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MCI(軽度認知障害)は治療すべきか、しないでいるほうが良いか


MCI(軽度認知障害)は治療すべきか、治療しないべきか

MCI(Mild cognitive impairment)は認知機能が低下しているものの、認知症レベルにはなってはいない人たちにつけられる病名である。

以下で紹介するデータは講座精神疾患の臨床5神経認知障害群からのものである(いわゆる孫引き)。

MCIは65歳以上の15.8%、80歳以上の28.6%に極めて高頻度に見られる(Petersen RC et al. 2018)。

最近物忘れが多くなって認知症が心配になったと本人が言って受診してくる場合は、多くは認知症ではなくMCIであることが多い。

アルツハイマー型認知症などの記憶力が先に低下する認知症は、自分が認知症であるということを自覚している間は認知症レベルに達していないことが多い。

検査でMCIレベルであることが分かったあと、どうするかが大きな問題となる。

認知症ではないので大丈夫ですとそのまま治療を終わらせる。
認知症ではないけれど多少能力の低下があるので、一定期間後に再度受診してくださいと次回の予定を入れる。
多少能力の低下があるので、これ以上進まないようにするために認知症の薬を飲みましょうと治療を開始する。

それぞれメリットとデメリットがある。

MCIはその後 大きく変化する

MCIの人は、1年後 5-15%の人は認知症に進行する、15-41%の人は正常レベルになる(認知症疾患診療ガイドライン2017)。

正常レベルになる人はかなり多い。

とはいえ正常レベルに戻った人もその後認知症に至るリスクは比較的高いという話もあり、ある程度の注意は必要である。

認知症ではないので大丈夫です

この対応の場合、本人や家族は安心する。

少し能力の低下を自覚し、不安になり自信を失いかけていた人たちが、安心して日々を過ごせるようになるのは大きい。

実際 1年後15-41%の人は正常レベルになるため、問題とならない人が結構いる。

しかしこの対応をしたときには、次に外来を受診するときには認知症がかなり進行したときであることが多い。

認知症が明らかになってきても、「あの時 認知症じゃないので大丈夫です」と言われたから大丈夫だろう、と今は信じてはいけない言葉にすがりついてしまう。

私の外来にやってくる認知症の人で「以前 脳外科で脳の検査をしてもらったけど認知症じゃないといわれました」という人が結構いる。

MCIの人にとって「認知症じゃないので大丈夫です」というのは、今は認知症じゃないけれど、1年後に5-15%の人は認知症のレベルになっていますという意味である。

しかし当然伝わらないし、そもそも説明されていない人が多い。

認知症ではないけれど多少能力の低下があるので、また受診してください

比較的 自然な対応である。

しかし問題なのは、1)次回はいつにするべきなのかはっきりしない、2)受診することで何が得られるのかはっきりしない。

感覚的に1-2か月後だと早すぎるし、1年後だとちょっと遅い。

しかし半年後だと新患の予約枠がすぐに一杯になってしまい、早急な治療開始が必要な人たちに対応できなくなる。

また半年後にMCIであることが確認できたからと言って、何か得られるものがあるかといわれると、「良かったですね。引き続き 頭と体をほどほど動かしながら生活してください」と伝えるしかない。

多少能力の低下があるので、これ以上進まないようにするために認知症の薬を飲みましょう

ドネペジルなどの抗認知症薬は認知症が軽度の方が効果があり、中等度や重度に対しては効果が低くなるという傾向がある。

エビデンス的には微妙なところではあるものの、残された能力が高い軽度の人は抗認知症薬により多少能力が補われると反応や生活能力が向上するためである。

重度の人は多少能力が補われても、もともと障害されている部分が大きいため微妙な感じになることが良くある。

ずっとぼんやりしていた人が、薬を開始することで仕事をしていたときのことを思い出し「仕事に行く」と服を着替えようとタンスをひっかきまわし、やっと見つけた服もうまく着れずに破ってしまうという状態は、良くしたのか、悪くさせたのか難しい。

とはいえ、エビデンス的にはドネペジルをMCIの人に使うと、評価項目の一部はプラセボより優れているものの、全体としては大きな変化はないというものが多い。

安心と少し薬の効果を期待し、限界があることを理解しながら薬を飲むという選択肢はあり得る。

しかし最大の問題は、現在 認知症という診断を受けてしまうと、運転免許は更新できなくなる可能性が高く、抗認知症薬を処方するためには認知症という病名をつける必要があるということである。

結局

個人的には、2番目の「認知症ではないけれど多少能力の低下があるのでまた受診してください」と伝えることが多い。

そして自分の新患の枠の限界もあり、1年後にまた来てくださいと伝える。もちろん認知症になりづらくなる生活や内科的治療の必要性も説明しておく。

とはいうものの、現実的に1年後に受診する人はほとんどいない。

下の記事でも書いたように、薬を出さないとまず人は病院に来ない。


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