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デザイン組織における「対話」のススメ

サービスをつくる上でデザインが重要だ。

そんなことを感じていても、言葉としては抽象的なままで、実際のプロセスにおいて、具体的に重視すべきことの定義や、デザイナー自身がどんなスキルを向上させて良いのかが曖昧だったりすることは少なくないのではないでしょうか。

その中で、Coineyのデザインチームでは、サービスのデザインプロセスにおいて「対話」というものを一番重要なものとして定義し、対話のあるプロセスによってより良い体験をつくり出すことができるように取り組んでいます。

そもそも「対話」とは何か

まず、なぜ対話が重要なのかという点に入る前に、対話とは何であり、何でないかを明確に定義しておく必要があります。

教育学者であり、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究されている中原淳氏によると、組織におけるコミュニケーションの形式を分類すると議論・雑談・対話に分けることができるということです。

まず「議論」とは、いくつかの選択肢から何が正しいかといったような勝ち負けを決めたり、意志決定を行うものであるということ。

つぎに「雑談」とは、仲間内における自由な雰囲気で行われる雑談であり、明確な目的はない場合が多く、情報交換にとどまるだけでその場で大きな変化は起こりません。

そして「対話」とは、前提となる条件や基準そのものを問い直し、ものの見方やアイデアに変化を起こし、新たな解決策を導いていくものであるということ。相互理解や共感、変化を重視するプロセスであるということです。

また、ダイアログの理論で知られるデヴィッド・ボームは「対話」が他のコミュニケーション形式と大きく違って創造的なものであると述べています。

最初の話し手は、自分が言おうとしたことと、相手が理解したこととの間に差があることに気づく。この差を考慮すれば、最初の話し手は、自分の意見と相手の意見の両方に関連する、何か新しいものを見つけ出せるかもしれない。そのようにして話が往復し、話している双方に共通の新しい内容が絶えず生まれていく。したがって対話では、話し手のどちらも、自分がすでに知っているアイデアや情報を共有しようとはしない。むしろ、二人の人間が何かを協力して作ると言った方がいいだろう。つまり、新たなものを一緒に創造するということだ。
―『ダイアローグ―対立から共生へ、議論から対話へ』デヴィッド・ボーム

「対話」は個人の思考は違っているということを前提に、その差を利用して、コミュニケーションを積み重ねていくことで、新たな価値を創造するプロセスでもあるということです。

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「対話」に重きをおくべき3つの理由

では、なぜ対話なのか。Coineyではデザインプロセスにおける個人・チーム・ユーザーの3つの視点において対話を明確に意識することで、より良いサービスのデザインを実現できると考えています。

1. デザイナーにデザインの答えはない
「無知の知」という言葉があるように、デザイナーという枠組みの中だけで考えていては、効果的な解決策は導けないということは往々にしてあります。

Coineyのデザインチームが考えるデザイナーの本質的な役割は、単に色や形の視覚的な美しさをつくることではなく、人やものごとの間に立って問題解決や関係性をより良い方向へ導いていくファシリテーターのようなものだと考えています。

デザイナーだけで考えるのではなく、課題を抱えているユーザーや事業のことを日々考えている人たちと対話しながら、様々なアイデアや視点を統合していく。

そのためには、デザイナーは分野を超えて対話できる知識と姿勢を持ちながら、関係者と対等な立場で本質的な解決策は何かを引き出していくことが必要になります。

デザイナーという枠組みから外れ、デザインの外で考え、また戻る。何を知っていて何を知らないかを知る。そこから自身の知識や経験を掛け合わせることで新たな解決策を導いていく。
この反復作業がより良いデザインのための一番の近道であるためです。

ただし、デザイン・ドリブン・イノベーションで提唱されているような、世の中に新しい意味や価値を提示していくようなデザインにおいては、外から引き出すのではなく、デザイナー自身の内なる理想やセンスを重視したほうが良い場合があることも認識しておく必要があります。

2. 不確実なプロセスに対話がきく
受託などでの一般的なデザインプロセスは、オーダーを受けたらそれに対する提案という完成に近い制作物をキャッチボールのような形でやりとりで精度を上げていきます。

しかし、その最中に前提条件や方向性が変わっていくことがしばしばあります。最悪の場合はそもそもの出発点が間違っていたことに気づき、大きく方向転換するということも起こりえます。
特に新規事業などの不確実性が高いサービスデザインなどは、社会環境や事業の変化に併せてデザインプロセスも柔軟に対応できるようにしなければなりません。

そこでCoineyのデザインチームは「デザイナーは完璧を目指さなければいけない」といったような硬直したマインドセットを捨て、未完成の状態でもどんどん共有して対話を誘発していくことを心がけています。

デザインを基点とした対話を重ねることで、階層や分野を越えてチーム全員がデザインプロセスにおいて主体性を持ち、チームとして小さく早く失敗と学習を繰り返すことができるようになります。

どんなに優れたアイデアやデザインでも、それらを実現するのは結局「人」の関わり。対話は限られた時間とリソースの中で、妥協のないデザインを実現していくプロセスを進めていくための潤滑剤のようなものであるためです。

3. 対話がユーザーの信頼をつくる
よくユーザーの声を聞くな、と言われることがありますが、Coineyのデザインチームは、それはユーザーとのコミュニケーション・信頼関係が成立していないからだと考えます。

日々サービスを使い、日々の中にどんな問題があるかを一番に感じているのは、デザイナーでもなく経営者でもなく、ユーザーの方々であるということ。

その一人一人の声を単に聞くのではなく、なぜそうしたいのか、なぜ必要なのかを問い返し、対話によって異なる解決策を導くことができれば、双方にとってより良い関係性やアイデアを引き出すことができる可能性が高いためです。

製品やサービスが買い切りのパッケージ型ではなく、毎月利用料を支払うようなサブスクリプション型に移行してきている中で、ユーザーと継続的に良い関係を保ち、価値を提供し続けることができるようにすることがより重要になりつつあります。

単に要望を聞いて、盲目的に応えていくということではなく、対話によってより質の高いフィードバックと洞察を得ること。それらを改善と新たな価値につなげて期待を超えていくことが、良い評価や信頼を築いていくうえで最も有効であるためです。

ティム・ブラウンの「デザインはデザイナーだけに任せるには重要過ぎる」という言葉や、「デザイン・ディスコース」というった言葉が出てきているように、デザイナー個人の知識や経験には限界があることを認識し、積極的に外部の視点を取り入れていく必要があります。

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「対話」をつくるオープンさと創造性の余白

では、具体的に対話のあるデザインプロセスのために、何が必要なのか。
それは、サービスづくりに関わる人たち全員がフラットな立場でオープンな批評精神を持てるかどうか、ということに尽きます。

そのためには、まず何よりデザイナー自身が初めから完璧を目指さないという姿勢を持つことが出発点になります。

デザインプロセスにおけるデザイナーの役割で最も重要なのは、視覚的な美しさを提示することよりも、具体的になりつつあるものが正しい方向に向かっているかの指針を示せているかということです。

この点で強調したいことは、決して雑なアウトプットでも良いということではなく、デザインがフォーカスべき対象と検証すべきポイントをあらかじめ明確にし、それらを土台に対話を重ねて精度をあげていくことです。

また、完成に近いものを選択肢として提示されると、受け手もその中で思考の枠が規定されてしまいます。どうあるべきかよりもどれにするかといったような好みの議論に終止してしまうことになり、異なる意見や新しいアイデアの芽を摘んでしまうことにもなりかねません。

はじめから完璧をめざさないという観点で、工業デザイナーのシド・ミードはデザインのスケッチをする際に、あえて太いペンを使って細部を書き込めないようにすることで、常に全体の骨格を意識しながらデザインを行っていくそうです。

同じようにサービスデザインのプロセスも、はじめに細部のUIやビジュアルデザインよりも、なぜやるのか、どうあるべきかといった全体のきちんとしたビジョンとストーリーの骨格を描いておくことが重要です。

そこに、細部に多様な視点が入り込める創造性の余白を残しておくこと。そうすることで対話を促し、チーム全体を巻き込みながらサービスや機能の精度を上げていくこと可能になります。

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「対話」はデザインプロセスそのもの

これまで述べてきたように、「対話」とは相反するものごとのジレンマをコミュニケーションによって解決しながらも、新たな解決策や価値の創造へと発展させていくということ。それは、デザインという行為の本質と同じであり、デザインプロセスそのものです。

対話を明確に意識することで、よりよいサービスデザインを実現していくことはもちろんですが、組織においてデザインに対する良い批評と判断の文化を根付かせることにもつながります。

サービスのユーザー体験はデザイナーだけでつくるものではなく、組織全体で行うもの。要素を切り分けて部門ごとに最適化しても、全体の体験が必ずしも最適化されるとは限りません。

あらゆるものごとにおいて全体を常に認識することの重要性について、社会学者のマルティン・ブーバーはこう述べています。

メロディーは音から成り立っているのではなく、詩は単語から成り立っているのではなく、彫刻は線から成り立っているのではない。これらを引きちぎり、ばらばらに裂くならば、統一は多様性に分解されてしまうに違いない。
―『汝と私・対話』マルティン・ブーバー(植田茂雄訳)

同じようにユーザー体験も、部門や部分同士の関係性など、全体の相互作用を常に意識する必要があります。

デザイナーがUIやUXの知識、新しい技術などを取り込んでいくことは重要ですが、それらを通じてよいサービスを実現するのは結局人の関わり。

その関係性をより良くしていくために。プロセスの中間者であるデザイナーから対話をはじめる。ということが、いちばん大事であるということです。

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…と言いつつも、これまでの話はCoineyのデザインチームが大事にしていることであり、まだまだちゃんと実践しきれていないという部分もある、というのが正直なところです。

「デザイナーは事業や課題のことは深く理解してくれない。」
「経営者やクライアントはデザインがシンプルでおしゃれなものだったら何でも良いと思っている。」

こんなことを考えて日々モヤモヤしているそこのあなた!
Coineyでは対話によるデザインプロセスを通じて、より良いサービスを一緒につくってくれる仲間を募集しています!


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