悔しさは、見ようとしないことから始まる
こんばんは、拓己です。
今回は、「悔しさは見ようとしないことから始まる」です。
さて、皆さんは悔しい気持ちを感じた時「なんで俺が、、、なんで私が、、」と思ったことはありますよね。私も何度もあります。
そして、今回も「なんで僕が、、、」と思うことがありました。
そもそも何故人は、こんな気持ちを持つのでしょう。
そもそも、悔しさとは、何なんでしょう。今回はそこから始めていきましょう。
そもそも悔しさとは、物事が思うとおりにならなかったり、はずかしめを受けたりして、あきらめがつかず、腹立たしい気持ちのこと。
また、後悔される。くやまれることを言います。
しかし、ここで考えてほしいのです。
物事がうまくいかない時とは、どういう時か。
それは、「備えあれば憂いなし」からも分かるように
備えつまり、準備が出来ていない。そんな時物事が思い通りにならなかったと思うことが多かったのではないでしょうか。
では、準備不足で一番の根本になることは、何か。私はそこを本日深堀りしてみたのです。そしてそこで私はあることに気付いたのです。
それは、「ここはこうなるだろう」という油断=その物事をみようとしない自分が原因であるということです。
皆さん、何か苦手なこと。これはやりたくないこと。特にここに注目してほしいのです「俺には/私には向いていない。得意じゃない」こと。このことについて「自分には向いてないから、得意じゃないから、、、」と
先延ばしにしていませんか?
そして、時間が経ち、、、、悔しい思いをする。そんな経験はありませんか?大丈夫です。書いている私も直面しています。
ここで大事なのは「直面したからこそ、得意じゃないことを紙に書いて
日々一つずつ確実にチャレンジしていく」そうすることで、不得意と思っている意識を変えていく。そのことが重要なのです”!
今回の話を聞いて、難しいと思う方もいるでしょう。
ここで大事なことは、
「悔しい気持ちは準備不足。
見ようとしないことから始まっていること」
そのことを自分と振り返ることで
「直面したからこそ、得意じゃないことを紙に書いて
日々一つ確実にチャレンジしていくこと」
その物事をみようとしない自分を変えていくことが、悔しさをバネにしていくことが、唯一打開するのではないか。と私は考えているのです。
日々、「何故うまくいかないのか」と思うことはいっぱいあります。
その時こそチャンスと捉え、悔しいと思う自分を一緒に打開していきましょう。
追記
「一生懸命全てやって、それでも悔しい思いをした」そんな皆さんには
この記事に思うことがある方もいるでしょう。
次回は、そんな皆さんにも「自分と向き合う」ことについて
書いていきます。その時、あなたは、、、自分を受け入れられますか?
そこから見えるあなたが、そこにいます。一緒に自分と向き合っていきましょう。
それでは、また次の学びでお会いしましょう。
原 拓己