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いぬと下書きツイート

いぬが亡くなってすぐ、毎日悲しくて、どうして自分だけ生きてしまっているのかわからなくて書いていたとりとめもないツイートたち。

くーがいなくなったのに時間は止まらなくて、当たり前のように毎日が終わって、私は明日も普通に仕事がある。なんでだろうね

生きている冷たさと死んでいる冷たさは冷たさの深さが違う。死んでいる動物に自分の体温を分けようと触れてもそれを拒絶されるような冷たさがある。あの世とこの世が決して交じり合わないように、同じ空間にいても遮断されるようでさみしい。

なくなったものに近しい距離にいればいるほど自分の時間も止まるような感じがする。それでも私を取り巻くいろんなものは少しもこちらを振り返らずに進み続ける。止まってしまった愛しいものと進み続ける世界の狭間にいるから毎日ちぎれそうなのかもしれない。

14年半くーがいた実家はまだそこら中にくーの毛が舞っているらしく、今日もまたごはんの中にくーの毛が混じっていた。

今までは、生きようとか死にたいとかそんなふうに思わずになんとなく過ごして23年経っていた。くーに会えるんだとしたら正直死んでしまいたい。でもまだ会いたい人がいるしやりたいことがあるから死ねない。だから生きる。

インスタで「ブラックソリッド」で検索すればくーに似てる犬が大量に出てくるんだけど、でもみんな違うなあ。くーは耳の毛がふわふわしてなかったし目ももっと丸くて大きかったし表情も情けなさそうな感じだった。私の写真フォルダにしかいないよなあ。

朝まだ犬も起きてない時間に目が覚めるとまだ寝ている犬をずっと撫でていたのを思い出した。今日も少し早く目が覚めて無意識に犬を探したけどやっぱりいなかった。

ずっとずっと愛してるよ、いぬ。

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