死にたい誰かへ
先日ある人に「死のうと思ったことがある」と打ち明けられた。
死にたいと思うくらいは誰だってあるだろうが、深刻なトーンで告白されたのはそれが人生で初めてだった。
告白したのも初めてだと言っていた。
一瞬で相手を見失ったような心許ない感覚と、
力の抜けた目を通して無防備な心の核に到達したような感覚と、
相反する感覚を同時に味わった。
「今はもう思ってない?」
「なんとも言えない」
「でも実際には死なないでしょ?」
「なんとも言えない」
もともと私の死生観は淡白な方だと思う。
たかだか数十年で誰だって必ず死ぬ。
どんな人生なのかが重要で、生き永らえることそのものに意味はなく、それでも簡単には死ねないのが人生だからみんな頑張って生きている。
それだけのことだと思ってはいる。
だけれども、大切な人に死なれるのは全く別の話。
万が一、いつか本当に死のうと思うことがあったら、それがずっと先でも、例え私ともう縁が切れていたとしても、実行前に必ず一報入れろと、そんなとき思い浮かべる顔のリストにどこでもいいから必ず私も入れろと、強制的に約束した。
腑に落ちてない様子だったけどそんなの知るかと押しのけて無理やり取り決めた。
説得してやれると思うほど自惚れてるわけじゃない。
それはただ、私のために。
死ぬ前に一瞬も私を思い浮かばないかもしれないことがあまりにも寂しくて、この砦を通ってからにしてもらわないとこちらの気が済まないと思っただけ。
もし一報をくれなくても、これだけ強調しておけば嫌でも私の顔がよぎるんじゃないかって目論見もあった。
もちろん死なせてたまるかという思いも強いし、もし一報が入れば駆けつけて半狂乱でやめてと懇願すると思う。
死にたい理由も死なない理由も千差万別。
だから回避策も効果的な引き留め文句も千差万別。
とはいえ、人が死なない理由は大抵、自分が死んだときに悲しむ人の存在じゃないかと思っている。
少なくとも私ならそう。
自分を本当に想ってくれている人に対して、人生を狂わすほどの不義理、裏切り行為を働くのはかなりきつい。
自分を想っていない人はノーダメージで、想ってくれる人ほどダメージを受けるという構図もまた不条理。
だからまずはそういう存在を想うのが王道の回避法な気がする。
ところで、
「死ぬほど生きたくても生きられない人だってたくさんいるんだよ、そういう人たちのこと考えたことある?」
「きみが死にたいと思って過ごした今日は誰かが死ぬほど生きたかった明日だ」
という引き留め文句は個人的にあまり好きじゃない。
現時点で死にたいほど辛い人に、他人の生の責任まで背負う余裕などあるわけないと思うから。
私ならそんなこと知るかと思う。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」を引き留め文句に使うのもあまり好きではない。
これは単純に納得感がないから。
神様にはむしろ裏切られたような気分の状態であろう人にそんなこと言ったってねえと思うし、
乗り越えられなかった試練を与えられた人は実際毎日何人も出ている。
「自殺に失敗した人に後で調査すると、ほぼ100%が失敗して良かったと回答してるらしい」
という事実(真偽不明)の方が私自身はよっぽど希望が持てると思う。
どんなに辛いことがあってもまたご飯を食べてまた笑ったという経験は誰でもあるだろうからイメージしやすいし、
人生が思わぬところで好転する例もよくある。
「未来なんてちょっとしたはずみでどんどん変わるから」
とドラえもんも言っている。
ドラえもんが言うと優しい。
「今日じゃなくてもいい。本気でその気になったらいつだってできるんだから、今日今すぐ死ななくてもいい」
と言い聞かせながら生き延びる方法も好き。
「自殺したら来世で全く同じような試練が降りかかるように設定されるらしいよ、クリアするまで永遠に繰り返すんだって」
という勝手な脅し文句も結構好き。
そんな話をしたら
私が好むのはどれも消去法みたいな、ネガティヴな引き留め文句ばっかりだねと言われた。
言われてみれば確かに。
生きないと!と無責任な正しさで捻じ伏せるより、死なない方がいいと思うよとジリジリこちら側に引き寄せる方が、反感や辟易などの余計な負の感情をうまなそうだし現実的でいいでしょう?私なりの思いやりなんだ
と反論してみたけど
やっぱりピンとこなかったらしい。
もっとガツンと希望の言葉や叱咤激励を飛ばす方が一般的で健全かつ強力なんだろうってことは分かるので
私が少しひねくれているのかも。
ちなみに私としては、いつか、本当に万が一、がくるようなことがあったときに、私との約束をすっかり忘れてしまっていても、こんな言葉たちのどれかが頭に残って引っかかればいいと保険をかけるような気分でそんな会話をしておいたのだけど、結局全然効かなくて笑った。
確かに私に一報入れたところで適した言葉ひとつかけられずあんまり意味がないかもしれない。
もうそれは分かったから、助けられるなんて自惚れて意気込んで説得などしないから(懇願はさせてもらうけどね)、
ただどうか、いつでも、いつまでも、全てをぶつけていい相手として私の存在があることを忘れないでいてほしい。
それだけ。
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