アイドル彼女は素っ気なくて甘くて 第98話
週末、
ある場所に居た。
男女ともに分け隔てなく
大きな会場内で一致団結して熱狂、
数多の視線が集まるステージには
同じ衣装を着た3人の"アイドル"。
最高のエンタメを提供する、
そんな現場の関係者席に居た。
「乃木坂46」という古巣から
自立した3人のメンバーは今や、
その古巣すら脅かすほどの
名実を獲得していた。
…
…
ライブの後、
メンバーから直々に
お呼び出しがあったらしく、
やや緊張で強張る腕で
楽屋のドアをノックした。
◯◯:…あの、呼び出されたんで来ました。
部屋の中からどたどたと
騒がしい足音が聞こえてきて、
風圧がするほど素早く開けられた
楽屋のドアから久しい面々が覗いていた。
真佑:◯◯だぁ!やっほ!
さくら:久しぶり、◯◯くん。
◯◯:あ、ども。
3人とも"アイドル"の衣装のままで、
楽屋で暴れてたのかと冷や汗がする。
遥香は真佑さんの頭越しに、
視線だけ俺の顔に送っていた。
◯◯:遥香も、久しぶり。
遥香:ん、おひさ。
前衛の2人に両手をぐいぐいと
引っ張られていって、
楽屋の中に見事に監禁された。
さくら:どうだった?私たちのライブ。
◯◯:良かったよ、すごく。なんか、感動しちゃってさ。
真佑:でしょ!?…沙耶香の"音楽"のお陰もあって、乃木坂を離れてもたくさんの人の笑顔が見れて幸せなんだぁ~。
ぴょんぴょんと跳ねながら
人目気にせず脱ぎ散らかしていく様子は、
やっぱりどんな環境になっても
メイク以外は変わらない奴ら。
真佑:ちなみに◯◯くん招待しようって言ったのは、かっきーが最初なんだよ。
◯◯:そうなの?
遥香:うん、私たちもそろそろ売れてきたから、呼ぼうかなーってね。
さくら:そんなこと言って、ほんとは会いたかっただけなのに。
遥香:さくちゃん?
この人たち年齢で言えば
大学生なんですよね?…と、
そんな感想が頭に浮かぶくらいの
可愛らしい"キャットファイト"が始まった。
真佑:ね、そんなことよりもさ!詰まる話も有るだろうし、かっきーと2人きりでお話してきなって!
◯◯:アホみたいな取っ組み合いが終わったらね。
遥香:ん?終わってるよ。
楽屋の床に大の字に伸びている
さくらさんを確認してから、
何をやったのかは気にしないように
しておこうと決め込んだ。
ーーーーーー
衣装の上にパーカーを羽織った遥香と、
2人でライブ会場の屋上に出た。
◯◯:今日、呼んでくれてありがとな。
遥香:こちらこそありがとう、来てくれて。
◯◯:実は3人の曲聴いてたりしたから、ファンとして最高の経験だったよ。
風に揺れるストレートの長い髪、
ステージ上とは違った雰囲気。
背は女性にしては元々高く
ヒールを履いた遥香の横顔は、
俺の目線とかなり近くなっていて
無意識に頬をムニっとしたくなる。
遥香:◯◯を呼んだのは、久しぶりに話したかったからってのもあるけど…安心して欲しかったからってのが本音。
◯◯:安心?
遥香:私がこの"道"選んだとき、◯◯めっちゃ心配そうだったから。
卒コンのあとの飲み屋で初めて、
遥香の口からアイドルを
新しいカタチで"続ける"ことを聞いた。
場違いになってまで冗談を言うような
人間ではないと分かるからこそ、
その決断に対して驚きを
隠せていなかったのかもしれない。
遥香:気持ちは分かるよ、"昔"の私を知ってる人なら尚更。
◯◯:ごめん、余計なお世話だったかな。
遥香:ううん、当然だと思う。だけど…私もこのくらいは一人前になったから、それだけは◯◯に伝えたかった、"パフォーマンス"として。
予想以上にかっこつけたセリフが
さらっと口から出たのか、
遥香は若干頬を赤く染めて
俺の肩を強めに叩く。
遥香:はぁ、おっかし。◯◯のたまに出るかっこつけ、移っちゃったじゃんか。
◯◯:俺のせいなの?それ。
遥香:全部、◯◯のせいだよ。私が今こうやって、"アイドル"やってるのも。「せい」って言うのも変だけど。
遥香は明るくこの瞬間を、
心から楽しんでいるように見えた。
毎日が新鮮で目まぐるしくて、
そんな人生の難しさは
俺には計り知れない。
…
…
遥香:んで、蓮加とはどうなのさ。
◯◯:何で今、俺の話になるんだよ。
遥香これも最初っから、話したかったやつだから。
わざわざ"恋バナ"をするために
まさか呼び出したんじゃないかと、
人気絶頂のアイドル様の権力の強さを
ひしひしと感じてしょうがない。
◯◯:まぁ…
遥香:連絡もしてないんでしょ?
◯◯:おい、決めつけんなよ。
遥香:だって、聖来が言ってたもん。
◯◯:…速やかにアイツと絶交したい。
けらけらと笑う遥香の弓形の目や
上がりきった口角を眺めて、
こんな風な景色を四六時中見ていた
時代もあったと振り返っていた。
◯◯:蓮加も忙しいだろ?…だからほら、そういう配慮で…
遥香:忙しいだろうけどさ、なんかちょっと残念。
◯◯:どういう意味だよ、
遥香:覚えてる?…◯◯が約束したこと。私にじゃないけど。
覚えてる、
はっきりと。
だけど。
"迷い"があって、彼女に対して
「違う」と言ってしまった。
◯◯:…"俺が幸せにする"
遥香:覚えてるなら、成し遂げなさいよ。
◯◯:そう簡単じゃないんだよ。
目線を自発的に逸らして
逃げようとした俺の両頬を挟み、
遥香はまっすぐに向き合って
話をそのまま続けた。
遥香:ここ何年かで気づいたんだけどさ、人の"想い"って、そう簡単に変わるものじゃないよ。
…
…
遥香:間違いなく、蓮加には◯◯しか居なくて、◯◯には蓮加しか居ない。たとえ立場とか環境とか、そういう要素が変わったとしても。
「変なとこクソ真面目なんだから」と
悪口を吐きながら額にでこぴんを放ち、
遥香はやっと両手で包んでいた
俺の顔を解放してくれた。
遥香:さっき、"心配させないため"に来てもらったって言ったけど、ついでに◯◯に"勇気"与えられたら良いなーって。
◯◯:勇気、ね。
遥香:ファンの人たちに勇気を与えられるのも、アイドルの特別な力だと思ってる。
◯◯:遥香は、強くなったな。
遥香:私だけの力じゃない。みんなと同じように辛いことも経験して、私自身も勇気を出せるように頑張ってるからだよ。
強いという言葉は、
好きじゃない。
どこか暴力的な印象を、
勝手に持ってしまうから。
遥香:何か悩みとか辛いことがあっても、"自分の心"だけは曲げちゃいけないって、見に来てくれる人たちに自信を持って貰いたい。
そんな俺でさえ今の遥香は
「強くなった」と清々しく言えるほど、
1人の女性として立派になったと
心から思える気がした。
遥香:今日のライブを通じて、私が1番"勇気"を出して欲しかったのは、◯◯だから。
◯◯:…
つくづくこの人物には、
見繕った厚い鎧は無駄だと
思い知らされるばかり。
遥香:◯◯のその悩みは、誰の幸せにもならないって、私はそう思う。
◯◯:…そうだな、ありがとう。
自ら幸せを敬遠していた気持ちの中に、
たとえ世界が変わっても
かたちそのままに残り続けている何か。
心が現れて表面がやっと見えた、
うまく形容し難いけどそんな感じ。
遥香:さっ、私たちこれからラジオの収録あるから、はよ帰った帰った!
◯◯:いいねぇ、売れっ子アイドルさんは。
遥香:はいはい、これからもファンよろしく~。
俺の背中を強引に押して
建物内に入ろうとする遥香は、
俺を明るい未来へ
誘っていくようで、
抵抗することは考えもしなかった。
つい最近見つけた覚えのある
「変わらないもの」を探せ、
このくらいやってみろと
無理難題を突き付けたのは、
アイドル、
賀喜遥香。
苦楽を共にした人だった。
ーーーーーー
続く。
ーーーーーー
アイまい第98話
参考楽曲
平井堅
「Precious Junk」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?