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父の中では紛れもない事実
病院帰りのタクシーの中。
横断禁止の道路で、自転車に乗った若い女性がビュン!と車の前を横切った。
「危ないなあ!」
父が思わず声を上げると、運転手さんが
「ああいうのはホント、参りますよ〜」
「でしょう?轢いたら車が悪くなっちゃうんだから、堪らないよねぇ」
ここ数年、通院と床屋くらいしか積極的に外出しない父が、他人相手に珍しく饒舌に。
「高齢ドライバーの事故とか増えてるでしょ?アタシはね、81で免許を返納したんですよ」
「自主返納ですか、素晴らしいですね!」
実際のところは、返納ではなく失効したのだ。
肩を二度骨折している父、一度目の骨折でしばらくハンドルを握れなくなり、運転する機会のないまま書き換えの時期が過ぎてしまい、失効。
認知症がじわじわと進みつつある中、見栄を張っているわけではなく、本人にとっては自主返納したことこそが、紛れもない事実なのだ。
「いくらもう運転やめてって言ってもお父さん、返納しないって言い張ってたじゃない。アレは返納じゃなくて失効したんでしょ!」
返納か失効かで言い争いになったことは過去に何度もあり、その度にこのように激しく訂正してきたけれど。
それは多分、父親の認知症を認めたくなかっただけだったのだなと、今なら素直に認められる。
なので、この時は黙って聞いていた。
「81まで60年間、無事故無違反できましてね、でも運転しててヒヤッとすることが増えて、それで返納したんですよ」
「60年間、無事故無違反ですか!素晴らしいですね!娘さん、コレは凄いことですよ!」
タクシーの運転手さん、押し黙ったままの私に言い聞かせるような口調で話しかけてきた。
「そうですね…立派なことですね」
「そうですよ!立派なお父さんじゃないですか!」
すると父が、こんなことを言った。
「もう運転をやめるって、家族に宣言したらね、誰も何も言わなかったんですよ。アタシの運転、最後のほうは怪しかったのかもしれないですね…」
宣言は特になかったけれど、免許が失効して家族がホッとしたのは事実。
最後のほうは怪しかったのかも…その口調が、とても淋しそうだったので、
「事故を起こす前に返納して、正解だったんだよ。無事故無違反のまま終われたじゃない。お父さん、えらい!」
そのタイミングでタクシーが自宅前に到着。
車が走り去ってから、さっきの運転手さん、お父さんのこと凄く褒めてたね、と言うと、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
(やはり否定しなくてよかった。記憶が曖昧になっても、プライドまで失くすわけじゃないもんね…)
〜公益社団法人 認知症の人と家族の会 ホームページより抜粋〜
「事実」についての2つの原則
認知症の人の介護者が知っておかなければならない2つの原則があります。
原則1 記憶になければ本人にとっては事実でないこと
原則2 本人が思ったことは本人にとっては絶対的な事実であること
この二つの原則、理解したつもりなのに「そうじゃないでしょ、こうだったでしょ!」とついつい訂正したくなるけれど。
ああ、そうだったねと、父の中での事実を同じように受け止められるよう、日々奮闘中。
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