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アルコール依存症の治療 後編

アルコール依存症の治療 前編、中編の続き。

8.薬物治療

アルコール依存症の人は、ドパミン神経系、セロトニン神経系、GABA神経系とグルタミン酸神経系の異常が指摘されている。

これらの異常を薬物治療によって改善させることを目指す。

1)抗酒薬

抗酒薬は酒を飲みたいという気持ちを減らしたり飲めない体にする薬である。

セリンクロ(ナルメフェン)
レグテクト(アカンプロサート)
シアナマイド(シアナミド)
ノックビン(ジスルフィルム)
などがある。

セリンクロとレグテクトは比較的新しい薬である。詳細は以下を参照してほしい。

シアナマイドとノックビンは飲みたい気持ちを抑える薬ではなく、アルコールの分解を阻害することで飲酒すると「二日酔い」になる状態となる。そのため「飲めない身体になった」と飲酒を思いとどまる(ことが多い)。

「今日1日飲まずに生活するぞ」と、朝 家族の前で薬を飲み、飲みたい衝動が出てきたときに「これでもう飲んではいけない体になる」と追加で薬を飲むという使い方をする。

シアナマイドとノックビンの差は

・シアナマイドの方が早く体から抜ける
半減期 シアナマイド 40-80分、ノックビン6-9時間
持続時間 シアナマイド 1日、ノックビン 数日

・シアナマイドの方が早く効く
効果発現 シアナマイド 5-10分、ノックビン 12時間

・剤形が違う
シアナマイド 液体、ノックビン 粉

シアナマイドは、即効性があるため、飲みたい衝動が出てきたときに追加で飲むことができるものの、身体から抜けるのが早いため毎日飲まないといけない。

ノックビンは、家族が毎日見ることができない人に向いている。

しかし、アルコール依存症の飲酒欲求は普通の人の”飲みたいなー”とは別次元で”飲まざるをえない”、”気がついたら飲んでいた”というレベルのもので、抗酒薬を飲みながら飲酒してぶっ倒れて救急車で運ばれたり、朝に抗酒薬ではなくアルコールを飲んでしまっていたりすることは良くある。

以下は依存症に対する治療ではなく、一種の対処療法である。

2)睡眠薬

アルコール依存症の人は多くは不眠である。

不眠のため飲酒しやすくなり、飲酒するために途中で何度も目が覚め寝た気がしなくなる。
この悪循環の中で泥沼化していく。

飲酒をせずに睡眠薬を服用し、夜眠ることとで生活が安定していく。

ただし依存症の人の多くは睡眠薬に反応せずいくら増やしても眠れないことが多い。睡眠薬だけで不眠を改善させようとすると、今度は睡眠薬依存症になり、日中に体に薬が残りぼーとする状態になってしまう。

アルコール依存症は治って、睡眠薬依存症になってしまったのでは何をしているのか分からなくなってしまう。

依存症の人の不眠の多くは、しっかりと断酒した後は、かなりのところまで自然に改善するということは重要である。

正論を言えば「睡眠薬を飲む前にアルコールを止めましょう」である。
しかしそれでアルコールを止めることができるほど、アルコール依存症の治療は簡単ではない。
生活の支障が出ない程度に睡眠薬依存になることで、アルコール依存から回復させていくということも、比較的よくあることである。

3)抗うつ薬

アルコール依存症の人は飲酒を続けることで容易に抑うつ状態になる。

アルコールは、飲むとその時には気持ちが楽になり、楽しい気分になったりするものの、その後 抑うつ状態をひきおこす。

不眠と同様に、しっかりと断酒した後は、薬を飲まなくても自然に改善する。

しかしそれまでの間 何もしないのは、ちょっと辛いため、しばらく抗うつ薬を使用することがある。

4)その他

抗不安薬、気分安定薬、抗精神病薬を適時使用し、イライラや不安の軽減を目指す。

以下は水野貴史ら 臨床精神薬理21:387-400,2018 より

アリピプラゾール(エビリファイ)

10-15mg程度で

・中脳辺縁系のドパミンを適正化
アルコールに対する渇望感や飲酒行動を軽減

・前頭葉のドパミンとセロトニンへ作用
衝動性を軽減

・前頭葉~中脳辺縁の ドパミンを適度に賦活
アンヘドニアを軽減

ただし今のところプラセボとの比較ではあまり差が出ていない。
効果がないのではなく抗うつ薬と同様にプラセボ効果が高く出すぎてしまう。

トピラマート(トピナ)

・グルタミン酸神経系とGABA神経系のアンバランスを改善

易怒性、衝動性、攻撃性、強迫症状を軽減

やや期間が短めではあるもののプラセボと比較して一日飲酒量の減少、大量飲酒日数の減少など、効果が認められている。

どちらも 現時点では適応外使用ながら他の薬が効果を出さないときには試してみる価値がある。

アルコール依存症の治療において薬物治療はあくまでも補助的なものである。
しかし薬を出さないと、次回病院に来る可能性はほぼゼロに近いため、害にならない程度の薬を出しながら、定期的に病院に来ることで治療関係を築いていくという戦略をとることが多い。

病院に行って薬をもらったら治る ということは絶対にない。
薬をもらいに病院に行くことを繰返すことで 少しずつ回復への道を歩み始める ということである。

病院に行かなくても自助グループに行くだけで回復への道を歩み始める人もそれなりの数いることも強調しておきたい。


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