小説 ピアノの家 3章
1
電車の窓から見える景色は、絶えず流れすぎていく
ある時はおだやかな、ある時は険しい表情を見せ続ける風景は
その変化に飽きることもないようだ
詩織はもう何時間もそうして外の景色を眺めていた
時々飽きてきたら窓ガラスに「はーっ」と息を吹きかけ
緑の木々や電線がかすんだもやで覆われ、
そしてまた晴れていく様子をじっと観察していた
家族の引っ越しによって、
全く見知らぬ場所に住居を新しく構えるための移動中なのだ
「お母さん、、、まだ着かないの?」
「もうちょっと待ってよ、、、あともう2駅よ」
「なんか疲れちゃったな」
すると、さっきから新聞を読んでいた大人の男性が新聞から顔をのぞかせた
「詩織、少し休んでな」
「お父さん、スマホ貸して」
「何するんだ?」
「マンガ読む」
「ちょっとだけだぞ」
詩織はスマホを開いてページをめくりつつ、
電車の席に座りなおした
のどかな田園地帯が広がる窓から
暖かい風が電車の中にゆったりと吹き込み、
乗客の服や荷物をそっとなでる
柔らかい日差しと合わせて、
その場の者達を快い睡眠の中へと誘う
時間が、穏やかに、流れていった
「、、、、、、て 、、、起き、 詩織」
揺さぶられ、詩織は目を覚ました
「、、なに?お母さん」
「詩織起きて そろそろ着くわよ」
詩織はゆっくり伸びをすると、周りを見渡した
周りの乗客たちの何人かは、荷物をまとめて電車から降りる準備をしている
「、、、、寝ちゃってたみたい」
「そう、そんなに疲れてたかしらね」
「今日は朝早く起きたから」
「そうね、でも今日は忙しいわよ 早く準備して
引っ越しの荷ほどきをしなきゃいけないから」
草木の生い茂る山道を登っていくと、
渓谷に囲まれた目指す家がその姿を現し始めた
「へー、結構きれいなお家ね
前の持ち主が手放してから5年経ってると聞いてたから
もう少し古い家かと思っていたけど」
「多分業者さんがきれいに管理してくれていたんだな
詩織も見てみな」
詩織は奥深くまで続く山道の向こうに佇む
白い大きな家に目を凝らしました
それは夏の青い空を背景に、
地上に降りてきた真っ白な雲のようにこちらを見返していました
やがて詩織が近づくにつれて、
それは段々と姿を大きくしていき
彼女の前にその姿を現してきました
白い家でした
雲のように白いその壁は、
夏の太陽の光を反射して輝かんばかりに
緑色の木々の間から天空に向かって立ち昇っていくのでした
彼方に見える湖も、
黄色く輝く太陽を湖底に抱え
宝石のように輝きつつ穏やかに騒めいてます
「引っ越し業者の人は、まだ来てないみたいだね」
「それにしてもいい景色ね
まだ時間はあるんでしょう 少し散歩してみない?」
「そうだね よし、少し出かけてこようか」
そこは美しい景色でした
詩織は、父と母から離れて一人
森の小道へと進んでいった
靄がかかった陽の光は、生じ始めた霧を通しておぼろげに浮かんでいる
森の澄んだ空気の中、透き通るほど清らかな光が
詩織を透明にしていった
ふと、背後に何かの気配を感じ取った詩織は
後ろを振り向きました
そこには、詩織と同い年くらいの女の子が
佇んでいました
「こんにちは、初めまして このあたりに住んでる子?
お名前なんていうの?」
「、、、真綾」
「私、詩織っていうの
今日ここに引っ越してきたのよ よろしくね」
真綾と名乗った商事所は、
反応らしい反応を見せずに、ただ詩織を放心したような視線で眺めるのでした
「何してたの?」
「、、、、お父さん、、、探してたの」
その時ふと、詩織は奇妙なことに気が付きました
泥でぬかるんだ地面の上を歩き、
草木は全て露で湿っているのにも関わらず、
真綾の服にはしみひとつ汚れひとつないからです
その服は、まるでたったいま彼らを取り囲む朝陽を蓄えた霧から
そのまま抜け出していたかのように、真っ白でした
霧中に溶け込んで消えてしまいそうな、存在感の薄い服でした
真綾、と名乗った少女、は
そのまま朝ぼらけを眺めていましたが、
気になるものがあったらしく
地面にしゃがみこんで植物の萌え出た新芽を撫でたり突っついたりしています
「少し変わった娘なのかもしれないわ」
詩織は声に出さずに心の中でつぶやきました
「人見知りしているのかも
仲良くなれたらいいのだけれど、、、もう少ししゃべってくれないかしら」
詩織は、真綾が撫でている双葉の植物に興味を持ったふりをして
地面にしゃがみこみました
真綾は相変わらず植物を突っついたり
地面に埋まっている小石を引っ搔いたりしています
詩織はしばらくそんな真綾の様子を眺めていました
「真綾さん、お父さんやお母さんとは一緒に来ていないの?」
真綾は地面に空いた窪みを指でなぞったまま答えます
「お母さんはいないわ
私が生まれた時に、そのまま死んでしまったから」
「あ、、、そうなの、、、
なんかごめんね」
真綾はここではじめて地面から顔をあげました
「ねえ、あなたにはお母さんがいるんでしょう
私、小さい頃からお母さんがいなかったから、母親ってどんな人なのか良く知らないの
あなたのお母さんのこと教えて」
「どうって、、、基本的には優しいけど
時々怒ったりすると怖かったりもするし、口うるさい時だって、、」
真綾は、詩織の言葉を黙って聞いていましたが、
詩織には、彼女の表情が全く読めませんでした
瞳はまったく動かず一点のみを見て、
顔の表情も体も全くと言っていいほど動きがなかったからです
しばらくそのまま真綾は詩織を見つめていましたが、
やがて陽の光の照っている方へ視線を移しました
「きれいな朝陽ね
私、もう行かなきゃ
お父さん 探さないと」
真綾は立ち上がると、雪のように真っ白な服を手で払いました
そして詩織の方を見なおすと
「またね 詩織さん
お父さんお母さんによろしくね」
と言って、日が照る方へと去っていきました
2
詩織とその家族が新しい家に引っ越してきてから
半年が経とうとしていた
彼らは、
新しい家にも新しい生活にも少しづつ馴染み始め
ようやくここが彼らの住む場所と感じられ始めた
彼らの家は山麓を見渡せる位置にあった
朝に目が覚めると、
目を覚ましたばかりの太陽が、まだ起ききっていない眠たい様子で
弱い光を投げかける
薄い光に照らされておきつつある風景は、
呼びかけに応じてまどろみから脱し始める
少しづつ目を覚ました太陽は
空の階段を登っていき、
天の中心に来るといよいよ本格的に日差しを照りつかせる
しかし、それすらこの山麓では
風景に添えられるほんのわずかな彩に過ぎない
川から流れる透明な水も
森林から時折遠慮がちに顔をのぞかせる可憐な植物も、
それぞれが風景のキャンバスを構成し
高らかに音のない歌声をあげているのであった
1日の盛りが過ぎて
眠気と疲れが増してきた太陽は、
少しづつ疲労と憂いの色へと姿を変え、
眠そうで静けさにも満ちた
やさしい眼差しを投げかける
そして、世界は沈んでいく
果てのない、夜へと
宇宙の中に1人、取り残された大地は
それにむき出しのまま投げ出され、
終わることのない世界そのものの一片を眺めている
永遠の、虚空
やがて時が来れば、
また太陽が忘れることのなくわれらの大地へとやってきて
活気を、生命の脈動を、燃えるような血のたぎりを
もたらしてくれるだろう
そして、これがここでの1日だった
このサイクルが、今まで何億回と繰り返され
未来永劫、何億回とまた繰り返されるのだ
たとえすべての人類が、いなくなろうとも
詩織は、延々と繰り返される自然の一部に過ぎないことに
不思議と一体感を感じていた
彼女よりはるかに大きく雄大な自然の懐
その中に抱かれ、包まれ、守られている
夜になると毎日のように外へと出かけ、
満天の星屑に照らされ、静まり返った川の流れに抱かれながら
大きな自然のうねりを感じていた
彼女を、彼女の家族を、彼女の家を
全てを飲み込むほどに大きな、悠久の自然
彼らを包んだまま、宇宙の中を回転している自然
脈々と続く恒久の自然の中で、
大きく息を打いこむと、
胸のつかえも、視界を曇らす悩みも、
全くとるに足らないことのように
彼女の中から流れ出て、
詩織は、真っ白になっていくのでした
もう何時間も、詩織はただ満天の星屑を眺めつつ
ただただその美しさに圧倒されていた
何の目的もない、思念もない
ただ、そこに、彼女はいるだけだった
それが幸せだった
「、、、、、、、綺麗な星空ね」
詩織は、突然背後からした声に飛び上がった
そこには星空の中でひときわ際立つ白い服を着た少女が立っていた
「真綾さん! びっくりするわ」
「ごめんなさい 驚かせてしまって」
そういうと真綾は、
詩織の隣にまでやってきて
詩織と同じ姿勢で地面に座り込んだ
夜露が服を濡らすのも構わずに
風がそよぎ、2人の頬を同時になでる
言葉は交わさなかったが、
言葉は必要なかった
空を満たす光の中、
2人は同じ自然の流れの一つだったのだから
そうやって、どれだけ多くの時間を過ごしてきただろうか
空にまかれた星々が回転して傾く
詩織は立ち上がった
「私、そろそろ帰らなきゃ
あなたは?真綾さん? お父さんも心配してるんじゃないの」
真綾は、すぐには反応せずに
そのまま天頂を眺めていましたが、やがて悲しそうに目を伏せました
「お父さん、、、私のお父さんは
いつも私にやさしくしてくれたんだけど、
でも、、やっぱり、、つらい時もあるみたい」
「そうなんだ、、、
真綾のお父さんは、このあたりに住んでるの?」
しかし、真綾は返事をせずにそのままただじっと空を眺めています
やがて、自分の腕の中にうなだれたかと思うと
そのまま泣き出してしまいました
「複雑な家庭なのかしら」
詩織は、独り言を言いました
母親がいないんだったら、真綾さんもつらいに違いないわ
お父さんだって、自分の奥さんがいないんじゃつらいわよね
「あの、、、真綾さん?」
詩織は、腕の中で泣いている真綾に寄り添うにして
隣にしゃがみこみました
「大丈夫?しっかりして
そばにいてあげるから」
真綾は、そのまま泣き続けました
嗚咽としゃくりあげを何度も繰り返して、
心の中にせき止められていた感情があふれ出してくるかのようでした
壊れた水道管のように泣き出した真綾は、
感情を止めるすべを失ったかのようでした
「ありがとう、、、
あなたは優しい人ね、詩織さん」
しゃくりあげの合間に、
どうにか真綾は声を絞り出しました
「また、、会いに来てもいいかしら」
「ええ、いいわよ
私で良ければいつでも」
「ありがとう、、」
そのまま二人は
しばらくそっと寄り添いあっていました
3
「父さん、、そろそろ食事の時間」
詩織は寝室のカーテンを開けて、天空が広がる窓を大きく開いた
昨日の夜遅くに帰ってきた父親は、ベッドからなかなか起きずに暗がりの中から呟いた
「、、、そうか もうそんな時間、、」
詩織はそんな父を尻目に薄暗い部屋から出ると、
階段を下りて居間へと入ってった
「詩織、お父さん起こしてくれた?
もうそろそろ朝ごはんにしないと間に合わないわよ」
「知らないよ 起きないんだもん
起きない方が悪いんだよ」
朝食が並べられた机で椅子を引き、腰かける
朝の静寂の中、詩織はゆっくりとトーストの味を嚙み締めた
窓からはやさしい春陽が差し込み、
おだやかな1日の始まりを知らせる
小鳥のさえずり、沸き立つコーヒーの音、
萌え出す新芽の香り、雨上がりの地面の香り
トーストの柔らかい舌触り
すべてが朝の風景を彩る
時間が、ゆっくり、流れていく
階段から誰かが下りてくる重い足音がして、
父親が居間に入ってきた
「いやー、寝坊した」
「あなた、早くして
出かける準備をしないと」
「ああ、そうだな、、」
そういうと父親は、食事の用意されている机につき、食事をし始めました
詩織は、父親と入れ替わりになるタイミングで机を離れると
「じゃあ、私準備してくるね」と言って
2階の自分の部屋へと上がっていきました
クローゼットから服を取り出し、パジャマを折り畳む
髪をとかし、鏡で身づくろいをする
女の子の身だしなみには時間がかかるものだ
身だしなみを整えて階下へ降りていくと、
もう父親と母親は準備が出来ていた
「準備はできた? 出かけるわよ」
「どこへ行くんだったっけ?」
「緑ヶ丘公園さ」
休みの日の公園は、
人であふれていた
仲の良い友達で集まってはじゃぐ若い人ら、
赤ん坊を連れて散歩をする主婦、
子犬とたわむれる幼い子供など
公園は思い思いの日々を過ごす人らであふれている
詩織はそんな中、ある少女を見つけた
少女に近づき、あいさつをする
「美玖さん、こんにちは」
美玖と呼ばれた少女は、
にっこり微笑むと詩織に近づいてきました
そのまま彼らは公園の内部を散策し、
話し続けました
家族のこと、自分たちの将来のこと、新しく引っ越した詩織の家のこと
春陽に照らされた公園も、和やかにまどろんでいる
昼間の公園の風景でした
「また今度私の家にも遊びに来てね
新しい家を紹介したいわ
自然豊かな所で、窓からは山の連なりが見えるところにあるのよ
川もすぐ近くにあって、景色は最高なんだから」
「ありがとう、楽しみにしてるわね
久しぶりに詩織のお父さんお母さんにも会いたいしね」
その時ふと、詩織は公園のはずれの雑木林に
白い服を着た女の子がいることに気が付きました
あれ?もしかして、、、
「真綾さんがいるの
美玖、新しい友達を紹介するわね」
「誰なの?」
「引っ越した先の家の近所に住んでる女の子よ
最近知り合ったのよ」
そういって2人は公園のはずれまで歩いていきました
彼らが近づくにつれて、白い服の女の子は
樹の周りを行ったり来たりしています
「こんにちは、真綾さん
奇遇ね、こんなところで会うなんて」
真綾は、詩織に話しかけられると
今まで回っていた木のそばで立ち止まり、
2人の方に目を向けました
「、、、真綾さん?」
美玖は、紹介された少女をじっと見つめました
真綾は、そのままじっと2人を放心したように見つめていましたが、
やがて美玖の方へと歩み寄ってきて
丁寧にお辞儀をして言いました
「はじめまして、真綾です
よろしくお願いします」
「あ、、、そう、、そうね
はじめまして、美玖といいます
よろしくね」
しかし、美玖は明らかに動揺している様子でした
どうしたんだろう?
詩織は疑問に思いながらも、真綾に話しかけました
「今日はお父さんはいないの?」
真綾は首を振ります
「何してたの?
木の周りをまわってたみたいだけど」
「この木を調べていたの
変わった木だから」
「真綾さんも私たちと一緒に公園をまわらない?」
「ありがとう
だけど、もっとこの木を調べたいから、、」
「そう、また話しましょうね」
真綾は、軽くうなづくと
また木の周りをゆっくりと回り始めました
邪魔にならないようにしなきゃね
詩織は心の中でそう思いながら、
「美玖、行こうか」と言って
また公園内をまわり始めました
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「ねえ、、、、詩織」
美玖は真綾と別れてからずっと黙ったままでしたが、
しばらく歩いてからだしぬけに言いました
「、、さっきの真綾っていう子なんだけどさ、
どうやって知り合ったの?」
「え?」
「どうやって知り合ったの?
あの真綾っていう子と」
「え? いや、引っ越した家の近くの空き地のようなところで
たまたま知り合ったのよ
初めて会った時からあんな感じの子だったわよ
つかみどころがないというか、夢見がちというか
少し変わった子でしょ」
「詩織の家の近くに住んでるってこと?」
「多分そうじゃないかしら
直接家に行ったことはないけれど」
「、、でも、詩織の家って近所に他の家はないって言ってたよね」
「まー、そうだけど」
「家族のこととか、なにか言ってた?」
「そんなに詳しくは知らないわ
だけど、確かお母さんがいなくてお父さんと暮らしてるとは、、、
どうして?」
ふと見ると、美玖はさっきより明らかに動揺しているようでした
どうしたのかしら?
詩織はそんな美玖の様子をみて思いました
美玖の顔面は蒼白で、唇をきゅっと結んで噛み締めています
何かを怖がっているかのように、その眼は見開いたままです
「詩織、、、
悪いけど、、、私帰るね
用事思い出しちゃったの
お父さんお母さんによろしく」
「え、、あ、、、
うん、わかった
また電話するね」
すると、美玖は詩織の返事を聞き終わらずに
まっすぐに公園の出口へと走って去っていきました
ふと周りを見ると、
さっきまで公園をにぎわしていた大勢の休日を楽しむ人たちは
いつのまにか1人もいなくなり、
ただ不気味なほど薄暗い寂寥の空間が広がっていました
晴れ渡っていた青空も黒く汚れた雨雲で覆われ、
冷たく不安を煽る風が詩織の身体を冷やしました
暗く寒く不気味な空間でひとり
詩織は立ちすくんでいました
4
雨が降っていた
窓を激しく叩く雨は、
家を揺らし、木々を引き裂き、
どこまでも響き渡るような金切声をあげていた
家中のドアというドアが、
近づくものにおびえ、恐怖で身震いし、
その身体をわななかせる
絶え間なく吹き付ける風の轟は、
白い家の上で踊り狂ったかと思うと
急激に天めがけて駆け上がり、
飛び立つ龍さながらにまわりの空気を
雄叫びで震わせるのであった
公園から帰ってきた詩織は、
父母の家事の手伝いを終えて自分の部屋でくつろいでいた
階下からは食事の用意をする
軽快な包丁音が聞こえる
すると、突然スマホが着信音を発し始めた
画面を見ると、それは美玖からの電話だった
「もしもし? 美玖?」
「もしもし詩織?
ごめんね、今日は途中で帰っちゃって」
「いいよー別に
それにしても、何があったの?」
「、、、、、
ねえ、、詩織、、
真綾さんのことなんだけど、、」
「うん? なに?」
「実はね、、、多分私、
前に真綾さんに会ったことがあるの」
「え? そうなんだ?」
「だけどね、、、
会ったのは5年も前のことよ
だから、、もしかすると
私の思い違いかもしれないんだけどね
うちのお父さんが、真綾さんのお父さんと知り合いで
休みの日に家族一緒で交流してたの
それで、真綾さんを紹介されたの」
「真綾さんって、ほら、少し変わった子でしょ
だから、印象に残ってるの
私が初めて会ったときも、地面の蟻に名前を付けてて
私に1匹づつ紹介してくれたわ
何してるの?って聞いたら
蟻の家族ごっこって言ってたけど」
「でもね、、、その、、真綾っていう子、、
3年前に、病気で亡くなってるの」
痛いほどの沈黙が流れました
「真綾さん、死んでしまった母親に似て
生まれつき病弱だったらしいから、
14歳の時に大きい病気をして
そのまま治らずに死んでしまったってお父さんから聞いたわ
お父さんに連れられて葬式にも出たから、
間違いないと思うの
真綾さんの遺影をはっきり見たもの」
「なんでも、、、聞いた話だけど、
その真綾さんがなくなってしまった後に
1人残された真綾さんのお父さんも、
しばらくしてからいなくなってしまったらしいわ
未だに行方不明で、見つかっていないらしいけど」
「、、、、、、、、
ねえ、、、詩織、、、、
あなたの家って確か、
窓から山の連なりが見える、
小さい川のそばにある家って言ってたわよね」
「実は、その真綾のお父さんも
自分の家族が住む家のことを自慢していたらしくて、
私のお父さんにもよく話していたらしいの
その家からは、
2階に上がって窓を開けると
何段にもわたる美しい連峰が見渡せて、
朝になると毎日家の近くの小川で真綾さんと顔を洗うって、、、、」
「、、、、、、、、
、、、、、美玖、、、、、
今話してくれたその話って、、、、、」
すると、突然何の前触れもなく
完全な闇が詩織を襲った
さきまでついていた家の電気がすべて消え、
風鳴りの音も雨の音も全くしなくなった
詩織は完全にパニックになって、
何も見えず何も聞こえず
手触りで周りの壁やベットを探りあてた
すると、なんだろう、
なにかが、詩織の肩を、荒々しく撫でていった
扉の間から入り込んだ、一陣の風だっただろうか
それにしては、あまりにも鋭く詩織を狙ってきていた
何かが、、、いる?
詩織は恐怖のあまり必死で手探りのまま
部屋の床や壁をさぐった
やがて、突然暗くなったのとおなじように突然、
全てが元通りになった
家の中は何事もなかったかのように明るく輝き、
家のそとでは風雨の轟が響き渡っている
何事もない、夜の風景だ
詩織はしばらくそのまま呆然としていた
今のは、なんだったのだろう
急にすべての明かりと音が消え去ってしまった
停電なら家の明かりが消えるだけのはずだ
家の明かりが消えるだけではなく、物音すら一つもしなかった
家の外では、こんなにも激しく雨が降り風が轟いているというのに
それに、、、
詩織の肩を荒らしく撫でていった、あれは何だったのだ?
私を狙っているかのように、
まっすぐに私に向かってきていた
手探りで動き回っていなかったら、
間違いなく詩織にあたっていただろう
ふと、詩織は手に持っていたスマホの画面を見た
すると、身体中に鳥肌が走った
スマホの画面は、まるで海の底から引き上げたばかりのように
完全にびしょ濡れになっていたからだ
なぜ?
さっきまで普通に美玖と話をしていたのに?
その時、さらに詩織は
自分の身体が完全にびしょ濡れになっていることに気が付いた
まるで、仄暗い海の底から這い出たばかりであるかのように
言い知れぬ恐怖に駆られて、
詩織は階下へと駆け下りていった
居間へ飛び込むと、両親の姿を探す
「お父さん! お母さん!」
しかし、居間のどこにも二人の姿は見えない
ただいつも父が座っているところに水溜りが出来、
台所の通りにはたった今バケツを倒したような水流が出来ているだけだった
台所では作りかけの食事の用意がそのまま残っている
「お父さん、、お母さん、、」
怖くなった詩織は、
玄関からそのまま雨風が吹きすさむ嵐の中へと飛び出していった
風が詩織の身体を殴り、雨水が視界をふさぐ
少しの先も見ることが出来ない
暗闇に包まれた森の中へと、詩織は歩きついた
何なの?
何が起こっているの?
詩織は、自分に言い聞かせました
いきなり何が起こったの?
なんでお父さんお母さんはいなくなったの?
パニックで泣き出したいような気持を抑え、
詩織は必死で自分を抑えました
「、、、、、詩織さん、、、、、、」
急に名前を呼ぶ声がして、
詩織は後ろを振り返りました
そこには、まぎれもない、
昼間公園であった真綾がこちらを見つめて立っていました
「詩織さん、、、落ち着いて」
「真綾、、、あなた、、」
「詩織さん、落ち着いて、、
大丈夫だから、、
お父さんが、私を探しているのよ」
「真綾さん、、あなた、、、、あなた、、、」
真綾は、首をかしげて詩織を見つめます
「どうしたの?」
「真綾、、、さん、、、、あなた、、、どうして
雨の中に立っているのに
服が全く濡れていないの」
真綾は、黙って詩織を見たままです
「今日の昼間、公園であなたに紹介した美玖って子
あなた会ったことあるんでしょう
美玖から聞いたわ
3年前、お父さんに連れられてあなたに挨拶したって言ってたわよ
でも、その子は会ってからしばらくして病気にかかって
15歳、、、今のあなたと同じくらいの年齢よ、、、の頃に
病気で亡くなったって」
真綾は、黙って詩織を見つめたままです
表情ひとつ、姿勢ひとつ動かしません
詩織は、大きく息を吸い込みました
「真綾、、、、さん、、、、あなた、、、、もしかして、、、、、」
「、、、、お父さんを探しているの
お父さん、ずっと探しているんだけど、、、
どこにも見あたらないの
私にとって、家族はお父さんだけだったから
どうしても会いたいの」
真綾は相変わらず表情の揺らぎを見せない眼差しで、
詩織をじっと見つめています
詩織は、目の前の少女、、、、ずっと前に死んでいるはずの少女の目を深く
覗き込みました
少しも揺らがない、その瞳は
まっすぐに彼女を見返しています
詩織は、大きく息を吸って
気持ちを落ち着かせました
「私のお父さんとお母さんはどうなったの?
なんで2人とも、急にいなくなったの?」
「私がしたんじゃないわ
多分、私のお父さんが連れてったの」
「連れてった?
連れてったってどういうこと?」
「お父さんも、多分私を探しているのよ
それで、、」
「、、、なんで私の家族を連れて行くの?
関係ないでしょ」
真綾は首を振りました
「わからないわ、、私もお父さんを探しているんだけど、、
まったく、、見つからないの」
詩織は、真綾をじっと見つめます
「、、、、どうやったら、私のお父さんとお母さんを助けられるの?」
真綾は、今度は空高く雨を降らしている雲の塊を見上げました
「、、、、雨が止むわね、、、」
詩織に向き直ります
「詩織さん、、、私についてこられるかしら
あなたのお父さんとお母さんを助けに行きましょう」
詩織は息を呑みました
「、、、どこへ行くの?」
真綾は答えます
「、、、ずっと遠い所よ」
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