マイナビ学生の窓口「#大学生の目線から」エッセイコンテスト6月回入選作品『あもちょ』
お題「ガチャ」
家にひとり。誰かの帰りを待っていると突然扉から音がする。
「ガチャ」
鍵の開いた音だと思い、玄関に駆け寄る。けれども、鍵は開いておらず扉が開くことはない。パパかママと会えると思っていたのに。ぼくは悲しかった。怖かった。
ぼくが小さい頃の話だ。それも一度や二度とではない。何度もこういうことがあった。
またある日は、テレビを観ながら朝食をとっていると、食べかけの大好きなクリームパンが全くなくなっていた。これも何度も起きた。クリームパン失踪事件が起きた日はいつもお腹が空いていた。
また別の日は、公園で駆けるぼくの足を引っ掛けて転ばせたこともあった。
ぼくはこれら一連の出来事は「あもちょ」の仕業だと思う。
「あもちょ」は黒いローブのようなものを被っていて、顔は見えず足はない。それでいていつも遠くから、それをプカプカ浮きながらぼくらを観ている。そしてらママがぼくを叱るときにだけ姿を現し、一緒にぼくを叱るのだ。
「あもちょ」はイヤなやつだから、お留守番に飽きたぼくを怖がらせたり、テレビに夢中でご飯を食べる手がとまっているうちに大好きなクリームパンをとっていったり、公園の外に飛び出すぼくの邪魔をするんだ。
ぼくは「あもちょ」が嫌いだった。
「あもちょ」は毎日のようにぼくに嫌がらせをした。
けれども、大人になりかけのぼくの前には「あもちょ」は現れない。
鍵が鳴れば誰かが家に帰ってくるし、大好きなマグロの握りがとられることもない。もちろん、転ばされることも。
ぼくがあまりに「あもちょ」を毛嫌いするもんだから、どこかにいってしまったのだろうか
別にもう一度会いたいとは思わないけれど、これから二度と会えないのかと思うとそれはなんだか寂しい。
たまには嫌がらせに来てくれてもいいんだぜ。今度は捕まえてひとこといってやるよ。
大人なぼくはネクタイを締め、革靴を履く。
「ガチャ」
誰かに足をとられないよう、しっかり踏み締め駅に歩き出した。
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