パリッコ/スズキナオ 『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』編集後記(森山裕之)
『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』編集後記(スタンド・ブックス代表/編集 森山裕之)
2年前の2018年5月、パリッコさんの初めてのエッセイ集『酒場っ子』をスタンド・ブックスから出させてもらった。
パリッコさんはそれ以前から、『酒場人』というお酒についての雑誌の監修をしたり、雑誌、WEBでお酒の記事といえばもう欠かせない書き手のひとりになっていた。
パリッコさんと『酒場っ子』をとても楽しく作ることができたし、個人的に手応えもあった。たまたま同じ町に住んでいたこともあって、顔を合わせる機会も多くなったので、何か定期的に一緒に本を作れるといいなあと考え、「何かお酒の雑誌みたいなものを作りたいですね」と、2018年頃からなんとなく話していた。その後もパリッコさんはどんどん連載を増やし、本の刊行も続いていた。
本格的に「雑誌」を作ろうということになったのは、2019年の春頃だった。パリッコさんが会社勤めを辞め、本格的に酒一本で、筆一本で生きることに決めたのだ。そして、私たちが住む石神井公園にあるスタンド・ブックスの事務所に、パリッコさんも机を置いて仕事をすることになった。それからはほぼ毎日顔を合わせるようになった。フリーになったパリッコさんの仕事量は、端から見ていても一気に増えたようだった。毎朝事務所の机に向かってものすごい勢いで文章を書き、取材に出かけていた。
同じ頃、パリッコさんと「酒の穴」というユニットを組み、それまでに共著も出していたスズキナオさんの初めての本をスタンド・ブックスで作ろうと思い、動き始めていた。まず、ナオさんの本を出して、それに続けてパリッコさんとナオさんが中心となって作るお酒の雑誌を作ろうと話していた。
今、「のみタイム」のツイッターアカウントを確認すると、2019年4月26日に最初の投稿をしているから、それ以前の3月頃からナオさんが東京に来ると3人で集まって雑誌名やどんな内容にするか話し合いを始めていた。
まず、雑誌名を決めた。100本は出し合ったのではないか。その中から「のみタイム」というタイトルに割とすんなりと決まった。それからは、話し合ったことを私が台割に落とし込み、LINEを中心に企画案を追加していった。同じ沿線に住んでいるフリーの編集者、高田真莉絵さんにも加わって頂き、いろいろな意見を出し合った。最初の台割は「1杯目」として形となった内容とは随分違うものだった。
定期刊行物として出していこうと考えていたから、出版取次にも相談に行った。内容を説明し、これまでの経験に基づいた有益なアドバイスをたくさんいただいた。私は、今まで3つの雑誌に関わり、ふたつの雑誌で編集長を務めた。これまで、雑誌をリニューアルすることはあっても、ゼロからひとつの雑誌を立ち上げることは初めてだった。
他にもいろいろな方々の意見を聞くなかで、売上のことだったり、内容のことだったり、何か、当初のひらめきから少しずつブレてきている気がした。今振り返るとブレていたと客観的に言えるが、その時は自分の中ではっきりとした確信が持てていなかった時期だったのではないかと思う。
いろいろな人の意見を聞き、自分なりに咀嚼し、それをパリッコさんとナオさんに提案すると、ふたりはいつも一旦飲み込み、それに対する考えを返してくれた。でも、ふたりも私も、その時はまだ完全に『のみタイム』は「これだ」という感触に至っていなかった気がする。3人で、「絶対にこれだ」というものにしたかった。それがなんなのかを、2019年の間はずっと探していた。パリッコさんとは事務所で顔を合わせる度に、来年こそは『のみタイム』を始めましょうと話していた。『のみタイム』のツイッターで、3人交替で何かをツイートするということも細々と続けていた。
2020年から、私はスタンド・ブックスでの書籍の編集と並行しながら、雑誌『クイック・ジャパン』のウェブメディア『QJWeb クイック・ジャパン ウェブ』の編集長を務めることが決まっていた。2019年の終わりから2020年の始めにかけて、その準備とメディアを軌道に乗せるための作業で、これまでの人生で最も頭と手足を使う日々を送ることになった。その最中、世界はコロナ禍となった。
少しだけウェブの作業が落ち着いてきた2020年3月、いつも作業している事務所で、腰を落ち着けてパリッコさんとふたりで『のみタイム』について話した。
パリッコさんとナオさんが躊躇があるものは一切載せたくない。ふたりの作りたいものをやり切りたい。それで部数が変わったとしても、その部数に合った設計をすればいい。ふたりが信用できる人たちだけで作りたい。雑誌の編集をひとりでやったことはないけど、コストを抑えるためにはそれしかないからやってみようと思う。私からはそんな意味の相談をした。
パリッコさんは全面的に同意してくれた。じゃあ、内容はどうしますか。
既に外出禁止が叫ばれる時期だった。当初予定してようなお店の取材もできない。そう時間がかかることなく、どちらからともなくその場でアイデアが出た。
「1冊まるごと家飲みの特集にしませんか」
「これだ」というものがようやく見えた。そういう感触というのははっきりとわかるものだ。
そこからは速かった。当時急速に普及していたオンラインの打合せを行い、ナオさんも全面的にコンセプトに同意してくれた。そして、毎週オンライン打合せを始め、執筆スケジュール、他の執筆者についても決めていった。
この打合せの様子を『週刊のみタイム』として制作過程を配信していくというアイデアもふたりから出て、本当にそれから発売まで毎週30分程度の動画を録り続けた。毎週最初に動画を拝見し、タイトル、説明を書くことが楽しかった。
私も、『週刊のみタイム』の最終回のひとつ前の回に出演させて頂き、メイキングオブ「のみタイム1杯目」を一緒に話させてもらった。その動画で語り切れなかったことを今回、編集後記として書いた。
結局、初心が、ファーストインスピレーションが、最初の勘がいちばん正しいのだと、年齢を重ねる毎に感じる。勘とは決してスピリチュアルなものではなく、経験の結果のものであると、最近つくづく思う。
『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』は2020年前半の記録であり、今しか作れなかった、出せなかった本だ。「雑誌」と思って作り始めたけど、「雑誌」と「本」の間のような、今「雑誌」を編集するなら、「こういうものになりました」というひとつの結果のようなものが、パリッコさんとナオさんと作ることができた。
こう書くのはおこがましいのだけれど、本当に満足いく本ができた。できあがった本を手に取り、心からそう思えた。2021年春頃、「2杯目」で会いましょう。
2020年9月11日 森山裕之
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