今のキックボクシングは旧K-1をもう一度作れるのか?

家の本棚の中にある格闘技関係の本が一冊置いてあります。

その本のタイトルは『ブレイク・スルー』といいます。

ブレイク・スルー―K‐1舞台裏の物語 https://www.amazon.co.jp/dp/4884693663/ref=cm_sw_r_other_taa_vc7zEb5QRZX1F

この本を読んだことのある格闘技ファンは少ないと思います。

なぜなら、この本は魔裟斗や佐竹雅昭、ボブ・サップ、最近では那須川天心のようなファイターでもなければ、谷川貞治のようにイベントプロヂューサーが書いた本でもないです。

内容は旧K-1が大きくなっていく中でビジネスとしてどういった働き方や契約、交渉があったかについて書かれた本です。

この本が出たのは2004年、私は中学1年か2年でした。

もちろん当時は読んでも全くわからなかったのですが、社会人になり、最近は団体運営方法について興味が湧いてきたこともありもう一度読んでみました。

本の要約的なことはしないようにします。

旧K-1をもう一度作れるのかという観点で書こうと思います。

まずブレイク・スルーで書かれている昔のK-1というのは90年代後半の話です。

私も昔のK-1という言葉が指すのはMAXではなく、90年代〜2002年まで、つまり石井館長が代表を勤めていた時期です。

昔のK-1を語る上で石井館長は欠かせない存在です。

ブレイク・スルーを読んで感じたのは昔のK-1は今で言うスタートアップ企業で石井館長はその会社のカリスマ社長であるということです。

今だとzozoの前澤社長、ちょっと前だとライブドアのホリエモンのような感じだと思います。

確かに私も初めてK-1を見た時に選手の名前をすべて覚えられませんでしたが、石井館長のことはすぐに覚えられた記憶があります。

やはりカリスマ性があるのでしょう。

そしてマッチメイクも館長の天才的な能力によってもたらされていたようで、外国人ファイターの心を掴む術も持っていたようです。

それらを踏まえると今のキックボクシング団体が昔のK-1のようなことができるかと言ったら恐らく無理です。

それは金が無いとかそういう話ではなく、昔のK-1は石井館長の才能によってもたらされたものが多く、それは属人的で再現性がないからです。

だから谷川体制になってから外国人の有力ファイター(ミルコ、ハント、レコなど)がPRIDEに引き抜かれ、K-1自体もどんどんつまらなくなっていき、最終的には多額の借金を抱えて倒産しました。

今のキックボクシング団体が石井館長の真似をして昔のK-1を作ろうとするのはあまりに無謀なので辞めたほうが良いです。

そう考えると新生K-1のように従来の格闘技ファンのアンチを抱えても、地道な活動を続けて健全な運営方針は評価できると思います。

かつてのK-1対猪木軍対PRIDEのようなことを今のK-1とRIZINで行ったらどうなってしまうかわかりません。


さて、ここからはどのキックボクシング団体についても言えるであろうことがあります。

昔のK-1の外国人ファイターは石井館長に忠誠を誓っていたわけですが、今は日本人ファイターばかりだから昔以上に選手と団体で共創関係を作りやすいはずです。

キックボクシングで興行を催すとき、各ジムに出場できるファイターがいるか問い合わせが入ります。

例えばライト級のこういう選手がエントリーしているけど誰かいないか?といった具合です。

だから王者クラスでなければ、大体の選手が個人ではなくジムの所属選手だから試合がある状況です。

しかし、興行で一番困るのは選手がいないことです。

しかも誰が未来の王者になるかわかりません。

今のK-1で武尊がああいう存在になることをKrushデビュー戦の時点でわかっていた人がどこまでいるでしょうか?

キックボクシング団体と選手の関係で最も行うべきと考えるのは出場選手と団体の代表が実際に顔を合わせて会話する機会を作ることだと考えます。

王者クラスでない選手は特に出場した団体の代表に直接声をかけられれば、それだけで自分の価値を感じることができ、忠誠心も芽生えるはずです。

かつて石井館長は外国人相手にやっていたことを考えると今は日本人相手だからもっと楽にできるでしょう。

代表者が自分の団体を盛り上げたいと考えるのであればその程度のことはすべきと考えます。

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