会社もあると聞きます。これ自体が適切ではないM&Aの進め方と言うつもりはありませんが、M&Aが成約したにも関わらず仲介会社に手数料を支払った結果、経営者に当初期待したほどの売価代金が得られなかったケースもないとは言えないため、顧問税理士として常日頃から適切な情報発信を行い、経営者から要所要所で助言を求められる関係を築き上げておくことが望ましいと考えます。

そのため、顧問先への情報提供が必要となるわけですが、中小企業庁が出している「事業承継マニュアル」「事業引継ぎハンドブック」がコンパクトでわかりやすく、インターネットで入手可能です。

仲介会社の利用を前提にM&Aを進めていく場合、仲介会社がファイナンシャルアドバイザー(以下「FA」と言う。)業務を行うのが通常であり、売り手と買い手のマッチング、スキームの検討、売り手と買い手の交渉のサポート等を行ってくれます。そのため、顧問税理士に求められる役割はかなり限定的ではありますが、M&Aをスムーズに進めるためには顧問税理士の協力が鍵になってきますので、積極的に協力することが必要です。

筆者が考える顧問税理士の主な役割は、①経営者への助言、➁財務・税務デューデリジェンス(以下「DD]と言う。)への対応、の2つです。

①経営者への助言

FA主導のM&Aの過程において、経営者が疑問に思ったこと、特に税金に関する部分を中心に回答することになるでしょう。例えば、FAが提案するスキームによる税金の検証などが考えられます。

➁財務・税務DDへの対応

顧問税理士の重要な役割となるのがこれで、適切な財務データなどの情報提供とDDを行う専門家からの質問への回答が中心になります。
情報提供に関して、記帳代行を会計事務所が引き受けている場合はもちろんのこと、社内で会計ソフトの入力を行っている場合であっても、経営者が会計ソフトの操作に慣れていないケースも十分考えられるので、顧問税理士がDDに協力的にデータ提供するのがよいでしょう。財務・税務DDでは、過去3期および進行期の財務データを確認するのが通常であり、調査対象期間の試算表、仕訳帳、月次推移表、固定資産台帳などのデータを専門家に提示することになります。データの提示は、紙で行うのではなく、可能な限りエクセルで提示するのが望ましいと言えます。これは、DDを行う専門家にとって、エクセルデータの方がデータの加工がしやすく作業が効率的に進むからです。そのため、会計システムからエクセルデータの出力が可能にも関わらず、PDFや紙の提供しか行わないと、DDに非協力的である心証を買い手に与えかねないし、会計ソフトの操作方法を知らないとネガティブに捉えられる可能性もあります。さらに、売り手企業を専門家が訪問してDDを行う場合は、可能な限りDDの現場に顧問税理士や担当職員が同席して、経営者が回答困難な会計・税務に関する質問に回答することも求められるでしょう。

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